第四幕 村からの逃走道中と調書


 なぜか、夕食を終えた後に厨房へ忍び込んだいま。

 アマネは迷うことなく、無造作に置かれたままの刃渡りが二三〇ミリと書かれた包丁を三本手にし、そのうちの一本を手渡してくる。

 受け取りつつ、いよいよ意味が分からない。

 厨房に入って、盗るのは食料だと思っていたものがまさかの調理器具には理由が心底理解できない。


「さ、早く戻るわよ」

「あ、あのさ。なんで食料じゃなくて包丁なんかを?」

「え?食料?なに帝都で一泊する気?」


 それはこっちのセリフである。

 包丁を持っていくにしたって結果としては調理しかない。つまりは食料だ。

 調理器具に他に何を求めるというのだ。


「包丁は、普通に護身用よ。南帝都だからといって油断できないわ」

「ご、護身用?」

「そう。帝都を襲ったのは南の大陸。魔族が襲ってきたの。最後に襲撃したのは七年ぐらい前だったかしら」

「七年前・・・」

「私たちが生まれる二年前ね。いま五歳だから」


 これまた新しい情報だ。自分の年齢がここで判明した。五歳だと。

 ならば、あの言霊は本当に生まれてすぐだったというのか。


「何難しい顔してるの?」

「あ、ああいや」

「まあいいわ。ここまでくれば安心ね」


 いつの間にやら病室まで辿り着いていた。



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 同時刻。八方向に位置する帝都の南西にある、最も今回の襲撃において被害を受けた帝都。

 襲撃の被害調査が開始されていた。


 現状、判明していることが南西帝都。被害度十割の壊滅。事実上の生存者ゼロ。

 南帝都。被害度は七割。生存者少数。既存家屋少数。

 西帝都。八帝都のうち最先端の防壁に防御力を誇り、難攻不落の帝都であったが、被害度二割。防壁の十八か所に穴が発生し、そこから小型の魔物(ゴブリン他多数)が侵入し、住民の約九十(現在詳細確認中)犠牲となった。


 被害調査派遣兵士より調査記録

襲撃第二ウェーブ終了現在。南西帝都は壊滅。率は百。生存者や避難成功者ゼロ名。最終前線被害より、南西帝都太邦院委員長が前線にて指揮を執っていた可能性有。

 可能性についての判別理由

最終前線にて委員長の愛用の長剣と血に塗れたマントを発見。付近に死骸は見つからず、一か所にまとめられた死骸の山を発見するも、もはや判別不能のため可能性とする。

 補遺

南西帝都は回復までに長期の再建を要するとともに人員は莫大と考えられる。[削除済み]が最後の望みとして[削除済み]を使用した恐れがあり、この先の調査は今後数年凍結。またはアルファ隊の派遣が必要とする。


 調査記録を審査する首帝都書記院の委員会内では、この調査書類は多くの波紋を生み厳重な審査、意見が酌み交わされ、最終的に処分はしないが誰の目にも触れれなくする判決が下った。

 調査を担当し、記録書類を書いた派遣兵士はこの後、首帝都へ呼び出され書記院役員の補佐員となり、出世することとなった。



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 ベシッ!


 ベシッ!


 なにやら頬が痛い。

 目をうっすらと開けると、太陽の明るい日差しが差し込んでいた。


「起きて。もうでなきゃダメ」

「ん。ああ?ああ。分かった」


 まだ頭が覚め切らず、視界もまだ定まっていなかった。

 というよりも眠いうえに頬がいまだひりひりとしていた。昨日よりも絶対強いと思いつつベッドから体を下ろす。


「ほら、窓から行くわよ」

「ああ、まど。まど?・・・窓!?」

「目覚めたわね。行くわよ?ほら」


 どうやらジョークではなくガチで窓から出るようである。

 アマネが上下に開く窓の下を持ち、鍵を外して人一人分の幅を作り出す。


「先行って。抑えててあげるから。降りるとき包丁刺さらないようにね?」


 忘れていた。咄嗟に机の上に置いておいた包丁を手にし、窓を下半身から外へ出す。

 一瞬、ここでアマネが持っている手を離したらという想像が脳裏をよぎる。


「しないわよそんなこと」

「へ?」


 そんなに表情に出ていただろうか。

 一階建な上に古民家であるがゆえに病室の窓の高さはさほどなく、足は思いのほか直ぐについた。


「よっ!」

「うわっ!?」


 地面に降り立った瞬間、肩に重荷が伸し掛かる。

 にわかにも信じ難いが、肩に一瞬見えたのはアマネの足であり、こうして目の前に仁王立ちの如く勇ましく包丁両手にした、少女はいともたやすく人を踏み台にしたのだろう。

 少女らしからぬ身体能力だと驚愕しつつ、そのまま誰にも見つからず村を抜けだしあの帝都の方向へ向かう。


 帝都までのルートは昨日、村まで歩いてきたので一応方角的には覚えていたからそれを頼りに、一直線に向かっていく。

 昨日は焦りや頭の整理が追い付かず、周囲のことなどに気を配れていなかったが、いま改めて道なき道を進むと、至る所に風で飛ばされたのか小さな破片が転がっていた。

 その中には血の付いたものまで見受けられた。


「あとどれくらい?」


 隣に並んで歩いていたアマネが右手の包丁を空中で回転させながら訪ねる。

 器用というよりも怖い。


「分からない。そろそろ見えてもおかしくないと思う」

「ふーん」


 返答の声とともに、手に戻ってきた包丁を一段と高く上げる。その高さはゆうに身長の二倍近くに達し、回転しながら落ちてくる。


 その様子には意図せず視線が包丁に固定される。

 やがて重力に沿って落ちてきた包丁。回転の速度からして手に戻ってくるのはちょうど刃の方であろう。


「ちょっ!あぶな!止まって!」

「え!?手元くるっ」


 包丁に手を伸ばすと、瞬間伸ばした手のひらのすぐ前であの夢で見たような魔法陣が二重になった円として展開される。


「え?は?」


 瞬きを一つ。

 気づくと、周囲は色が失われ灰色の世界。

 目の前には動きを止めた包丁に焦った表情をした状態で動かなくなったアマネ。その様子はまさにザ・ワールド。

 時が止まっていた。


「は・・・?」


 目の前の状況に理解ができない。


「言霊は嫌いって言ったけど、今回は感謝する」

「はいはい。アオイ!」


 突然、後ろから二つの足音に会話と自分を呼ぶ声が耳に伝わってきた。

 その声のする方へ体を向ける。


 そこにいた二人に言葉を失い、顔から血の気が引いていった。

 何も考えれなくなってしまった。



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