俺は亜熱帯で遊べない!! ふつかめ/その2

 太平洋横断を諦めた熱海とおっぱいをゆさゆさと揺らす先輩、そしてシャツを濡らして黒の水着を透かせた城崎がバシャバシャとはしゃいでいた。高校生が真面目に水を掛け合ったらどうなるのか、という設定らしい。ガキか君たち。

 昨日の枕投げ大会で負けず嫌いが発覚した城崎は太陽よりも眩しい笑顔で海面をすくっている。可愛いし、シャツから透けた黒の水着がエロい。


 そして俺はといえば、パラソルの下でゆったりとくつろいでいるのだった。


 ――わけがなかった。


(――あなた、綺麗な目、してるのね)


 肌をくすぐる黒髪、しっとりと濡れた唇。思い出すだけで、血圧が上昇する。こんな状況で落ち着けるのはブッダくらいのものだ。

 彼女に他意はなかったのだろう。

 でも、意識せざるをえない。彼女から距離を詰めてくるなんて初めてだったから。

 と、いつのまにか頭の中は城崎でいっぱいになって、もう目には美しい海も白い浜辺を映らない。


 あの、きらめく黒髪しか、映らない。

 

 すると視線に気づいたのか、城崎の紅い目がこちらをちらりと見た。恥ずかしくなって俺が逸らそうとする前に、彼女の方がぷいっと顔をそむけた。

 彼女の顔が林檎のように赤かったのは、きっと南国の熱のせいだろう。きっと。


 それにしても暑い。

 高く昇った太陽と、こう、いろんなことから来る身体の内からの熱で、ちょっとぼうっとしていた時、背後から声がかかった。女性の声だった。

 何か邪魔でもしてしまったのだろうかと、俺は委縮気味で振り向くと、


「ねぇ、お兄ちゃん、ちょっとうちらと遊ばない?」


 ギャルっぽい女性二人組だった。

 ひとりは明るい茶髪、もう一人はいかにも染めた感のある金髪をしていた。

 え、なに、これ逆ナンパってやつですか!?


「え、あ、お、俺ですか?」


「お兄ちゃんしかいないっしょ。ほら、結構イケてんじゃん!」


「な、よかったわー」


 ……何がイケてんだよ。

 俺のわずかな反感なんて知らないといったように、二人はニコッと笑顔を作ると、ぐいぐいと体を寄せてきた。

 人肌ってこんな温かいんだな――って、おっ、ちょっ、だいじょうぶ? 俺逮捕されない??


「ほらほら、あっちいこー!」


「え、あ、と、ちょっ」


 二人は俺の両腕にピタリとくっついて、人気ひとけのない浜の緑深い方へと歩いていく。

 両手にマシュマロ(ブースター付き)、そんな感じだった。

 意外過ぎるこの事態に連れがいることなんて口に出来ずに、ただ腕を引かれるままになっていると――。


 ザッ、ザッ、ザッ。

 俺のもとへと近寄ってくる足音が、ひとつ。


「――ねぇ、どういうことなのかしら」


 クールで、それでいてどこか怒気のこもった女声が、鼓膜を震わせた。

 振り返ってみるまでも無い、それは城崎だった。


「あれ? もしかしてカノジョ?」


 金髪が笑いながら言った。


「か、彼女なわけないでしょう!? なんでこいつとなんかと……」


 いやそこで動揺するんかい。

 というかこれ普通俺がナンパされた城崎を助けるとこだよな。

 逆? もしかして逆? 俺ヒロイン? 


「じゃ、いいじゃん。ほらいこいこー」


 ぐいっと腕を引っ張られる。


「ちょっと待ちなさいよ! 彼は私たちの連れなの。所有権はこちらにあるわ」


 モノか俺は。人権をおくれよ。


「じゃあレンタルで」


 茶髪がさらりと言い放つ。こいつらも俺が人間だということを忘れているんじゃなかろうな。


「駄目よ」


「何で」


「あんたたちより私の方が可愛いもの」


 おいこいつ何言ってんだ。まぁ嘘じゃないんだけどさ。多少緯度が変わったところでこいつはこいつのままらしい。

 すべてを等しく切り裂く城崎の言葉に、流石にギャル二人組もキレたのか、俺を拘束する力が強まった。俺得。


「へぇ? 言うじゃん陰キャ」


 ギャルの基準すげー! 城崎が陰キャラだったら俺はなんだ、『闇』か。

 ちょっとかっこいいやん。


「なんとでもいいなさいよ。とにかく彼を返してもらうから」


「別に彼女でもないんでしょ? いいじゃん」


 そう言われて城崎が苦しい顔をして半歩下がって、俯く。


「大丈夫かっ?」


「…………」


 心配になって言葉をかけるも俯いたままで返事がない。今まで見たことの無かった彼女の様子に心臓がざわつく。

 ギャルは顔を見合わせてふっと笑うと、俺を連れて再び歩みを進めようとする。


「ちょっと待――」


 さすがにこの状態の城崎を放っておけない。俺は足を砂に突っ込んで停止を試みるが怒りモードギャルは手ごわく、ずるずると城崎が遠ざかって――


「候補よ……」


 ぶつりと、城崎が呟くのが聞こえた。


「「???」」


 ギャル二人は意味を汲み取りあぐね、首を傾げる。

 城崎は構うことなく、俯いた顔を思い切りこちらに見上げると、半ばやけ気味に叫んだ。


「友達……こいつは私の唯一のなのっ! だから、だからっ! 遠くに連れて行かないで……っ!」


 まるでおもちゃを取られた幼子のようだった。

 そんな子どもを置き去りにできるほど、まだ俺は腐っちゃいない。

 女性に振るうには少し強い力で振りほどくと、両横から軽い悲鳴が聞こえた。しかし気にするものか。俺には今明確な優先順位があるのだ。

 俺は城崎のもとへと駆け寄る。


「今、めちゃくちゃ恥ずかしいだろ」


「うっさいっ!」


 ばちん。


「痛ッ!?」


 まさかのビンタであった。

 頬がじんじんと痛む。


「もう、早く帰るわよ!」


 城崎はギャルの数倍の力で俺の腕を胸に抱くと、そのまま駆けだす。

 残念ながら二人ほどの包容力は感じなかったけれど、ずっと温かかった。

 

「なんかすごい嬉しいんだけどさ」


「だけど、なによ。私にあんなこと言わせてなにか意見でもあるの?」


 お前が勝手に言ったんだろ、とは口に出来ない。

 多分キレるから。


「友達候補って、結局最初からなんも変わってないなって」


「……唯一の?」


「最初から候補なんて俺一人だろ」


「うるさいわね。ドククラゲにでも刺されればいいのよ」


「ちょっとリアルだからやめてくれ」


 ふふっと城崎は笑う。

 夏に入ってから、こいつはよく笑うようになっていた。

 それから俺たちはビーチバレーとか全力水泳大会なんかを楽しんだ。


 ホテルに戻って俺の逆ナン話を話すと大いにウケた。もちろん城崎からは殴られた。痛かった。

 水泳の授業のあとはやたら眠くなると同じ原理で、二十二時を迎えるころには、俺らの疲労はピークに達していた。

 だからそれぞれ寝室のふかふかベッドで眠りに就いた。

 ただ俺だけは熱に浮かされたように、どうにも眠れなくて、コップに水を注いで薄暗い広間のソファに座って潮騒を聞いていた。

 

 ここは学校じゃない。

 でも、ここには学校でしか会うはずのないひとがいる。

 なんだか不思議だ。

 四か月という時間は、俺の人生にとって、もっとも充実していたのだと思う。

 入学式、ぼっち宣告をされたときには思いもしなかった未来が、現実になっている。これを不思議といわずしてなんというのか。


 腐れ縁の熱海。

 お姉ちゃんの白浜先輩。

 まっすぐ少女の城崎。


 俺はどうやら人の縁に結ばれているらしい。

 多分、今までも恵まれていたのだろう。

 それを自覚せずにふさぎ込んでいたのはこの俺だ。 

 正直言えば、今も無理をしている。

 俺は面白いことを言えているのか、優しくいられているのか、邪魔になっていないのか、不安でしょうがない。

 だから、『友達候補』という言葉は、安心した。

 まだ俺は、候補でいられている。

 でも多分、今の俺じゃ『友達』にはなれない。あいつはまっすぐだから、高い塔の先っぽでひとり外界を眺めているようなやつだから、分かってるんだと思う。

 だから俺の口から話そう。

 あした、俺のことを。

 話そう。

 これからのことを。

 

 

 



 

 


 

 

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