晩春

俺はふたりでデート出来ない。そのいち

 苦い。

 それが人生初スタバコーヒーの味だった。

 しかもお高い。

 ここに群れる人らはよく飲み物にこんな大金出せるよな。


 370円だぞ。


 コーヒー原価:70円

 『スタバで飲んでる俺イケてるぜ』提供代金:300円

 って内訳だろどうせ(個人的見解です)。


 ともかく、こうしてお洒落魔人たちに囲まれて美味しく感じられないコーヒーを口にしているのには理由ワケがある。


「……なんでこんなところで待ち合わせしたのよ……」


 もはや一か月いつもの聞きなれた冷めた声。去り行く春には冷たすぎる冬の風のように。

 しかしその凛と咲いた赤薔薇の如き立ち姿は周囲の視線を釘づけるには十分な存在感を放っていた。ちょっと優越感。

 

 ――デート。

 人は異性を連れ立って休日に遊び歩く時、その魅惑的な名称を用いる。

 ならば、この今の状況はデートといってもいいのではなかろうか!

 ワクワクが止まらないぜ!


「お待たせ~真理ちゃん、ハヤトく~ん!」


 これまた目立つ美人の先輩おねえさんと、


「おっす~。伊東おまえほんとお洒落な場所似合わねぇよな」

「自分でも分かってるさ」


 ランチについてくるパセリみたいなやつ(熱海)さえいなければ。


 白浜先輩はいいとして、


「なんでお前いんの」


「お前が目の休めるやつが欲しいって言ったからだろ⁉」


 そういえばそんなこと言った記憶が……。

 あれはこのGWゴールデンウィークに入る直前の昼休みのこと――と、回想するまでもなく単純な出来事だった。


 ラブコメディ漫画読んだら、そりゃ女子を連れ立って遊びたくなるでしょ。

 眼前に迫る連休、近づくことを許された美少女、一か月が経ち慣れてきた高校生活と見え始めた光明。それらが俺の背中を押したことは間違いが無く。

 そうして俺は城崎をこの”るるぽーと”――専門店の立ち並ぶ複合商業施設――に誘ったのだ。机にるるぽーとのチラシを数枚並べて、自然と会話に上がってくるように誘導してね。

 二人きりじゃ怖いからと先輩と熱海も誘った。

 そこらへんまだ臆病だという自覚はある。

 これでデートと呼べるかとどうかは疑問だが、美少女二人だけと一緒にいたら眩しすぎて目がつぶれてしまいそうだったのだ。それに二人の株を下げかねないし。


 ……かたや落ち着いた黒のブラウスに身を包んだ淑女サマきのさき。グレイのスカートがふわりと舞えば、洗練された美に酔い目を回す。


 ……かたや柔らかなベージュ色を纏った華やかな美少女せんぱい。背後のフリルが楽し気に踊れば、こちらの心も踊り沸き立つ。


 口直しの熱海パセリがなければ緊張してロクに喋れなかったであろう。こいつを連れてきて正解だったな。


「いやぁ~ほんとに綺麗だね城崎さんは! どう? ボクと付き合わない?」


「……なんでこの男を連れてきたのよ。騒がしくてたまらないわ」


「こと外出イベントにおいてこいつの気配り力はなくてはならない存在なんだよ」


 事実、このスタバで洒落込んだ待ち合わせを提案してきたのも熱海である。なんなら最初の最初のところで「デートいこうぜ」と言ったのもラブコメ漫画を貸してきたのもこいつだ。

 ……ん、あれ、俺こそ誘導されてない? 


「いいじゃない真理ちゃん。ワイワイやるのも楽しいわよ~!」


 先輩が「いけいけごーごー!」とばかりに天に手を伸ばすが、どうも城崎は気乗りしていない様子だ。

 たしかに俺がなけなしの勇気を振り絞って誘ったときも一度は断られたし、当然のリアクションではあるのだが……こうして来てくれているだけありがたいと思うのが正解か。

 こんな美少女を休日を共にしているだけでも確かに勝利者感がすごい。

 確かに、こいつを本当の友達に出来たのなら、多少なりとも俺の自信にはなるのかもしれないな、と、そんなことを思った。


「で、主催者伊東君、これから何すんだ?」


「そこは任せとけ。大まかな予定は立ててある。ひとまず……今は十時半か……映画まで一時間ちょっとあるから歩きながら時間潰そう」


「りょうか~い! じゃさっそく行きましょ! 真理ちゃんと外出なんて初めてだわ~。お姉ちゃん嬉しい!」


「そうですかそうですか……ほら、先輩いきますよ」


 こうして楽しい(仮)外出イベントが始まった!


 




 

 



 

 

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