貼る話

 私にしてみれば、いつも通りの1日です。たとえ今日が年に1回の行事の日で、正月にすら会わないような親戚が一堂に会する日だとしても、「過去のその日と違わぬ行動」を皆がとったのであれば、それはいつも通りの日と見なせるのです。


 まあ、俗に言うとバカ騒ぎですよ。

 1年ぶりの友人(遠すぎて親戚という気がしないのです)との再会で得られる感慨は、休日特有の気の緩みと酒によって増幅され、そうして──


 ──斯様かように酔い潰れた男どもが生成されていくのです。まるで工場のように。時計を見ると午後8時でした。そろそろ出荷かしら。

 というわけで、潰れなかった人──主に私たち子世代(もれなく成人済)──が出荷&撤収作業に取りかかります。

 空き皿、空き缶、グラスに割り箸。ありがたいことに、この家の男の人たちは基本的に大食漢なので、食べ残しというものは出てきません。


 いとこたちが和気あいあいと皿を洗いグラスを拭い、箸をゴミ箱に投げ入れ机を運ぶ、その横でひとり淡々とビール缶を縮める私。暗い。暗すぎです。

 ……突然ですがここでワンポイントアドバイステンションを上げて突破口を探してみます! 缶を潰すときは、母指球の辺りを使って筋を入れるとイイ感じに潰せますよ♪


 ……ああ、手のひらに輪っかがだめでした。こんな時でも痛覚は熱心だなぁ。対して急速に低下してゆく私のやる気。半ばヤケになってビール缶を手のひらで挟み込みます。

「あいたっ」

 左手からぷすりという擬音が。

「んま」

 手のひらの赤い膨らみがだんだん大きさを増しています。缶を見ると、力を入れ過ぎたのか破れて尖った部分が目に入りました。

 ぞんざいな仕事のツケがこうもあっさりと返ってくるとは。自分の短絡さが嫌になります。

「しかし、うーん」

 絆創膏なんて持っていませんし、それにまだ作業は終わっていないのです。困りました。さすがにこのまま作業するというわけには。


 逡巡と葛藤で固まる私の視界に、ふと影が差します。そちらを見やると、従弟いとこの視線が肩越しに私の左手と机の上に並んだ空き缶とを交互に行き来しているところでした。

 彼はちょい、と眉を上げて、そのまま早歩きでどこかへ行ってしまいます。え、と思うのも束の間、カバンから出したらしいポーチを片手に戻ってきました。

 女子力におけるまさかの敗北に再び固まる私の目の前には、茶色く、楕円形で、薄っぺらい物体。商品名の方が有名なアレです。

「ほいどーぞ」

「どーも」

 さすがに従弟ともなれば気安いもんです。彼とは年に1回とは言わず、何回も会いますし。


 皿洗いの現場に割って入り、蛇口をちょっと譲ってもらいます。

 溜まってきていた血を一旦リセットして、傷口まわりの水気をティッシュで取る。絆創膏の裏紙を半分剥がし、ガーゼの部分で傷口を覆えるようにまっすぐ貼ることを意識して──


 ……失敗しました。絆創膏が折れ曲がってに。これでも役割は果たしているのですが、見た目がね。ちょっと。

 それにしても、私って絆創膏使うのこんなに下手でしたっけ。そう思って最近の自分を振り返ると、絆創膏を『貼る』経験を近頃全くしていなかったことに気付きました。

 膝とか、二の腕とか、そういうところにケガをしなくなったみたいなんです、わたし。

 絆創膏を貼った左手を軽く見上げながら、考えます。絆創膏を貼るなんて、いつからやらなくなったかなー。最近は専ら指先に巻き付けてばかりでしたから。


 そんな感じで感慨に耽りつつ机まで戻ると、もうそこに潰され待ちの空き缶は居ませんでした。すれ違うように机を離れていくのは、両手に輪っかの跡をつけたくだんの従弟。潰しておいてくれたみたい。今日だけで借り2つです。お礼を言わないと。


 踵を返して再び流し台に向かいます。その足取りは、自分で言うのもなんですが、随分と楽しそうなものでした。


 でも足だって軽くなります。なにせ今日は、ちょっぴり『非日常』でしたから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る