俺は彼女と話せない。
教室は夏休みの名残の熱気が充満していた。
「どうだった?」「夏休み終わったな~」なんて声が教室にこだましている。
俺は喧騒に
だから当然、隣には城崎真理がいた。
艶やかな黒髪と、燃えるような赤の瞳は相変わらず綺麗だった。
ただ、彼女のまとう空気は、夏休み前のものとは違って、より拒絶の色を濃くしていた。
俺のせいなのだろう。賑やかな教室の中で、ひとり取り残されたような彼女を見るのが辛くて、俺は目を背けた。
「……これはちょっと話しかけづらいな」
さしもの熱海も彼女の様子をみて、困ったように眉をひそめて顔をして呟いた。
「……俺の、せいだよな」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。そんなこと聞かなきゃ分からないだろ」
熱海は少し強めの口調で言った。
「そうだけどさ……」
話しかけられるわけがなかった。
自らの罪を明るみに出すようなことだ。そんな勇気は、まだない。
結局、そのあとの開業式が終わっても、会話を交わすことは出来なくて、俺は暗い気持ちのまま学校を後にしようとしていた。
教室の扉をくぐろうとしたとき、またもや熱海に呼び止められた。
中庭のベンチに二人で腰かける。
むせ返る緑に囲まれて、熱海は話し始めた。
「どうだった」
一体何のことだ。
「真理ちゃんのこと、諦められるのか」
熱海は俺を真っ直ぐにみて言った。
「……そりゃ、気になるよ。あいつはまた一人だ。部活に来なくなったら、もう……」
人とのかかわりはないだろう。
あいつにとって、それがそこまで響くとは思わないけど、それでも、あいつには一人くらい、心を許せる友達みたいなやつが、ひとりいてほしい。そう思う。
「で、お前はなんとかしようとは思わないのか?」
「なんとか出来るなら、やってみたいよ」
「ったく他人事だな。ということで、僕から提案がある。僕もあんな真理ちゃんは見てられないんでね」
熱海はそう言って、懐から四つ折りにされた一枚の紙っぺらを寄越した。
開いてみてみると、そこには鮮やかに花開く花火の写真がでかでかと掲載されていた。
「――ここの近くの海浜公園のお祭りだ。結構有名だから知ってんだろ」
熱海の言う通り、広告に載った祭りの名前は知っていた。
『山上公園花火大会』。
九月の上旬に地元の海沿いの公園で開催される、遅めの花火大会だ。夏が去るのを惜しむ人らで大いに賑わう、関東圏じゃ有名なお祭りだ。
「ほんとは僕が用意してた秘策だったんだけど、まぁお前に伝授してやるよ。覚悟があったらな」
熱海が意味深に笑う。
「覚悟?」
「そうだ。お前が主人公になる覚悟だ」
その比喩的にすぎる台詞の意味が分からなくて、俺はただ祭りのチラシをぼうっと見つめることしか出来なかった。
「端的に言えばだ、お前が、真理ちゃんを攻略するんだ」
「攻略?」
「そうさ。お前が主人公、真理ちゃんがヒロイン。胸がキュンキュンするようなストーリーだ」
「……攻略って、お前、あいつをオトすってことか」
「ザッツライト」
オトす。それは物理的に落とすという意味ではないのは分かっている。
それは、彼女を、
「無理に決まってんだろ」
俺は即答した。
ただでさえ嫌われているんだ。そんなの無理に決まっている。他のイケメンですら無理な芸当をこの俺が出来るわけがない。
「だったら、真理ちゃんをずっと一人にさせていいのか?」
「……お前がやればいいだろ」
俺の言葉に、熱海は愉快そうに笑って返した。
「あははっ! 何を言ってんだ。無理に決まってるんだろ。何回フラれていると思ってるんだ。望みはポテチより薄いぞ!」
「本気で告ってるって言ってたろ」
「たしかにそうだけど、彼女を傷つけてまでやることじゃない」
「俺だったら傷付かないってことか?」
「そうだ。必死にプランを練って、完璧なシチュエーションを整えたら、お前は負けないさ。いままでなぁなぁでも人よりうまくやってこれたんだから」
「それは偶然――」
そう言いかけたとき、突然、熱海が立ち上がって俺の胸ぐらをつかんだ。眼前にある熱海の表情には怒りが刻まれていた。
気道が閉まって、息が苦しくなって必死に抵抗しているとシャツのボタンがはじけ飛んだ。
「やれる。お前なら、絶対にやれる」
「――――!」
熱い瞳が、俺の
「……この四か月、確かにお前は変わったよ。でもな、俺はまだ、一度もお前の全力を見たことが無い」
熱のこもった声でそう言うと、熱海は俺をベンチに投げ出した。気道が急激に広がって、酸素を求めた体がせき込みながら息を吸った。
熱海もまた大きく息を吸うと、ベンチに転がる俺を見下ろして言った。
「――これ以上、俺の親友をバカにするな……!」
俺は気づく。
俺がなんでこいつと一緒にいたのか。
いろんな奴とすぐに友達になれて。
いつも楽しそうにサッカーしてて。
でも急に訳の分からないやつのために辞めちゃってさ。
こいつは、いつも全力だった。好きなことに、やりたいことに、全力だった。
だから俺は、眩しかった。
お前が、羨ましかったんだ。
「……バカだよな、お前。お前が本気になって言えば、城崎はお前の友達になってたと思うよ」
本心だった。
お前はいつも好きなことに全力だった。そんなまっすぐさを、きっと城崎は認めていたはずだ。
「でも、分かったよ。そこまで言うなら、俺がやる。俺がアイツを落とす」
そう宣言すると、熱海は慎ましく笑った。
ったく、もっと嬉しそうに笑えよ。
「……ありがとう、純」
「応援してるぜ、颯斗」
俺は立ち上がって、純と握手をした。その手は意外とごつくて、固かった。
お前が言うなら、きっとやれるよな。
中天に輝く太陽を見上げて、俺は心を決めた。
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