城崎真理は分からない。
伊東颯斗が物憂げに朝焼けの空を眺めていたころ、城崎真理もまた自室の窓を開け、艶やかな黒髪を穏やかな春の風に撫でさせていた。
ルビーの瞳は物憂げに外を眺める。
宇宙を透かす深い藍色と、朝を告げる鮮やかな赤色の交じり合う空に映すのは灰色の
(――何がひとり好きだよ。お前、ひとりにしかなれないんだろ)
人前で泣いたのは、もしかしたら初めてだったかもしれない。
数時間前の涙の後を追うように、すらりと伸びた指を頬になぞらせる。
あの言葉は、あまりにも少女の核心を突きすぎていた。
今まで閉ざしてきた心の隙間を射抜かれた少女は、怒るでもなく、悲しむでもなく、ただ涙を流した。
素直に言ってしまえば、そう。
――あれは悔し涙だった。
何も言い返せない自分が、悔しかった。
あんな自分を諦めた少年に自分の本質を刺されたことが、悔しくて、そして痛かった。
日が昇る。
心の底まで照らされてしまうそうな朝陽が部屋に差し込んで、ラックにかけてあったしわひとつない黒の
あれに初めて袖を通した入学式の日。
彼は何も変わっていなかった。
適当に伸ばしたような茶がかりの黒髪にまるまった背中。点呼の際に聞こえた覇気のない声色。生気に乏しい灰色の瞳。
そして何より、自分に対する
肩が痛いなんてみえみえの嘘をついてまで断るだなんて男らしさの欠片も無い。加えて嘘を突き通そうとする努力も無し。雑巾取って、なんていう奇妙な頼みをなんの疑いも持たずに聞くなんてあり得ない話だ。
……人はそれを、優しさ、と呼ぶのだが、現状の彼女には反感しか感じられなかったのだった。
彼女は正体不明(?)のイライラをぶつけるように、枕をぽすんと叩く。
彼女にとってある特定の個人に対して感情を抱くなどということはは初めてだった。
颯斗の見込み通り不器用な彼女にはあまりに難しすぎる問題で、今はひとまず伊東の姿を白雲に隠す。
目下の問題はそこではないからだ。
幼稚園の頃から
「友達百人なんていらない」
と豪語していた彼女にとって、今更友人を作るなんてことは無理難題な話であった。
はたして、きのさきまり(五歳)が高校生になっても友達がいない自分をどう思うのか、なんて残酷なことは考えない方がいいだろう。
ともかく、友人といえる人間を持たなかった彼女にはその定義さえ曖昧で、
「……友達……フレンド……セフレ……?」
こと様々なことに才能を発揮する才女真理だが、人間関係の構築については無知も無知。むちむちである。
それには彼女の嘘のつけない性格が大きく絡んでいるのだが、その前の問題として大きく立ちふさがっている壁がある。
先ほどの不適切発言の通り、彼女には"友達"がどういうものなのかが分からないのだ。
コンパスも地図も無い旅が失敗するように、友達という在り方を知らぬまま友達作りなんてことは無謀である。そしてそれは彼女自身もよくわかっていた。
友達:勤務、学校あるいは志などを共にしていて、同等の相手として交わっている人。友人。
志。同等。
そんな抽象的な言葉を並べられても当然彼女が理解できるはずも無く、画面の前で困ったように眉尻を下げて首をかしげる。
友情:友人の間の情愛。
友人も情も愛もしらぬ彼女には解読不明な文言だった。
その後懸命に友達について
「もう! 友達ってなによっ!」
なんてぼやきながら。
そもそも友達についての明確な定義なんて存在せず、個人個人の関係性を一方的に定義づけているだけのただの名称なのだ、なんてことに気付くには彼女は
すーはーと深呼吸をして、横たわりながら心を落ち着かせようと部屋を見回す。
モノが少なく女子高生の部屋にしては簡素に過ぎる印象。空っぽの部屋で一際存在感を放つ勉強机の上に載っているのも可愛らしいぬいぐるみなどではなく、学校の
それでも、唯一、人間味を感じさせるものがある。
中学時代の集合写真。
真理はベッドから這い出ると、たてかけてあった写真立てをそっと持ち上げる。
朝陽よりも眩しく映る、野球部のユニフォームを着た生徒たちの笑顔、白浜乃々の笑顔もまたそこに咲いていた。
その中でひとり、クリップボードを片手にすみっこで無表情に写る少女がいた。
楽しくもなさそうに写真に収まるその少女を見て、
「……何をやってるんだろうね、この
呆れたように、そう呟いたのだった。
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