俺はふたりでデートが出来ない。そのに
映画までの空き時間、賑やかなモールを四人で歩く。やたらと注目を集めているのは俺の前をあるく女神二柱のせいだろう。その証拠に、行く先々のカップルが「何見てんのよ!」と揉めていた。
……これは対リア充決戦兵器になるのでは。
「あ、ちょっとここ寄っていい? 夏の全然決まってなくて~」
白浜お姉――先輩がとある洋服店を前に尋ねてきた。
なんちゃらファーム? よく分からないが明るくやわらかな雰囲気の店だ。確かに先輩好きそう。
こういう洋服店には入ったことが無い。なにぶん興味がないのだ。豚がいくら着飾っても豚なのである。しかも飛ばない。俺はただの豚、QED。
「いいですよ。俺たち外で待ってるんで」
「おい僕は一緒に見たいぞ」
「自 重 し ろ !」
欲望に素直な熱海をねじ伏せて、女子二人を送り出す。
やはり城崎も女の子、飾られた洋服たちを見て目を輝かせていたのが印象的だった。まず学校じゃあんな顔見られないからな。眼福眼福。
「……ったく、お前ほんと遠慮しいだよな」
「お前が欲望に満ち満ちているだけだ。お前の脳内メーカー『煩悩』でいっぱいだったろ」
「それ中一のときの話だろ?」
「いや中一で既に天国行き逃してるの結構レアだからな」
ツンツンに金髪を尖らせた熱海は俺の言葉を気にすることも無く飄々とした様子で携帯をいじり始める。熱海、平常運転である。
未だに浮足立っている俺とは大違いだな。
「……なぁ伊東」
「なんだよ」
「ここベビー服あるかな」
「なんでひよこクラブ見てんねん」
訂正、こいつも大分宙に浮いていた。
画面には電子書籍版たまごクラブが。男子高校生がたまごクラブ購読なぞ正気の沙汰ではない。
いったん二人で深呼吸。『なんでもしてもいい事件』の際会得した精神統一がここで役立つとは思わなんだ。
「……でもお前が休日に誘うなんて珍しいよなー、しかも女子もなんて。ちょっとは変わったんじゃねぇか? いったい何があったんだか」
……少なくともあの出来事は言えないな。
俺自身まだ受け止めかねてるし。
今は高校生ならば目指さねばならない桃色の誘惑に従っているだけ。今回だって漫画の影響という風情の欠片も無い理由だし。
それでも、こいつがそういうのならば俺も既に多少は変わっているのだろう。実感はわかないけど。
熱海は言葉を続けた。
「ま、あれだけの美少女だし誘わない手はないからな」
「ほんと、見てるだけならモデル顔負けだもんな。見てるだけなら」
「確かに性格難アリだとは思うが、そんなにか?」
「適当に告ってフラれてる関係の方がマシかもな……先週なんて急に顧問の先生に予算の増額を直談判しにいってたし。それっぽい理由は考えてたけど、口下手だから大変でさ。フォローするこっちの身にもなってほしいものだね」
部専用のPCが欲しいという超個人的な理由だったのだが。
結局城崎の機転で了承されてびっくりした思い出が。頭は良いんだし口が上手けりゃなぁ。
「我が道を行く系女子もいいじゃん」
「お前も文研にはいってくれよ。お前にとっちゃ両手に花だろ」
「残念ながら僕にはサッカーがあるんでね。それに僕が入っても城崎はお話さえしてくれないよ」
熱海が自嘲気味に笑う。
「それは流石にないだろ。たまにあいつ会話に混ざってくるじゃん」
「……ま、いいんだけどさ。とにかく今はパンパースを買いに――」
「いい加減たまご卒業しろ」
こうして再び無想状態に入った俺らに聞きなれぬ女性の声がかかったのは数分後のことだった。
「すみません、白浜様のお連れ様でしょうか」
店から出てきたのは名札を下げた店員だった。
「はい、そうですが」
「白浜様がお呼びですので、よろしいでしょうか」
「あ、はい」
俺と熱海は顔を見合わせて、首を傾げながら店へと入る。なんだ、財布でも取られるのか。
そんなことを考えて店の奥へと案内されると、そこにはカーテンで仕切られた小部屋が二つ。いわゆる試着室というやつだ。
「……僕は感動で泣いてしまいそうだよ」
「やっぱりカーテンがずり落ちて下着姿で出てくんのかね」
「お前の頭サッカーボールでも詰まってんのかよ」
しかし残念賞。ここは現実。
そんなハプニング起きるはずもない。
それに女子の服のことなんてよく知らないし、もし可愛くなかったとしても否定できるわけがない。これって一種のパワハラだよね。マジでこういうのやめ――。
「じゃじゃーん! どうかしら~?」
「「最高です付き合ってください」」
――もう一年中やってほしいよねほんと。高校に試着室設置義務化はよ。
カーテンの向こうから飛び出してきた先輩はもはや女神といっても差し支えなかった。
健康的な肌色が大胆に露出した
胸部に連なる連峰と合わせて見れば
……俺も小さいときこういうお姉さんと田舎のバス停で雨宿りしたかったなぁ。
「よかったわ~。じゃあ後で買っちゃおうかな♪」
先輩はご機嫌な様子で鼻歌交じりにカーテンを閉じる。
他人の服を驕るなんて意味が分からなかったが、今ならよく理解できる。少なくとも課金よりは有用そうだ。
「なぁ、先輩でこの破壊力だぞ……」
鼻にティッシュを詰め込んだ熱海が隣の布擦れの音響く試着室を見て言う。
そう、恐らくこの薄い布切れ一枚の奥にいるのは城崎真理。今日はシックな装いだったが、この店のフェミニンな服を纏ったらどうなるのか!
俺は思わず唾を呑み込んだ。
「……僕が死んだらさ、灰を城崎の家の庭に撒いてくれないか?」
「だいぶ気色悪いけど、いいだろう。この俺の命に代えてもやり遂げてみせる……!」
遺書は書いた。
PCは俺が死んだら自動的に風呂に投げ込まれるようにセッティングした。
ならば、俺にもう悔いはねぇ!
はらり、カーテンが揺れる。
どくり、心臓が鼓動する。
そしてついに、カーテンの奥から出てきた――!
「おい誰だよこのブがはッ⁉」
鉄拳制裁。熱海が思い切り横にぶっ飛んだ。
この野郎がとてつもなく非礼な言動をしかけたのだ。仕方あるまい。
まぁ気持ちはわかるさ、分かるとも。
隣からどこぞの女が満足げに出てきたのだ。俺らの期待はシュレッダーにかけられたようにズタズタに引き裂かれたのだ。
しかし誰一人として城崎が試着しているなんて言っていない。三割で悪いのは俺らだ。
「……何してんのよ、騒がしい」
現に城崎は違う通路からひょこっと顔を出しているではないか。
「熱海、これは俺らの過ちだ」
「伊東……!」
「だが絶望するにはまだ早いッ! 見ろ! 俺らは恥ずかしくて未だ城崎の私服姿を十秒も直視していない! 今こそ目に焼き付けるときだろ! 話したら残念になるんだからな!」
「おうさ、友よ!」
凝視。城崎を凝視。
お胸は残念だがそれ以外はパーフェクト! スカートの裾から見える足首が非常にエロい! 胸はないけど! まさにこれこそ至高の美! 胸はねぇけど!
「なにバカなコトやってんのよ」
「あーあ、喋っちゃったー」
「これはいけませんねぇ」
「……あなたたち殴られたいの?」
「「それもちょっとイイかもしれない……!」」
あまりの浮かれ気分に暴走気味の俺と熱海であった。
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