俺はうまく話せない!!


 翌日。

 入部――正確には入会だが――届を提出しに部室へと向かう。


 昨日聞いた話だと西棟三階の外れにあるそうだが……。

 この学校は主に東棟と西棟、体育館と部室棟の合計四棟からなっている。

 東棟は上から一年と二年の教室、そして西棟二階には三年の教室がある。西の方が正門に近い、というのがこの配置の理由らしい。年功序列の縦社会もうすでに始まっているのだ。絶対定年後は田舎に行く。


 そしてここ、西棟三階。電気代の節約なのか、電灯のついていない廊下は沈み始めた太陽で採光しているが、それでもほの暗いといっても差し使えない光量。吸血鬼でもギリ暮らしていけそうなくらいだ。俺はまだ人間やめてないから分かんないけど。


 室名札をみる限り用具室や音楽室、視聴覚室や大会議室など普段は使われない教室が集まっているようだ。

 そして廊下の突き当り、人除けの結界でも張っていそうな場所に『第二会議室』はあった。ここが文学研究会の部室らしい。

 他の教室とは違い木製の開き戸が俺の目の前に突っ立っている。こういっては失礼だろうが、”研究会”にはお似合いのチープさだ。ところどころにへこみがあるあたり、結構な年季を感じさせる。


 基本放課後は部室にいるということだったが、念のために扉に耳を当てて中の様子をうかがう。

 冷たい。

 それ以外に得られたものは無かった。

 ……ほんとにいんのかな。


 いないならいないでさっさとノブを回して確かめればいいのだが、そうできない自分の人見知りが憎い。

 しかし俺ももう高校生。ここで臆病に待ちぼうけをするわけにもいくまい。

 ひとまず口休めに廊下を挟んで向かいの窓の景色を眺める。

 小高い丘の頂点付近に位置する我が校の特長は、その高度を活かした景色の良さにある、らしい。

 入学式で校長が富士山が見えるだの花火が見えるだのと言っていた。

 こっちとしてはそのどうせすぐに飽きる眺望のために毎日坂を上り下りしないといけない苦労の方が問題なのだが……今回ばかりは助かった。

 南北にまっすぐ伸びた線路、その向こうに広がる画一的な街並み。

 特に見どころのない風景だが、今はそのなにも無さが心地いい。


「ふぅ……入るか」


 一息ついたところで、いよいよお仕事の時間だ。

 人差し指の第二関節でドアを何度かノックする。


「伊東ですけど、入っても大丈夫ですか?」


 誰もいない廊下に俺の聞くに堪えない声が響いた。

 すると数秒の内に扉が開いた。


「ほんとに来たのね」


 どこか呆れたような、投げやりな声色が返ってきた。


「自分の発言には責任を持っているんでね」


 扉の向こうにいたのは文庫本を片手に持った城崎だった。どうやら先輩は不在らしい。

 後ろに見える部屋の様子は……大きい机一つに椅子がいくつか。それに移動式のホワイトボード。

 それだけ。

 なんとも殺風景だった。


「そ……で、何の用?」


 相変わらずクールなやつだ。

 天気の話なんていうお飾りの挨拶よりもよっぽどマシなのは確かなのだが。


「入部届を渡しに」


 ピンク色の入部届を彼女に手渡す。


「あとで先輩に渡しておくわ。じゃあね」


 別れの挨拶とともに、右肩にドアがぶち当たる。

 どすん、結構な音だった。当たり屋なら嬉々として治療費請求してくるぞ。


「……この部について色々知りたいんだけど」

「正直に言って活動なんてしてないわ。年に二回教師へのアピールのために部誌をつくるだけ。あとは好き勝手にやってるわ。これでいいでしょ? じゃあね」


 どすん。

 華麗なコンボが決まった。


「……あのな、一日目くらい部室にいたいんだけど」


「いやよ」


 どすんどすん。

 そろそろ肩が痛い。当たり屋もそろそろ逃げ出すレベル。俺にも大分精神ダメージが入っていた。


「別に騒いだりしないからさ」


「……はぁ、意外と頑固なのね」


「そりゃどうも」


 城崎は諦めたように息を吐くと、身体を反転させてちょこんと椅子に腰かけた。

 どうやら滞在の許可が下りたらしい。

 あの時、自分を変えられると思ったその気持ちを、入り口で潰されるわけにはいかない。情けなすぎる。

 教室での孤立具合といい、こいつは本当に一人が好きらしい。その証拠に、彼女は俺という存在を忘れたかのように読書に励み始めていた。

 まぁ別にいいんだけど。


 部室は普通の教室の半分ほどの広さで、お世辞にも余裕があるとはいえないが、のんびりするには十分といえよう。


「…………」

「…………」


 このまま突っ立っていても何も起きなさそうなので、彼女との対角にある席に着くことにした。彼女の通ったあとの空間には爽やかな柑橘系の香りが残っていた。

 部屋の奥、俺から見れば右側にある窓からは大きな桜の木が見えた。中庭に植わった桜だろう。心が洗われるような雅な景色だ。


 桜の大樹と本を読む美少女。

 画になるなぁ、なんて感慨深く交互に眺めていったいどれくらいたったか。


「…………」

「…………」


 いつの間にか彼女の呼んでいる本がアガサクリスティから宮沢賢治に変わっていた。ジャンル全然違うじゃないか。

 しっかし何も起きない空間だ。

 ページをめくる乾いた音だけが鳴るだけ。

 これはこれでいい。しかし男女二人きりの部屋でそんな状態だということを自覚すると、少し寂しい気がして思わず口を開いた。


「俺ら、どこかで会わなかった?」


 アニメ頻出、過去への伏線戦法!


「……いいえ、会ってはいないと思うけど」


「あ、そうですよね……」


「…………」


「…………」


 答えてくれたのはいい。

 しかし、予想通り会話は途切れた。

 そりゃそうだ、会ったことないんだもの。

 おらにみんなのコミュ力分けてくれないかな~。

 ボタン連打でコミュ力があつまりゃいいんだが、そんなことはあり得るはずも無い。自分的に気まずい空気が部室内に滞留たいりゅうする。


「先輩――白浜先輩は?」


「あの人茶道部と兼部してるから。今日はあっちの活動なの」


「へぇ……」


「…………」


 いや会話下手ー。

 マンツーマンの英会話塾以下のコミュニケーションである。それを母語でやる俺とはいったい。

 なにか糸口を見つけるんだ!

 机の下からチラリと見えた美脚――は忘れよう。どう考えても俺が飛び降りる未来しか見えない。

 ひとまずここは、


「城崎はなに読んでんだ?」


「……銀河鉄道の夜」


「なんか意外だな、童話なんて」


「読んでて面白いわよ。啓発なんてされないけどね。結局なんだったんだ、っていう感じが好きなの」


「『ほんとうのさいわい』がどうのこうのって話だっけ」


 さっき密かにあらすじ調べた甲斐かいがあったぜ。

 なんか卑怯な感じがして気持ちはよくないけど。


「そ。ほんとうのさいわいは結局分からない。宮沢賢治自身はどう思っていたのかは知らないけど、”ほんとうの”なんてつく単語ほどうさんくさいものはないわ」


「これで最終回とか言いつつ普通に劇場版作ったりするしな」


 いくつかの実例が頭に浮かんだ。


「別に自分が幸せだと思っていれば、本当も偽物もないのにね。どうして底のない沼を掘り下げようと思うのかしら」


「そりゃあ本人が底なし沼だと思っていないからだろ。実際本人からしたら底はあるのかもしれないし」


 なんだか自分にも当てはまるような気がした。ソーシャルゲーム的な意味で。

 なんか俺だけ会話の次元が低くないか? 俗っぽいというか。


「そうね、確かに。さっきスマホで調べてたわりにはまぁまぁ話しできるじゃない」


「うっ……バレてましたか」


「急に挙動不審になればだれでも勘づくわよ」


 どうやらその紅い瞳にはお見通しだったらしい。女子は自分の胸が見られていることによく気が付くというが……うーん、女子って怖いなぁ。


「で、私の美貌をじっくり見られて満足したでしょう? 帰らないの?」


 照れなど一切の感情を表さずに、そう言ってのける城崎。


「よく自分でそんなこと言えるな」


「客観的事実よ。あなたにとって私がどう見えているかなんて知らないけど、世間一般の目から見て容姿端麗なのは事実でしょう」


 淡々と言ってのける彼女。何も反論できないのが少し悔しかった。


「……まぁ、確かに綺麗だとは思うけど」


 一瞬、彼女の頬がゆるんだ気がした。

 晩御飯のことでも考えたのだろうか。


「……そ、なら帰った帰った。私一人でいないと死んじゃうのよ」


 ウサギの対義語が”城崎真理”に決定した瞬間だった。


 ということで、ひとまず今日の俺の部活は終了となった。

 彼女が会話してくれたのも、俺を帰らせるためだったのかもしれない。そんなことを考えて、俺は西日の差す廊下を歩きだした。

 

 翌朝、美少女成分をたっぷりに吸収した俺の肌はぷるんぷるんになっていた――のかは定かではない。

 

 

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