騙される話










 小さい頃から、あの子が好きだった。

いつもイタズラしてばっかりだった。あの子の反応がとても面白かったから。でも、ほんとうは僕を気にして欲しかったから。



 小さい頃から、あの子は身体が弱かった。

いつも学校を休んで、僕はあの子に会えないで。幸い家は近かったから、よくお見舞いだといって遊びに行った。だけど、あの子は病気がうつるといけないからといってなかなか遊んでくれなかった。





 僕らが中学三年生の夏、受験を控えたそのときに彼女は入院した。医師せんせいはなにやら難しい言葉で骨髄に異常がだとか移殖の為にドナーを見つける必要があるだとか説明したが、具体的なことはさっぱりわからなかった。少なくとも、彼女は会いに行けばいつも変わらない笑顔で僕を迎えてくれた。



 彼女は学校に通えないので、僕は彼女に勉強を教えることにした。僕の通う高校での授業をもとに、様々なことを教えた。僕は理系科目は苦手だったけれど、彼女が好きだったから僕は頑張って勉強した。そんな生活をしていたら、いつの間にか理系科目も得意になった。





 一年経って、さらに一年が経った。僕は高校受験の直前に志望校を変え、一貫校に通うようにしていたので、受験に追われることなく彼女に会いに行けた。この頃になると、彼女はひどく咳き込んだりとても苦しそうな顔をしたり、とにかくたいへん衰弱していた。それでも彼女は僕の前では元気だった。




 少し前のことだ。いつも通り学校の帰りに彼女に会いにいくと、珍しく彼女は僕を少し不安そうな顔でみつめていた。そして、別れ際に大学の入学式はいつか、と訊いた。内心驚きながら四月二日だというと、じゃあその前の日に来てくれないか、と笑顔で言われてしまった。ああ、僕は彼女の笑顔には、心の底からのこの笑顔にはめっぽう弱いのだ。



 そして約束の日、折角だから驚かせてやろうと花屋で黄色い花のマリーゴールドを買い、小さな花束にして貰って持っていった。

 彼女は病室に入ってきた僕をみてとても驚いた顔をして、でもすぐとても嬉しそうな、そして得意気な顔で、僕の方に白い花の咲いた植木鉢を差し出した。花を交換した僕らは、しばらく見合ったあと堪えきれずに笑いだした。

 互いに花の紹介をして──この白い花はアザレアのものらしい──、彼女は僕に言った。



「知明さん、ご進学おめでとうございます。今まで大変お世話になりました」



 やけに畏まった態度でそう言ったのだ。あんまり真面目な顔で言うものだから、僕は不安になって、彼女の顔をまじまじと見た。

 すると彼女は途端に顔を崩して、

「やだなぁ、もう!冗談ですって!エイプリルフールってヤツですよエイプリルフールってヤツ!私、まだまだ元気ですから!死ぬなんて有り得ませんからね!……これ、いつものお返しなんですからね?」

 と笑いながら、最後の方は上目遣いになって言った。


 今まで見たことのなかったようなその顔に思わず僕は吹き出してしまい、それから二人でずっと笑った。

 そして、僕は入学式の準備があるからと昨日は早めに帰ったのだ。不安はもはやなく、ただ自分の晴れ姿を彼女に見せるのが楽しみになっていて、思わず走って家に帰った。





 ────そして、今日。


 彼女の死を報せる電話が届いたのは入学式が終わってすぐの事だった。僕はただただ驚いた。涙とか、感情とか、そんなものはなかった。


 僕は不思議なだけだった。僕は彼女きみが死ぬとは少しも思っていなかった。きみがそう言ったからだ。


 疑問が頭を巡る。

 なぜ君は嘘をついたのだろう。

 なぜ君は死んだのだろう。

 なぜ君は僕を騙したのだろう。

 なぜ君は逝ってしまったのだろう。


 頭を抱えて座り込む僕。その前を楽しそうに通り過ぎる人。不安そうに自分の生活を案じる人。感極まってか泣いている人。その全ての頭上を舞う桜の花びら。


 それらを見てようやく僕は気がついた。



 ──ああ、そういえば。



 昨日は四月一日エイプリルフールだった。

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