俺は部活に入りたくない!!

 部活とは何か。

 

 朝練がキツイ。起きれない、そしてすごい腹減る。

 昼練がつらい。昼休みに遊べない。そしてすごい腹減る。

 放課後練がやばい。血反吐吐くくらいに大変。そしてすごい(以下略)。

 それに先輩にこき使われるし、ボールひとつでも拾い忘れたら核爆弾のスイッチ間違えて押しちゃったのかってくらい怒られるし。

 それにやっても巧くなれるのかなんて分からないんだ。

  

 よって入らなくていい。 Q.E.D.


 これが俺の部活に対する考えだった。



 入学して一週間が経ち、クラスメートたちの化けの皮が剥がれ始め、休憩時間のお供が文庫本からスマホに移り変わってきた今日この頃。

 本格的な授業が始まると共に、部活の勧誘合戦がスタートしていた。

 部活加入率九十五%という数字を叩き出す我が校にとって、これから続く二週間の部活勧誘は比喩抜きで戦争状態らしい。確かに先輩方が押し掛けているこの教室にもその熱気は確実に伝わってきていた。

 

「で、伊東はなんか部活決めてんのか?」


 放課後、前の席の男子が人懐っこい笑みを浮かべてこちらに振り向いた。

 

「部活?」


「うん。お前中学んとき野球部だったろ」


 思い出したように熱海は人差し指を立てて言った。

 

「途中で退部したけどな」


「そういやそうだったね。ここではやんないの?」


 深く理由を聞いてこないのがこいつの優しさだ、と俺は勝手に思っている。俺に都合がいいだけのことを美化しているだけなのかもしれないけど。


「あんな理不尽だらけの社会の縮図に巻き込まれたいと思うほど俺にMっ気はないんの。で、熱海あたみは相変わらずサッカーか」


「まぁね。ここのサッカー部モテるって噂だし! やっぱ女子はブランドに惚れるんだよな!」


 ――熱海純あたみじゅん

 小学校中学校と何故か一緒のクラスになることが多かったやつ。親友とはいかないまでも、なんだかんだで一緒いるような腐れ縁の持ち主だ。

 入学早々金髪に染めて(校則許可済み)完全にキマッているが、その実素朴なお調子者といったキャラだ。

 ちなみに童貞らしい。


「シャネルでもダサい財布は売れないと思うけどな」


「おい勝手に僕の高校生活を暗喩あんゆするのはやめてくれよ! そこらへん伊東は相変わらず枯れてるよな~。女子に興味ないのかよ、普通に顔いいのに」


「少子化に貢献してると思うと身体がゾクゾクしてたまらないんだ」


「害でしかないな」


「ノーコメントで」


「野球部マネージャーとか清純派っぽくて萌えないの? 最高だと思うけど」


「どうせ裏で言葉に出来ないようなことやってんだって」


 その時、どこからか酷く冷たい視線を浴びたような気がした。

 あたりを見回しても結局犯人は見つからず、会話を続ける。


「それは同人誌の見過ぎだって」


 熱海が呆れたように肩をすくめて言う。


「……百理あるな」


 と、いかにも高校生らしい生産性も品も無い会話を交わしていると黒板上のスピーカーから放送が流れる。

 

『サッカー部の部活動紹介を行います。マネージャー志望者も含め校庭東側へ集合してください』


「おっ、来た来た。それじゃあな! 眩しい高校生活が待ってるんでね!」


 勢いよく立ち上がると、小指を立ててアピールしてくる熱海。

 ……こいつ大学まで彼女出来ないな。

 そんなことを確信して、俺は駆けだす熱海を見送った。


 さて、俺は界隈でも有名な有言実行の男だという自負がある。

 部活なんてものに入るわけはない。優雅な自由時間を邪魔されてたまるものか。というか俺が部活に入って嫌がられでもしたら嫌だし。

 イヤホン装着、うつむき気味に背骨を丸めれば泣く子も黙る陰キャラの完成

だ。俺は陰キャラであることを隠しはしない。だって隠しきれないもの。


 出入口を囲うように迫りくる先輩方も俺から漂う負のオーラに道を開ける。

 ふははははッ! 粉砕! 玉砕! 大喝采ッ‼

 これで条件はクリア、後は帰路に就くのみだ。

 歩みを進める度に青春の欠片がぽろぽろと欠け落ちていくようだったが、うん、気にしちゃいけない。だって負けた気がするから。


 がやがやと生徒でごった返す廊下に目には見えない足跡を残していく。階段を降りたあたりで、桜の花びらが敷き詰められた昇降口を視界に入れた。

 そこまでの道のりは俺にとっての勝利の花道。王の凱旋に沸く民衆を幻視した。

 俺は大仰に手を振って、民の歓声をこの身に受ける。

 なんという快感だろう。俺も油田掘っていっちょ石油王にでも――。


「うふふ、噂通り面白い子ね」


 春の日向を思わせる、優しく包み込まれるような声だった。


 見られてしまったのか……? 凄い恥ずかしいんだけど。

 

 明らかに俺に向けられた声に、俺はイヤホンを外しに向き合った。

 制服のリボンはピンク色。ウチの学年は赤色なので、つまりは目の前の女子高生は俺の先輩ということになる。

 つぶらな瞳に垂れた目じりからは確かに「お姉ちゃん」と呼びたくなるような母性が溢れ出ていた。


「いきなりごめんね~。私、二の四の白浜しらはま乃々ののって言います」


 そう言って彼女はゆっくりとお辞儀をする。ゆったりとした喋り方といい、なんだか見てるだけで癒される人だ。


「…………(じーっと凝視)」


 む、俺も名乗れということか?


「あー、一年八組の伊東颯斗いとうはやとです」


 俺は軽く頭を下げながら言う。


「やっぱり~! あなたが伊東君なのね、それはよかったわ~」


 彼女はまるでガーベラのような柔らかい笑みを浮かべ、両手を合わせた。

 名前を知られてる? 俺はまだ夕方ワイドショーに映るような犯罪は犯していないぞ! というか今後もしないけども。


「何で名前を?」


「マリちゃんから聞いてたの。ほんと想像した通りのひょろっとした子ねぇ」


「ひょろ……ですか……」


 自分の腕を眺める。

 部活辞めて細くなったの気にしてるんだけど……筋肉は簡単に裏切るぞ!


「あら、ごめんなさい……初対面なのに失礼なことを……。そうねぇ、もやしっ子ってどうかしら」


「どうといわれましても私には悪口にしか聞こえないのですが、もしかして何か知らぬ間に粗相そそうでも? ちょっと死にたいんですが」


「いえいえ! ごめんなさい! 私イマイチ言葉選びが上手くなくて……」


 マリーゴールドのような色合いの長髪をぶんぶんと揺らして否定するあたり、本当に悪気が無かったのかもしれない。

 にしてももやしっ子発言には痛恨の一撃並みのダメージがあった。辛い。裏切らない筋肉欲しい。


「……それで、何か用ですか?」


「あぁそうねそうね。私後輩君に用事があったの」


「はい」


 先輩はゆっくりと息を吐くと、意を決したように頷き、そして言った。


「部活、興味ない?」


「それではごきげんよう」


 部活だ? この人畜無害そうな美人お姉さんまで部活の毒牙にやられていたとは……恐ろしや恐ろしや。あとで盛り塩しとこ。

 なんでみんなしてそこまで精神をすり減らしたいのだろうか。

 あんなもの、ただ辛いだけなのに。


「あ~! ちょっと待って! あなたが最後の希望なの!」


 振り返って外履きを取り出そうとしていた俺の背中に先輩の手が触れる。


「……もしかして新入部員がいないと廃部しちゃう、みたいな話ですか?」


「わぁ~! 伊東君ってすごいのね! もしかして読心術の使い手?」


 そんな簡単に人の心は読めません。


「そういう話を山ほど見てきましたので」


「へぇ、なら話が早いわぁ~。名前だけでいいから、お願いします!」


 ぺこり、これまたカップヌードルでも出来上がりそうなスローペースで頭を下げる先輩。重力に従って垂れていくご立派なお胸に目がいくのを理性でこらえる。

 KOREHA SUGOI OPPAI!


 果たして俺にまともな理性があるのかは疑問である。


「そう簡単に名前は貸しちゃいけないってミヤネ屋でやってましたよ」


「うぅ~……」


 分かりやすく肩を落として落ち込む先輩、可愛い。

 やばい、これちょっと面白いかも。


「なら、どうすれば入ってくれる?」


「そうですね、ならカット済みのパイナップルくれたら考えてあげなくもないです」


 パッと思いついた適当な発言だった。

 まさにかぐや姫の物言いである。

 が、しかし。


「パイナップルね! 分かったわ~、ちょっと待っててねぇ~!」


 そう言って走る――素振りだけ見せて時速二キロほどの歩みでどこかへ向かっていく先輩。

 え、何。パイナップルあんの?

 このまま帰ってしまってもよかったのだが、パイナップルの気配に引くに引けなくなる。

 パイナップルの気配ってなんだよ。

 そんな自問をしている間に、先輩が戻ってくる。


「はい! どうぞ~」


 綺麗なその手には、見事にカットされた瑞々しいパイナップル入りの皿があった。

 ちょいとつまんで口に放る。瑞々しくて美味だった。


 ……ってまじか、なんで学校にパインがあんだよ。しかもこれどう見ても切りたてだし。

 ニコニコと微笑む先輩にほんのり恐怖を覚えた。


「どう? 入ってくれる?」


 これはまずい状況だ。

 だがしかし、今の俺はかぐや姫。もう少しふてぶてしくしても問題はあるまい。


「そうですね~。ではあと一つ――」


 さてどうする。

 中途半端にありそうなもの言うと出てくるパターンだぞこれ。

 ならばそう、スケールの大きなもの……地球を飛び出して――。


「月の石を持ってきてください」


 ふっ、これならば絶対にあるまい。

 それにかぐや姫と月、なんかいろんな意味で勝った気が――。


「はい、どうぞ~」


「ポケットから月の石⁉」


 宇宙を感じさせる灰色の小石。これが月の石なのか!


「持ってもいいよ~」


「え、いいんですか! うおぉ~宇宙コスモを感じる……!」


 やたらと重く感じる小石を抱いて、意識を宇宙に向ける。

 果てのない闇、己の身など小石以下の存在。あぁ偉大なりや大宇宙!


「――何してんのか知らないけど、あんまり先輩で遊ばないでよね……っ!」


 宇宙へのスペクタクル旅行を終えて地上へ降り立つと、どこかで見たような少女が先輩を守るように立っていた。


「まったく、先輩一人で行っちゃ駄目だって言ったじゃないですか」


「だって伊東君帰っちゃいそうだったから……」


 入学早々先輩を叱りつける一年生は先ほどまでいた宇宙を思わせる漆黒の髪で。

 じっと俺を睨みつける瞳は紅く。

 その透き通るような声は、


「――お前、隣の席の……」


 入学式当日、俺に唯一絡んできた少女。


城崎きのさき真理まり。隣の人の名前くらい憶えておきなさいよ、君」


 あー、これは厄介なことになったなと、そう思った。



 


 

 

 

 



 

 


 

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