大人になる話
十月の五日。午前零時零分。わたしが開けたばかりのピアスのために痛くて眠る気にならないうちに日付が変わった。
リビングで少し肌寒い空気を避けるようにもこもこのソックスを履いていたときに、うちのあの古臭い振り子時計が十月四日が終わって死んだことを淡々と告げたのだ。
わたしはぼんやりと鐘のような音を鳴らすそれを見ていたけれど、新しく産まれた24時間がわたしの誕生日に相当することを思い出して、急に寒気がした。
わたしは自分の知らないうちに自分のこれまでの人生を振り返っていたようで、次々と古い記憶、古い感情がわたしの頭に浮かんだ。
その中で、わたしの趣味があった。読書があった。ピアノがあった。唄があった。スニーカーがあった。羽毛布団があった。
かつて好きだったそれらを思い出してもう一度手を伸ばすわたしがあった。
それはわたしではなかった。
趣味というのは、ほんとうにそれは自分が好きなことなのだろうか?昔ほど趣味にのめり込めないのは、もうそれは「過去好きだった記憶」を見て喜ぶ気持ちを趣味だと思い込んでいるだけじゃないのか?
二十歳になった今、わたしは何をしているのだろう。何を楽しみに生きているのだろう。
今のわたしはこれから先に何かを遺すことが出来るのだろうか。
わたしは花のようだ。根があって、茎が伸びて、葉のついた、今ちょうど咲いた花のようだ。一年草だ。あとはしぼんで枯れていくだけの、そんな頂上に来てしまったかのようだ。
人は八十歳まで生きた時、二十歳でその人生の半分の体感時間を終えるのだそうだ。つまり、今。今わたしは登り坂が終わった。あとは下り坂だけだ。弱っていくだけなのだ。
昨日まで当たり前にやっていたことが、どんどん出来なくなっていきそうな気がして。わたしは震える。
わたしは何になりたかったのだろう。大学生?偉大な賢人?少なくとも、こんなところで震えているみじめな女ではない。
ソファに倒れ込んだ衝撃で眼を閉じる。
わたしを構成する過去が、だんだん自分ではなくなってきている気がする。心の問題なのだろう。だって、ついさっきまではあんなに幸せだったのに、今は不安に押し潰されそうだ。こんなことなら、新しい日付に昨日と一緒に殺されておけばよかった。そうすれば、あとはもう老いることはないから。もっとも美しい状態で止まるから。
震えが止まらない。頭が痛くなってくる。だんだんぼうっとして考えがまとまらなくなってきた。いっそこのまま死ねたらなぁ……
はっとする。午前八時半。体がだるい。毛布も被らずに寝ていたのか。頭が痛い。それに寒くて熱い。風邪でもひいたか。昨晩のわたしは何を考えてこんなところで寝たのだろう。まさか死にたかったわけでもあるまいし。
とにかく、水分を摂らなければ。わたしはキッチンに置いてあるアクエリアスの粉を取りに行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます