第三幕 情報共有と目的
少女は頬を膨らませつつ、睨みつけている。
昨日まで記憶を失っていたのに元気なものだと思うが、どうやら体はまだ治りきっていないようで所々、肌の上にガーゼが貼られている。
「ええ・・・と。ごめん」
「いい。さっきおじさんがきてロビーで朝食。あるって」
未だ機嫌は直っていないようだが、伝えることだけ伝えると、あの大惨事に見舞われつつも美しさを保った新緑の髪をなびかせて病室を出ていってしまった。
「え。ロビーがどこか知らないんだけど」
本音はそうである。ここにきてから一度もこの部屋から出ていないのである。
ロビーがどこなのか以前に間取りさえも一切理解していないのである。
すると、部屋の外から足音がしてくる。
その人にでも聞こうとベッドを下り、部屋の入口に近づくと先ほどの少女が涙目で戻ってきた。
困惑しつつ、なんで戻ってきたか尋ねると。
「ロビーってどこぉ・・・!」
「わかってなかったのかよ!」
思わず突っ込んでしまう。まさかあんな堂々と優雅に部屋を出て行っておきながら場所が分かっておらず戻ってくるなんて。
しかも泣きながら。
「そういえば、君の名前は?」
今思えば、せっかくの同室だ。名前ぐらい控えておいて損はないだろう。
「アマネ。特に身分のない、あなたみたいに人外でもないただの平民」
「よろしく、アマネ。あと、人外って?」
「へ?」
涙が呆気にとられる言葉とともに止まる。
どうやら変な質問を投げてしまったようだ。単純に両親も言っていた人外という言葉に疑問を覚えただけなのだが。
ましてやその言葉は自身を指す言葉のようでもあるがゆえ、知らないわけにはいかない。
「え?知らないの?」
「あ、ああ。常識なのか?」
「当り前じゃない。人外っていうのはね?あなたみたいに人型の純血の人間じゃない人を指すのよ」
「ああ、なるほど。冥灯白蝕龍の血が入ってるから、人外だと」
「え?冥灯白蝕龍・・・!?」
アマネが一歩後ずさる。
なにやらまた大変、可笑しなことを言ってしまったようである。
非常識人の質の悪い方はこうして生まれているのだろう。それが自分なのだと思うと少し悲しくも思う。
「冥灯白蝕龍って。やばいの?」
「やばいって話じゃないよ!」
大体身長が同じアマネに肩をつかまれ、ガっと揺さぶられる。
よく見ると、アマネの瞳の色は髪色と同じ緑色で、どこかすがすがしさを感じさせる奥行きのある美しい輝きがあった。
そんなことはどうでもよく、アマネの反応を聞くところ母はやばい以上の存在のようである。怖いことこの上ない。
「冥灯白蝕龍っていうのは、この世界に五匹しかいないといわれていて、中央の大陸に住まうって噂の正体不明の龍なの。その息子って・・・しかもその羽と角。絶対に色濃く出てるじゃない」
「羽と角?」
「まさか気付いてないの?ちょっと待って。すぐそこに反射しそうなものあるから」
そういうとこの病室のすべてを把握しているかのように、迷うことなく小さな木のテーブルにある引き出しを引き、中から小さな手鏡を取り出してくる。
「はい。頭見てみな」
「ありがとう・・・。ああ、これか」
手鏡を受け取り、髪のてっぺんを見てみると、母譲りかはわからないが白き角が二本あった。
にしても真っ白い角に対して髪色が暗みがかった青色のせいで際立って見えた。
そして、羽というのも少し体を捻ると一部分が見え、こっちも白く雪のようであった。
「これでわかったでしょ?あと、ここの村ではあまり差別はしないようだけど、帝都。あなたが昨日までいた場所ね?そことか大きな大都市圏では、きっとあなたは迫害の対象になってしまうと思う」
「ああ、迫害ね。それと名乗り忘れてた。アオイ、それが名前」
「アオイ。ね、苗字なしの所を見ると平民なのかしらねあなたも」
「平民か。まあそこらへんも一切わからないんだけどな」
と、いろいろと病室で話していると廊下の方からスリッパを引きずりながら歩く音が伝わってきた。
「おーい。二人とも朝食はいいのかってもう昼だがな」
「「え?」」
どうやらアマネも昼を過ぎていたことに気付いておらず、二人そろって驚きの声を出すのだった。
それから朝食は昼食になってしまいつつもまた帝都に行っていたシルワとともにロビーへ向かい、食べ終え、また病室に戻った。
「ねえ。アオイ。この後どうするの?帝都に戻るの?」
突然、ベッドのふちに座って近場にあった本に目を通していると、窓の方を向き遠くを見据えるアマネが声をかけてきた。
「どうする?ああ、帝都に行く予定があるからとりあえず落ち着いたら行きたいかな」
「どうして?」
アマネが振り向くと肩よりも少し伸びた髪がなびき、目と目が合う。
「うーん。まあ遺言かな」
遺言と言えば遺言であろう。あの言霊と言う奴が本当ならば、そしてあの記憶が現実で起きたことがフラッシュバックしたというなら。
言霊ってなんなのだろうか。父が残したあの言葉。おいおい知ることになるだろうと言っていたが。
「遺言?いつの話それって」
「分からない。今の年も不明だし、ただきっと生まれてすぐのことだと思う。言霊とか言う奴に残してたから」
「言霊!?」
これはまた可笑しなことを言ってしまったようだ。
「言霊って言った?」
「ああ、言霊で伝えられたから」
「言霊っていうのは。知らないだろうから教えるけど、衰退魔術。別名衰退魔法って呼ばれる古き高等魔術なの。時代を何年も超えてまでその言葉。状況を後世に残せる、魔法で展開式魔法の一種で、展開式はもう五年近く使われた形跡がなくて、誰も使えないから衰退魔術に登録されているのよ。そして、展開式の大元である魔法陣っていう魔法スタイルももうなくなっているわ」
「結論は?」
「難しかった?今の・・・。まあつまりはその言霊を残した人は展開式を使える上に腕がよかったんじゃないかしら?」
「へー。まあ、それで帝都の地下に用事があるんだ。だから行く」
これはまた非常識らしい。どうにかしてこの世界の常識を得なくてはいけない。本などがあればいいのだが。
そういう本も地下の書庫にあるだろうか。どちらにせよ早めに行くに越したことはない。
「明日にはもう行くかな」
「は!?バカなの?まだあのままの状況なのよ?帝都から事後部隊が来るのもあと四日。一週間は待たなきゃ」
「いや。その帝都が来たらだめなんだと思う。父さんと母さんは、なぜか分からないけど帝都をよく思ってない。と思う」
「ふーん。まあ片方が冥灯白蝕龍なら仕方ないのかもね。だとしても、アオイ一人で行かせるわけにいかないわ。私もついていく。あと念のためにあとで厨房行くわよ」
「な、なんで?」
突然の厨房侵入ミッションには疑問を覚える。
なにもその帝都の方で野宿するわけでもないのに。
「まあ、ここは私に従っておきなさい。それなりの知識は持っているから」
そういってまた窓の方を向いて、静かになった。
寝息が聞こえてきた。まさかの窓の方を見ていたのではなく、ただたんに寝ているだけのようである。
一つ、ため息をついて閉じてしまった本をまた開く。この本の解読にはかなりの月日が必要な気がする。
ただただ言語を早く覚えようと決意するのだった。
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