だから俺は部活に入りたくない、のか?
「
「俺の出席番号は五番だけど」
「……そういう遠回しな言い方どうかと思うわよ、伊東」
「ナチュラルに呼び捨てになるんだな」
眉を隠すくらいのぱっつん前髪が不機嫌に揺れる。
開幕一週間にして、この天賦の容姿からクラスの
「で、どうなのよ」
「今日の天気予報か?」
「部活に入るか入らないかよ!」
「あぁ、なるほど。先輩と一緒の部活ってわけね」
黒髪の後ろに隠れた――身長差で隠れきれてはいないのだが――先輩が頷くのが見えた。
「そう、私たちは文学研究会のメンバー……と、いっても正直なところ私はただ静かにいられる場所が欲しいだけなんだけど」
「え~そうだったの!」
まぁびっくり! とでも吹き出しがでそうなほど目を丸くする白浜先輩。
「先輩は部、というか研究会を存続させたい。私は静かな場所を得たい。ウィンウィンの関係ってことです」
「なるほど~頭いいのね真理ちゃんは」
後ろから撫でまわす先輩と、ムッとした顔でなされるがままにされる城崎の様子はまるで反抗期の子とそれに気づかない親のようだった。
実に微笑ましい。
「で、入るわよね? 名前だけでいいから、というか私としては名前だけ貸してほしいのだけど」
「本体は」
「駿河湾にでも沈んでちょうだい」
「わぁい要らない子扱いだー」
ったく、この見た目して友達が出来ていないのはこのキツイ性格のせいだろうに。と、なんだかんだ様子を見ていた俺は思った。もちろん言葉にはしない。俺にそんな度胸も、権利も無い。
女神は神であって、人の子ではないのだった。
「他の女子含め、俺以外にもいっぱいいんだろ。それこそ名前だけならいくらでも」
わざわざこんなスクールカースト底辺予備軍の俺を誘う必要なんてないだろうに。
「私は入ってくれるならだれでもいいんだけどねぇ、真理ちゃんが気に入らないと勝手に断ってきちゃうから……」
「先輩はもうちょっと先輩風吹かしても……あ、いえ、何でもないです」
このおっとり星人にはそんなこと出来ないと、出会って数分の俺でも理解出来た。
というか今の話だと、
「俺は貴方様のお気に入りだ」
「んなわけないでしょ。評価対象外なだけ」
やっぱそうですよね~。
「もしかして……ツンデレ、では……?」
「コ〇ン君のいる街に送るわよ」
「だとしたら真っ黒な犯人はあんただな!」
名探偵もかくやという推理にも、城崎の表情はいっこうに晴れない。
笑ったらもっと可愛いのにな、なんて思ったり。
「で、どうなのよ」
「入ってくれないかしら~あと一人なの~」
改めて問われる。
美少女二人を前に贅沢な悩みだとは思う。「フィッシュ・オア・ビーフ」の問いとは比べ物にならないほど易しい問い。
――しかし、俺は答えることができなかった。
……分かっているんだ。
中学の部活とは全く違うことくらい分かっている。
チームプレイだとか、勝ち負けとかもないのは分かっている。
それに今回は名義を貸すだけのことだ。断る理由なんて無いのも、また分かっている。
それでも思い出してしまう。
眩しすぎた夏の太陽。細胞が溶けてしまいそうな肌にへばりつくあの熱気。
ゼロの並ぶスコアボードに黄色の光が二つ灯っている。それはまるでこちらを覗く怪獣の目のようで。
相手ピッチャーの顔は滲んでいてよく見えない。
ぼやけた視界の向こうで投手が大きく振りかぶる。
あぁ、俺はあの時、一体何を思っていたんだっけ――。
「――う君? 伊東君? 大丈夫?」
先輩の声が耳に届いた時、幻の夏は過ぎ去った。
が、心臓は未だ不快なほどに拍動を繰り返していた。
「本当に大丈夫? 汗すごいよ?」
青い顔をした先輩が俺の顔をのぞきこんでいた。
近い近い近い!
肌のキメこまかさが分かるくらいの距離に、さらに心臓がテンポアップ。サンバでも踊っているのかい心臓クン。
「え、あぁ、すいません。何でもないですから!」
慌てて先輩と距離を取る。忍者のようにはいかず大変みっともない動きだった。
「それならいいんだけど……」
そうは言いつつも未だ心配そうに手をワタワタとさせている。本当に人がいいんだろうな、この人は。
大きく肺を膨らませて、精神を落ち着かせるようにゆっくりと息を吐きだす。すると徐々に心音が静まっていく。
「……そ。私の前で倒れられても困るから、調子悪いのならさっさと保健室行きなさいよ」
「あいよ」
投げやりに聞こえる城崎の台詞はひんやりして気持ちが良かった。
まったく情けない話だ。
あれ以来こんな発作がたびたび起こってしまう。
こんな俺だが、いちおう
だからどうにかしないとな、とは思っている。
でも、今考えられる解決法はあの時にタイムスリップすることだけ。
青いネコ型ロボットが登場するまでにはきっと俺は死んでるだろうな。
「別にすぐ結論を出さなくてもいいから、おうちでゆっくり考えてもいいのよ?」
ゆっくりと、おうちで。ゆっくりと、このまま思考を停止すればきっと楽になれる。
今までそうしてきたように、何もかも諦めよう……。
俺と言う人間は極めてつまらない存在だった。周りがそう思っているのかは知らないけれど、少なくとも俺の操縦者である俺は、つまらなかった。
人生の今の今まで、何かをやりたいと思ったことが無かった。もちろん流行りラー油を買ったり、人気の映画を見に行ったりはした。でも、それは違かった。空っぽの茶碗は匂いじゃ満たされない。当然のことだった。
必死になることが出来なかった。自分でも分かっている。
小学校で野球をならった。不真面目に練習しても選抜のベンチに選ばれるくらいには上手かった。
高校受験は適当にやった。それでも一応県で三番目のここに来れた。でもそれを自慢する気にはなれない。だって一番じゃない。
一番じゃなきゃ意味がない。
一番じゃなきゃ、見てくれない。
一番になれないのなら、一生懸命になる必要なんてない。
俺がなにをやったって無駄。何にもならない。
こんな俺が入ったところで迷惑にしかならないだろう。
断ろう。それがきっと――。
「いいから入って。それで私たちをたすけて」
城崎が命令するような口調で言った。
反感を覚えなかったといったらうそになる。
嬉しくなかったといったら、うそになる。
「……わかった。はいるよ」
あまりにもあっけなく、とってつけたような口が動いた。
きっとこの言葉は、俺の人生を変えうる。そんな予感があった。そしてそんなものをこうもあっさりと口に出来たのは、きっと城崎のおかげだった。
……もういい加減、あの夏をぶっ壊してやりたかったんだ。
あれだけ忌避していた部活にこうすんなりと入るだなんて自分でもびっくりしている。
でも、高校生活、何かを変えられるかもしれない。そんな軽い青春の熱に浮かされていたのかも、なんて。
……まぁ二人が美少女なのが大きな原因だろうけど。
俺が彼女たちに光を見たのは、確かなことだった。
「ほんと⁉ やったぁ!」
先輩は嬉しそうにはにかんで手を鳴らす。
しかし、一方の城崎は、何やらジトっとした目で俺を見つめていた。
「あんだけ部活嫌い嫌いって言ってたのに、意外にあっさり承諾するのね」
きみが助けろと言ったんだ。
そんな抗議の視線はあしらわれ、彼女は言葉を続けた。
「私たちに変なコトしたら社会的に抹殺させてもらうから」
「……社会的に抹殺?」
「男子トイレに入れてもらえなくなり、そして男友達が徐々に離れていくわ」
「おいちょっとリアルに傷つくやつじゃん」
「何を言ってるの、これはまだ序の口よ」
「というかお前が誘ってきたんだろ?」
「
「器広すぎ」
「あなたが狭いだけ」
「そうですかい……」
なんだか判断を間違えたような気がしてきた。
俺はこれから三年間、かばんに放置されたイヤホンコードなみにややこしいこいつと絡まないといけないのか……。
しかし、男に二言はない!
喋らなければこいつも一流の美少女。そう、こいつは観葉植物だと思えばいい!
まぁどうみても食虫植物なんだけど。
「なに?」
「いえなんでもございません」
して、俺は文学研究会に所属することになったのだ。
――今後数十年続く俺の人生にとって、この選択は間違いなく、最高のものだったなんてことは知る由も無かった。
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