俺は今後が見えない!

 自分が卑屈だと思ったことなどなかった。

 自分が嫌いというわけでもない。もちろん好きでもないが。

 ただ、己に宿るこの虚無感を、無力感を卑屈と言うのなら。

 それを満たすことなんて出来るのだろうか。


 朝焼けの空に、一羽のからすが飛び立った。



「伊東、お前どうしたんだ? 今にもお陀仏しそうな顔してるけど」


「え、あ、あぁ……ここは変数をtとしてまとめれば楽だよ」


「今は日本史の授業なんだけど……これは末期と見た。葬式はいつにする?」


「……来年の春がいいな……」


 おぼつかない思考で会話すること数回、視界が定まりはじめて戸惑う熱海の顔がはっきりと見えるようになった。


「で、どうしたんだ? 昨日なんかあったのか」


「……まぁ、お前には言っても大丈夫そうだな」


 隣で俺と同じように頭を抱える城崎を視界の端に入れながら、昨夕の脅迫事件の一部始終を話す。

 終わり際の熱海の顔なんてそりゃあもう――


「ぷっ――ぷははははっ! そりゃあ傑作だ!」


 これ以上にないというほどに愉快そうに笑っていた。


「熱海、そんなに古墳が面白いか?」


 大声で笑うものだから教師に目をつけられてしまう。

 熱海は慣れたように軽くいなすと、すぐさま振り向いて興味津々に目を輝かせる。

 熱海越しに覗き見えた彼の教科書、古墳の壁画写真に描かれた

 『キトラ古墳――スーパー萌え萌え四神ver.――』

 の落書きを見れば、一概に先生の指摘が間違っていないのかもしれないとも思えるのだが。

 壁画の萌え絵のクオリティが意外にも高くて驚いたのは、プリント配布で背後を向いた熱海の前の女子も同じだったようだ。


 こうしてリア充は遠のいていくんだね。


「お前が自撮りねぇ……確かに卑屈ってのは分かるけどな。適当に自撮りすりゃいいんじゃないのか?」


「それが出来そうなら俺も城崎も睡眠不足にはならないよ」


「道理ですごいクマが出来てるわけだ。お揃いで羨ましいね」


「茶化すなって、結構しんどい状況なんだから」


 このないないずくめの男に急に変革を求められても困るのだ。出来なきゃ留年てまじ冗談キツイ。

 ……何かを得たい、何かに変わりたい。

 そんな思いがないこともないのだが。


「で、なんでこんなこと僕にいったんだ?」


「そりゃあなんかアドバイスがないかなって」


「アドバイスつってもなあ。褒めちぎるのが王道だろうけど、お前自分に対する誉め言葉嫌いだろ」


 確認するように、彼の茶の目が俺を見つめる。


「流石、よくわかってる。嫌いってわけじゃなくて信じられないだけなんだけど」


 これはいわば呪いのようなものだった。

 どうしてかは分からない。でも、いつの日からか、自分に対する高評価が全て信じられなくなった。これに関しては明確な原因も検討が付かない。本当に生まれ持ったしゅなのだと思う。


「なら様子見でいいんじゃないか? お前の自信の無さって考え方の問題みたいなとこあるし、ふとしたきっかけで変わると思う。それにお前出来合いのイベントじゃ積極的になんないだろ」


「……確かに。そこまで人物分析が出来んのにモテないのって不思議だな」


「それを言うなって心が痛い」


 普段チャラチャラしている熱海ではあるが、こと人を見る目に関しては昔から一流であった。

 隠したいことまで暴いてしまう彼は、どこか城崎に似ているのかもしれない。


「で、問題はどうしても時間のかかる友達作りってわけか。熱海、お前友達多いしなんかないのかよ」


 さすがはお調子者キャラ、その交友関係は広い。浅いかどうかはしらないけど。


「いやそれは単純におま――あ、いや、なんでもない」


 口を開いたかと思えば歯切れ悪く言葉を濁す熱海。


「真理ちゃんのことは伊東が――」


 熱海がなにか言いかけたところで、


「名前で……呼ぶなぁ……」


 城崎の抜け殻が力なく口をはさんだ。なんかいつもの棘が無くなってふにゃふにゃとしている。ぬいぐるみみたいで可愛かった。


呼び方そこのガードはいつでも固いんだね……ま、城崎ちゃんについてはお前の方がよくしてるし、頑張れよとしか。俺には関係のない話だしね」


「……お前面白がってないか?」


「え、面白がるに決まってんじゃん。こんな漫画みたいなイベント」


 口元をにやけさせて言う熱海にため息一つ。


「まぁ分かったよ。ありがとな」


 親しき中には礼儀あり。


「おうよ。留年になったら先輩として優しくレクチャーしてやるからな」


「ご勘弁!」


 こうして、俺についてはしばらく様子見ということになったのだった。


 






 


 


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