俺は点数がとれない!!

 久しぶりに勉強をした。

 自ら学ぶことを勉強というのなら、これが二度めの勉強だった。

 今回のテスト、色々なことを知れた。


 人は二徹すると太陽が緑に見えること。

 エナジードリンクが意外と美味しいこと。

 飲み過ぎるとお腹を壊すこと。

 解けない問題があるとすごい悔しくなること。

 問題が解けたときの達成感は気持ちいいということ。

 テスト本番には手が震えるということ。

 一生懸命になるって案外悪くないってこと。

 そして、努力が及ばなかったとき、泣きたくなるくらいに悔しくてたまらないということ。


 結果をいえば、惨敗だった。窓から差し込む夏の日差しを浴びて光を照り返す彼女の解答と、陰でバツをもらう俺の答えモドキ。

 これが、差だった。サボり続けて折れ曲がった俺とまっすぐに成長し続けた城崎との差。

 気を使わせなくていい。だから一緒にいたい。

 甘かった。

 そもそも、俺は彼女と同じ舞台にすら立っていなかった。

 笑えた。

 だって同じところに立っていなかったのに、今までこうして会話を交わせていたのだから。


「よく勝負しようだなんて言えたわね……化学抜きでも勝ててるわよ」


「返す言葉も無い……」


「でも平均は超えているんでしょう? すごいじゃないのハヤト君!」


 お姉ちゃん先輩が安らぐ笑顔で慰めてくれた。


「……お姉ちゃん先輩、ちょっと胸借りてもいいですか」


 問題発言? 知るかそんなもの。俺は今癒しが欲しいんだ。


「ふっふ~。いいわよ~」


 お姉ちゃん先輩は嬉しそうに両手を広げて歓迎の姿勢を見せてくれた。

 遠慮は無しだ。俺は思い切りお姉ちゃん先輩の胸に飛び込もうとして――。


「ち、ちょっと待ちなさいよ。まだ私の話は終わってない!」


 何故か慌てたように俺を止めた。そのとき先輩が微笑ましに笑んだのも分からない。

 すっかり夏服姿に衣替えした城崎は陽光を受けて黒の髪をキラキラと輝かせて言った。


「い、いいわよ別に。夏休み、あなたと出かけても」


 不規則に、胸元のリボンが揺れる。


「…………」


 あまりに意外な言葉に、口をあんぐりと開けたまま、俺は立ち尽くしていた。

 こいつ、俺を嫌っているんだろ? 確かにこいつの”嫌い”という感情は、人を避けようとする一般の嫌い方とは違うけれど、わざわざ距離を狭めようとする意味が分からない。


「なんで?」


 言った瞬間、自分の無粋さを嘆いた。

 しかし、城崎は答えてくれた。


「それは……も、もう一年も半分だし、そろそろ友達っぽいことしないとダメかな、と思って」


 いつになくしおらしい態度の城崎。手を背に回したりなんかしている。彼女なりのテスト疲れなのだろうか。

 でも確かに彼女の理屈は正しい。もとは『俺が城崎と友達になる』という前提から始まった関係だ。しかし、ということは……。


「ある程度は認めてくれたってことか」


「……そうよ、そう。少しはマシになったわね、あなたも」


 それは初めて見る彼女の心からの笑顔だった。

 綺麗だと思った。

 可愛いと思った。

 嬉しいと思った。


 この胸に宿った温かな感情をなんて呼ぶのかなんて分からない。友情なのかもしれないし、憧憬なのかもしれない。はたまた恋なんて呼ぶのかもしれない。


 俺にはまだこの感情に名前はつけられないけど、少なくとも、これがそこらの宝石よりも大事なものだということはきっと間違いじゃないだろう。


 風が吹く。

 俺らの夏が始まる。



 


 



 

 

 

 

 

 



 

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