運命の分岐点は存在――

 さて、俺はその後も親切に、あるいは面白がって支援してくれる熱海とともに城崎にお見合いをけしかけた。数にして四回ほど。

 それではそのハイライトをご覧いただこう。


『なんであいつの頼みを聞いたの』


『暇だったから、かな』


『暇だったから了承したの?』


『うん。まぁね』


「だめ、この子も良い子過ぎる」


 またすぐ帰ってきた。


「……なんだお前」


 俺はまたもやキレ気味で言った。

 熱海は腹を抱えて笑っていた。


 三度めは設定を変えた。三度目の正直と言うやつだ。今回はターゲットがひとりでいるところに突貫をさせる作戦だ。


『どうしてこんなところにいるの?』


 それはきっと相手の台詞だろう、心の中でツッコミを入れた。


『え、友達にパン買って来いって言われて』


『いじめ?』


 ストレートすぎるだろ。

 しかし城崎の声は真剣だった。


『あはは、そうじゃないよ。たまたま近くによる用事があったからそのついで』


『嫌じゃないの』


『まさか! 友達だしね』


「もう友達がいるわよあの子」


 城崎は告げ口でもするように友達候補を指さして言った。


「別に友達いっぱいいても不倫とかにならないから!」


 俺は呆れて空を仰いだ。もちろん見えるのは穴ぼこだらけの天井だけど。

 熱海は何故だか真剣な顔で自分の掌を見つめていた。


 四度目はもうやけっぱちで、不良の匂いただよう男子に狙いをつけた。入学早々イヤリングとは結構な大物だ。それに何かスポーツをやっていたのかガタイがいい。十数メートルの距離をとっていても威圧感のあるやつだった。

 「でも意外とこういうやつとの方が上手くいくんじゃないか?」とは熱海の談。

 それに城崎は超高校級の美人。不良でもゴマをするに決まってる。


『イヤリングって痛くないの?』


『……痛いのは一瞬だよ。慣れてしまえば大抵のことはどうにかなるさ』


 人のいない静かな廊下。

 俺と城崎との出会いより雰囲気のある展開だった。


『あなた、友達いる?』


『……見りゃ分かんだろ』


 あれ、これすごいチャンスなのでは?

 友達の出来ない美少女と、同じく孤独な不良少年。これで一作書けるレベルの出会いだ。

 もしかして、俺、今後モブキャラとして生きていくやつか? こっちのがお似合いってのは分かるけどさ。

 ちょっと喪失感。


『そ、あなた、


『知らねぇよそんなこと。いいから消えとけ』


「――ということよ」


「さらっとフラれてるんじゃないよ!」


 まさか……こんな美人を初対面でフレるやつがいたなんて……。まぁ告白してもいないんだけどさ。

 ともかくこうして城崎に友達が出来ることは無かったのだった。

 どうすんだよ、ほんと。





 場所変わって、生暖かい空気が肌にへばりつく部室にて。


「で、どうすんだよ。友達できなきゃ留年だぞ」


 俺の言葉を聞いてしばし考え込む城崎。顎に指をあてる姿もまた西洋画のように美しかった。


「……モチベが無いし面倒くさいわ」


「お前の方がめんどくさいわ⁉」


 こいつ、意外と面倒くさがりなのである。これも思ったことを言ってしまうという彼女らしさといえばそうではあるが。


「やっぱり友達って作るより、方がいいと思うのよ」


「友達になりたがられるってなんですか???」


 真顔で何言ってんだこいつ。


「だから私思いついたの」


 ……何か、嫌な予感がした。


「――あなたが、私の友達になりなさいよ」


 真っ赤な瞳が、俺の心を染めてあげていく。


「プロポーズですね分かります」


「ち、違うわよっ! あなたが私の友達になりにいくの!」


 友達になりにいくってなんだよ。コンビニ行ってくるみたいなノリですか?


「……詳しい解説をお聞きしたいのですが」


「私には友達作りなんて無理だと思うの」


 悪びれも反省もなく城崎は言い切った。ちょっぴり腹が立ったけど、この前の件で生まれた彼女への後ろめたさからか、すぐに怒りは収まる。


「おいそこ開き直るでない」


「だからあなたが私の友達になりにいけばいいのよ。そうすれば私はノーコストで友達を作れる」


 そんな「名案でしょこれ」みたいな誇らしげに胸を張られても困るのですが。


「でもお前俺と友達になりたかないんだろ?」


 彼女はなんの躊躇いも無く頷く。せめて好きな数字を選ぶときくらいの間は欲しかった。


「そこはあなたが私に『友達になってもいい』と思わせるのよ」


 エセ宗教の勧誘くらいのうさん臭さである。


「……お前な、前も言ったけどそんな上から目線だから引かれるんだぞ?」


「これは客観的事実を基にした適材適所よ。あなたがその努力をする代わりに、私もあなたの力になる。ギブ&テイクね」


「力になる?」


 意味深な言葉に言葉を返す。まったくもって意味が分からない。この頭が分かってくれようとしない。


「そ、私ほどの美少女を侍らせてれば自ずと自信がついてくるでしょう? それに……万一あなたを本当に友達にしたいと思えたのなら――」


 熟れた林檎のような瞳が妖し気に細められる。彼女の瞳はたった今、魔力を帯びる。



「――あなたの願いをひとつ聞いてあげる」


 

 いつの間にか開いていた窓から風が吹き込んで、城崎の黒髪が優美に揺れる。

 現実にその言葉が存在したのかと、俺は耳を疑った。


「今、なんて……?」


「あなたのお願いをなんでもひとつ聞いてあげる、と言ったの。あなたに一方的に負荷を強いるのは気分悪いから。どう? 悪くない提案だと思うのだけど」


 どうやら、俺の聴力は正常であったらしい。

 なんでもひとつ……いちおう確認してみよう。


「なんでもって、ほんと?」


 そんな問いに彼女は即答した。


「えぇ、マジよ。犯罪行為は勿論NGだけれど……」


 乙女は恥じらいに頬を染め、桜色の唇を震わせて言った。


「……キスでも、のことでも……好きにすればいいわ」


 心臓が意志をもったかのように、俺の意志を無視して騒ぎ出す。

 ただ美しい存在だと認識していたものが、俺とは違う性を持っているのだと気づいた、気づいてしまった。

 城崎の肢体を改めて眺めた。

 頬は朱に染まり、きゅっと不安げに結ばれた桃色の唇は微かに震えていた。細い肩は心細げに丸まって、小さな手のひらはギュッとセーラーの裾を握り込んでいた。


 彼女はあまりにも弱くて、脆くて、可憐だった。それは世界の決まり事だった。

 今にも理性が溶けだしてしまいそうだった。

 やばい。

 抑えなければきっと何かがはちきれてしまう。


「え、あ、ぁ、分かった。分かったからちょっと今日は帰るわ‼」


 伊東颯斗、狩られるメタル系モンスターのごとく逃げ出した。

 

 結局ラインで了承の返事をするのは、悩みに悩み、精神統一の座禅を身に着けた後の話である。



 





 

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