第一章

そして異世界へ

「バター醤油味は……ないか。せめてコンソメは……」


 がさごそとコンビニ袋を物色しながら、叔父の征司はやけにご機嫌だ。


「『炙り明太チーズ味』? なんだ、こりゃ? このメーカーはどこへ向かって突き進んでるのかね? ……いや、意外にいける? むしろ――アリだ」


「いやいや、ポテチはどうでもいいでしょ」


 幸せそうにポテチを頬張る叔父と対照に、俺はげんなりと手を振った。


 15年振りの再会――正直、俺は叔父が死んだとは思っていなかった。

 失踪した原因はさておき、いつか帰ってくる、とは漠然と感じていた。


 街中でばったりと会ったのならまた違っただろう。

 長期入院中の意識不明の患者が実は……とかドラマ的なものでもまた違った。

 事件に巻き込まれて組織の管理下で保護され、ようやくほとぼりも冷めて帰ってくる……なんてのも考えたことはあった。


 それが、本人宅の押入れから平然と戻ってくるとは想定外だった。

 それだけに、驚きや喜びよりも呆れが先行している現状がある。


(いや、鎧姿ってだけで、どんなシチュエーションでも論外か……)


「で、叔父さん?」


「で、なんだ、甥っ子よ?」


 指の滓を舐めながら、叔父はにこやかに問い返してきた。

 特に率先して説明してくれる気はないらしい。


(というより、子供相手の対応ってことか)


 子供の話し相手は、大人が一方的に話しても理解が追いつかない。

 ひとつひとつの事柄を確認して話す、一問一答が基本だ。


 つまり、叔父の中では、俺は最後に会った当時の子供のままらしい。

 成人し、背丈だけなら現在の叔父とそう変わらないのだが、叔父にとって甥とはそういうものなのだろう。


 嘆息ひとつ。

 気を取り直して、叔父に向き直った。


「今までどこでなにしてたの? 15年も」


「もう、そんなになるのか~。秋人も成長するはずだな。彼女できた?」


「いや、それ今関係ないし」


 どうせ、いないけど。


「ん~? どこでなに、っていうと説明しにくいな。説明できる自信もない。ははっ」


「もう皆には連絡したの?」


「親父やお袋、兄貴たちか? 息災か?」


「親戚一同、誰も不幸はないよ。叔父さんが行方不明になってた以外は」


「手厳しい! 見ての通り、俺もつい今しがたこっちに帰ってきたばかりでね。連絡は取ってない。まあ、すぐに連絡するつもりもねーけど」


「鬼かっ! あんた鬼だ! 皆、心配してるのに!」


「まあまあ。こっちにも事情ってものがあんのよ。俺も顔見たいし、声聞きたいってのもあるんだが……」


 口を濁す。

 たしかに、この状況でなんの事情もないほうがおかしいだろう。


「……じゃあ、その鎧や剣は?」


「見てくれは鈍重そうだが、意外に軽くて動きやすいんだぞ? 特にレアメタルをふんだんに使った外層部分は、対衝撃に優れていてだなあ――」


「いやいや、材質とか性能とかの問題じゃなくって」


「ああ、そうだったな。あっちじゃあともかく、こっちではこんなもん着ないか」


「……? あっち? こっち?」


「あっちはあっち。こっちはこっち。ん~、なんと説明したらいいものやら」


 叔父は押入れを指差し、次いで足元を指差した。

 指先に釣られて視線を下げたとき、畳に放置したままだった布団が目に入る。


 そのときになって、はたと気づいた。

 先ほど、叔父が出てくる直前、押入れを明けて布団を取り出した。

 折り畳まれた布団以外は、そこにはなにもなかったはずなのだ。

 大の大人ひとりが隠れておけるスペースすらもなく。


「実際に見てもらうのが早いかな」


 叔父はポケットから、先端に鉱石の付いたペンダントを取り出すと、2~3言なにかを呟いた。


「秋人、おまえファンタジーとか好きか?」


「剣と魔法、妖精や異世界とか? ラノベは好きだけど……」


 にわかにペンダントが鈍く光り出す。

 青紫色をした光は徐々に光量を増し、目を開けていられないほどになったところで、いきなり消失した。


 いつの間にか押入れが開いており、そこから見える景色に目を疑った。


「――そう、それそれ。あっちがその異世界ってやつだ」


 押入れの向こうは、陽光差し込む森の中だった。

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