白浜乃々は近づけない。

 城崎真理は、入学して間もなく野球部のマネージャー私の後輩となった。親の勧めだったらしい。

 最初は笑顔を振りまく可愛げのあるだと思っていた。容姿もモデルのようで、男女問わず多くの人が見学に来ていた。

 けれど、彼女のキツイ物言いはすぐさま悪評となって広まり、気づいたら彼女の周りに人は誰も寄り付かなくなっていた。そのころから、真理ちゃんは笑顔を見せなくなった。

 

「だいじょうぶ?」


 心配になって、私は声をかけた。

 けれど、彼女は表情を変えずに、


「大丈夫です。慣れてますから」


 そう言ってすぐさまボール拾いを始めた。その動きからは、悲しみも辛さも感じられなかった。それが私が明確に真理ちゃんを意識したきっかけだった。

 私はことあるごとに真理ちゃんに話しかけた。真理ちゃんは嫌な顔ひとつでせずに、私の話に付き合ってくれた。別に彼女は嫌な人間じゃない。思ったことをそのまま言ってしまうだけの純粋でまっすぐな娘だ。そう理解していた。


 ある夏の日、私は六畳ほどの体育倉庫の中で掃除をしているときに言った。倉庫内はひどく蒸し暑かったのを覚えている。


「友達、作らないの?」


 今となってはあまりに無遠慮すぎる言葉だったと反省している。けれども、私のこの質問は、私の気持ちそのままだった。

 授業中も、昼休みも、放課後も、部活も、いつも一人で、最低限の会話だけをしている毎日に、私が疑問を持ったのも当然だったと思う。

 真理ちゃんはいつものごとく、どこか冷たい顔で言った。


「要らないですよ。というか、欲しがっちゃ駄目なんです」


「どうして?」


「…………」


 真理ちゃんは欠席ひとつしないで、一生懸命裏方として頑張ってた。

 本当に、良い子だったの。

 そんな娘がずっと一人でいるなんて、私が耐えられなくなった。


「だったら私が真理ちゃんの友達になる」


 そう宣言するように言った。

 それを聞いた真理ちゃんは、すごい、苦しそうに顔を歪めた。なんでかは、分からなかった。


「…………」


 真理ちゃんはずっと押し黙ったままで、私は好機、と言葉を続けた。早く笑わせてあげたかった。


「これが私のエゴだってことは分かってる。でも、私は真理ちゃんと友達になりたい」


 友達はいらない、そう答えた人間にとって、この言葉はあまりに残酷だったのかもしれない。

 でも、真理ちゃんの不器用さがワタシの妹たちの姿と重なってしまったら、どうにも放っておけなかった。

 真理ちゃんは、辞職を告げる国会議員みたいな、重々しく、どこか後悔を含んだような口ぶりで言った。


「……嬉しいです。先輩は良い人だと、思います。それはよくわかります」


 彼女が笑顔で「友達になりましょう」なんてことをいう未来は、見えなくて、私は俯きがちに、ホコリまみれの床に転がったボールを見ながら聞いていた。


「でも、ダメなんです。私は、先輩の友達にはなれないんです」


 予想通りの言葉に、私は彼女の方を見て、理由を聞こうとした。

 でも、出来なかった。

 真理ちゃんは、私をじっと見ていた。ほこりが日光に照らされて煌めくなかに、赤い瞳が信号みたいに光ってた。

 その目をみたら、何も言えなくなってしまった。目を逸らしていた私なんかが友達になれるわけがないのだと、無意識に感じてしまった。


 友達には、なれなかった。

 でも放っておけない。先輩として、そこだけは譲れなかった。

 だから私は、


「じゃ、私は真理ちゃんの先輩兼お姉ちゃんになる」


 そんなことを宣言していた。

 真理ちゃんはぽかんと口を開けていた。それもそうだろう。私が逆の立場なら「何言ってんだろう」思うこと間違いなしだ。

 

「どう?」


 自分でも何を言ってるのか分からなかったけど、過去に戻ることはできない。私は強引に話を進めた。

 

「……どう、と言われましても……」


「嫌?」


「嫌では、ないですけど」


「ならお姉ちゃんになる。ワタシは真理ちゃんのお姉ちゃんよ。これからよろしくね~」


 真理ちゃんは困ったように視線を彷徨わせて、息を吸うと、


「……じゃあ、よろしくお願いします」


 ふっと笑って、頭を下げた。





 


 

 

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