俺は亜熱帯で話したい!! みっかめ/Ⅱ

 二階に下ると、一層光量は減って、落ち着いた、そしてどこか不気味さを感じられるスペースが広がっていた。ひとつ深層に潜ったということだろうか。流石は一流観光施設。ぬかりはなかった。


「サメか……」


 正面にある大きな水槽では、ひと二人分ほどもあるサメ数匹が、ずんぐりとした体を不気味にくねらせていた。殺気さえ感じる冷たい眼光はとある誰かによく似ていた。


「何よ」


 その眼だよシャーク城崎くん。

 ……しかし、ここでもっとも興味を示したのは彼女ではなく、


「かっけー! やっぱシャークだよシャーク!」


 プロ野球選手を前にした野球少年のように目を輝かせる熱海であった。

 

「今じゃ頭が三つになったりトイレから出てきたりするようになったよな」


 俺は半笑いで軽口をたたいた。

 もちろんE級映画としてジャンル化された『サメ映画』の知識があると思っての発言だったのだが、どうやら熱海はその存在を知らないらしく、


「お前何言ってんだよ。アホかよ」


 普通に罵倒された。こめかみに筋が入るのは何年ぶりだったろう。


「……お前には話をふってやんない」


「やっぱり一番重要なのって友情だと思うんだよ。な?」


 熱海は人のよさそうな笑顔で腕を肩に乗せてくる。お調子者の本領発揮というところか。んなものサメに食わせてしまえ。


「……なんでサメが好きなんですかー」


 自分でも分かる棒読みだった。一流大根役者としてデビュー間違いなしだ。

 しかし熱海は俺の演技力なんて気にしていないのか、俺の右肩に回した手でトントンと叩くと、嬉々として答える。


「かっこいいじゃん!」


「内容薄いわ!」


 ポテチかよ。

 流石に会話が終わりかねないのでなんとか話を膨らまそうを努力をしてみる。


「例えばどこが?」


 うーん、と考えるそぶりを見せる熱海。そして目をはっと見開いて、


「ぜんぶ!」


「だから内容薄いわ!!」


 彼女の好きなところでそれ言ったら破局するやつだぞ。

 先にもいったとおり、こいつは基本気の使えるやつなんだけど……どうにも南国の暑さに頭をやられているらしい。


「いいよなぁサメは。天敵とかいないから誰にも気を使わなくてすむんだぜ? 見ろよあの我が物顔。大統領でも見せないぜ」


 サメと大統領が比較対象になるのかは不明である。


「それに鼻の下めちゃくちゃ伸びてるし。絶対むっつりスケベだよあれ」


「サメにむっつりスケベっていうやつ世界探してもお前しかいないよ」


 鼻の下は確かに伸びているようにみえるけども。


「はぁーあ、俺も自分のためだけに生きてみたいなぁ」


 わざとらしくため息をついて、落ち込んだそぶりを見せる熱海。

 声を掛けるのは癪であったが、今までの礼をこめて絡んでやるとしよう。


「どういうことだよ」


「別にそのまんまだよ。誰かさんのためにわざわざ上位高との合同練習を休んでまでここに来ている僕に同情してるのさ」


 それは初耳であった。

 クラスメートから尻軽のイメージを持たれ、事実美少女のためならば信号無視くらいは辞さない熱海であるが、サッカーに向ける情熱は本物。

 そんなこいつがわざわざ大事な練習をさぼってまで――。


「おっと、謝ってくれるなよ~? それじゃあ計画がおじゃんだからな。わざわざあそこの浜を選んだのも、ギャ――おっと、口が滑りかけた」


 熱海はそれらしく口を手で塞いで見せる。いちいち動きが演技っぽい。


「まぁ、とにかくだ。うまくやれよ、伊東」


 群青の光に金髪が揺れて、彼から伸びた手が思い切り俺の背中を叩く。

 なんだよ、お姉ちゃん先輩といいみんな読心術の使い手なのか? この世って意外とファンタジー?

 ……なんてボケるのは後にして。


「まさかお前に励まされる時がくるとはね。退部したときもこんなことはなかったのに」


「あんときは励ましてもろくに話聞かねえよな、って思ってね。今のお前は別物ってことだ」


 熱海はにへらと笑って、親指をぐっと立てた。


「……ありがとよ。今はお前になんもしてやれないけど……いつか恩は返す」


「おう! 待ってるわ――ということで僕と!」


 熱海がさっと身を翻す。向いた先にはエレベーターらしきものが口を開けていた。


「お姉ちゃんはエサやり体験してくるので、二人とも待っててねぇ~」


 お姉ちゃん先輩もそのエレベーターに同乗する。

 二人とも、温かくて、それでいて邪悪な笑みを浮かべて、扉が閉まる。

 その間際――


「折れるなよ、伊東――」


 そんな不吉な言葉を残して、二人はいったん地上に帰還した。

 なんだか、すごい恥ずかしい。

 しかしこれで後に引けなくなった。さすがに「何も言えませんでした」なんて言ったらいよいよ絶交が見えてくる。そしたら多分俺は永遠に卑屈少年としてこの世を彷徨うことになる。

 数か月前の俺なら適当に頷いたろうが、今の俺は違う。

 もういい加減、弱気とはおさらばだ。


「……ねぇ、二人はどこへ行ったの?」


 少し離れたところでサメの骨格を見ていた城崎が声を掛けてきた。


「あぁ、二人はエサやり体験とか言ってそこのエレベーターに連れていかれたよ。小学生といっしょに」


「……流石といったところね」


 城崎の紅い目が、どこか呆れたように上を見た。


「ここもなんだし、ちょっと見に行こうぜ」


「どこへ」


 城崎が視線を俺に向ける。

 俺は強張る表情筋で無理やり笑顔を作って、彼女に告げた。


「もちろん、ここの目玉の『大水槽』だよ」

 と。


 


 


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