俺は亜熱帯で話したい!! みっかめ

「こりゃすごい」


 俺ら四人の前に、巨大なジンベエザメ像がそびえていた。

 下で写真を撮る人らが蟻のよう――ってほどではなかったけれど、コオロギくらいには見えるほどジンベエさんは大きかった。数十分後、こんな巨体が俺らの前で泳いでいるなんてことは想像できない。


「ここが美ら海水族館ちゅらうみすいぞくかんか~。やっぱり有名なだけあってお客さんも多いのね~」


 お姉ちゃん先輩は次々と入り口に吸い込まれていく人波を見て言う。まさにその通りで、お姉ちゃん先輩の歩みに合わせて進んでいる俺らを次々と人だかりが追い抜いていく。まさに亀に追い抜かれる兎の気分だ。別に悔しかないけど。


 そのままのんびりと進んでいって、入場口で事前に用意していた券を提示する。スタッフのお姉ちゃんはニッコリ営業スマイルで俺らを見送った。お仕事お疲れ様です。俺は軽く頭を下げた。


 水族館内は薄暗く、全体的に青みがかっていた。当然っちゃ当然なんだけど。

 最初に、触れあえる生き物、なまことかが展示してあって、家族連れと熱海が「ひゃっ!」などと叫んでいた。さらっと混じんなよ。


 正直魚自体にそこまでの興味は無かった。魚は食うモノだという固定概念が俺の脳を支配しているからだ。

 だからじっくりとガラスの向こうを眺めるなんてことはしていなかった。それは城崎も同じようで、ゆっくりと館内を歩きながら、斜め読みをするように眺めていた。

 しかしほかの二人は興味津々なようで、真っ青な水中をじっと眺めては飽き、駆け足で次のゾーンに進んでは、また立ち止まって凝視する。


 そして入り口のある三階で最も二人が目を輝かせていたのは、食ったら絶対に不味そうな派手な色をした熱帯魚スペースであった。


「これニモじゃん!」


 出たよ。熱海こいつにもピクサーの根が張っていたのか。周りの子供からも同じような声が聞こえてくる。ピクサーが世界の覇権を握るのもそう遠くはない。


「あ、ドリーだ」


「あのな熱海。お前がニモだと思っているオレンジの魚は『カクレクマノミ』といって決してニモじゃないし、そもそもニモはカクレクマノミじゃないからな。

 そしてお前がドリーと呼ぶのは『ナンヨウハギ』だ」


 いつかどこかで聞いた知識を熱海に滔々とうとうと語る。うんちくを我慢できなかったのは俺が幼いからだろうか。


「……あなた、子どもっぽいのね」


 と、熱海にしては高く、冷ややかな声色だった。

 あれ、「ドリー」って言ってたの、城崎?


「…………俺もお前が俗っぽいとは思わなかったよ」


「あっ、ニモとドリーだ~!」


 先輩……。


「頭を柔らかくすることね」


 その言葉に、俺はいらっときて、ニモもどきをぎろりと睨みつける。

 やつはそんなこと知らぬ風に、くるっと身を翻して、あしらうようにひれをばたつかせた。


「ほら、ニモもそう言ってるじゃないの」


 ここで言葉を返したら、負けなような気がして(もうとっくに負けなのだが)、熱帯魚たちに熱中するお姉ちゃん先輩に話を振った。


「……お姉ちゃん先輩は熱帯魚がお好きなんですか?」


 城崎が隣で鼻で笑うのが聞こえた。

 これは戦略的撤退だ。恥じることは無い。


「好きよ~、ちっちゃくて明るくて可愛いわ~」


 お姉ちゃん先輩は頬を緩ませて答える。

 

「弟にしちゃいたいわ~」


「マジっすか……」


 先輩の保護欲は人類だけでなく魚類にも及ぶらしい。すこし恐ろしかった。


「お魚はいつ見てもいいわねぇ。ストレスが溶けていくわ~」


「先輩もやっぱりストレスたまるんですね」


「当たり前よ~。人間だもの」


「すいません……」


 何となく、頭を下げた。


「なんで謝るの?」


「ストレスの原因が俺にあるのではないかと」


「むむっ」


 先輩の頬がハリセンボンのように膨らむと、ポーチからあるものを取り出して俺の額に貼り付けた。


「はい、イエローカード」


「そのカード海を越えてたんですか」


「永久不滅だから」


 それは違うカードでしょう。


「で、これ外していいですか」


 先輩は首を横に振った。ちょっとというか大分困る。


「流石にキツイですよ。今も子供たちにゲラゲラ笑われてますし」


 指までさされてね。

 すると何を考えたのか、先輩は挙手するように手を伸ばして、


「じゃ、復唱してくださ~い」


 ここはノるしかなかろう。


「はい」


「私はもう弱気になりません! はいど~ぞ!」


 言うだけタダだ。言わねば笑いもんだ。


「私はもうよわぃになりません」


「濁したな~?」


「沖縄の海ばりに澄んだ発音でした」


「ふふっ、今日はそれで勘弁してあげるわ~。頑張ってね」


 一瞬、「頑張ってね」が何に向けられたのかが分からなくて、お姉ちゃん先輩の方を見ると、頭を撫でられる。

 お姉ちゃんは千里眼の持ち主らしい。


「はい、頑張ってみます」


 こうして俺らは深層二階へと進んだ。


「おい伊東、そのおでこのカードはギャグなのか? だとしたらまぁまぁ寒いぞ」


「……う、うっせーな……」


 

 

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