俺はどうしようもない。

 夏休みが明けた。ひどく憂鬱だった。

 ウザいくらいの日差しはいまだ健在で、通学路の坂を登る俺の背中をじりじりと焼いていた。

 すり抜けていった彼女は、二度と戻ってくることは無い。

 結局、俺らの過ごした四か月は、なんだったんだろう。

 夏休み、週一であった部活動に、城崎が出席することは無かった。

 俺は先輩と城崎の関係も壊してしまったのか。俺は先輩に何度も謝った。先輩はいつも笑って「だいじょうぶよ」と言ってくれたけど、本音かどうかは分からない。

 

 もういやだ、怖い、学校に行きたくない。

 足が止まる。

 なけなしの勇気を振り絞ってここまで来たんだ。もう十分だろう?

 戻ろう。家に帰ろう。両親の帰りは遅い。バレやしないさ。

 俺は決心して、右足を一歩引いて、振り返る。

 すると、目が合った。

 日差しで白く染まった世界で、


「よ、忘れ物でもしたか?」


 何度もみた、人懐っこい笑顔。エナメルバッグを肩にかけた少年は、駆け足で俺の下へ近寄ってくると、壊れたテレビを直すように、乱暴に俺の右肩を叩いた。


「ほら、遅刻するぞ、伊東」


 一度は目を背けた白い校舎が、再び視界の中央に入った。


「……タイミングが悪いな、熱海おまえはいつも」

 

「僕は恐ろしく良いと思ったんだけどなぁ」


 どうやら、俺が帰ろうとしていたことに気付いているらしい。しかし、だからといって感謝を述べる気にはなれなかった。


「どこが」


「ったくお前ってやつは」


 熱海はガシガシと頭を掻くと、俺の前を歩いた。


「――まだ終わっちゃいない。そりゃ少しは時間がかかるだろうけど、きっとうまくいくから、ちょっと話聞け」


「何の話だよ」


「そりゃ真理ちゃんの話に決まってんだろ」


 その名前を聞いた瞬間、ずきりと心臓が痛んだ。


「いいよ別に……もう……」


「一回フラれたくらいで何めそめそしてんだよ。俺なんて三十五回はフラれてるぞ」


「それとこれとは話が――」


「一緒だ。台詞こそあれだけど、僕は毎回全力で告白してるんだよ。だから毎回返事をしてもらえる。真理ちゃんの性格なら無視されてもおかしくないのにね」


 返事って、お前フラれてばっかじゃねぇか。


「まぁとにかくだよ、話さなくてもいいから、まず会え。話はそこからだ。また諦めんのか、なぁ」


 どこか突き放すような声が、温かかった。

 こいつを。こいつの期待を裏切ってはいけない、そう思った。

 

「……そうだな、ちょっと頑張ってみるよ」


 まだ、怖いし、自分に自信が持てたわけじゃない。あいつの前に俺がいてもいいのか不安で仕方がない。

 でも、ここで気合いを入れなきゃ、一生後悔すると思った。


「よく言った。じゃほら、行くぞ」


 そう言った彼の横顔は、快活に笑っていた。

 俺と熱海は、灼熱のアスファルトの熱を足裏で感じながら、教室に走った。



 

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