第二幕 夢の過去と交わす言葉


「すまない。俺らにはこうするしかないんだ。本当に・・・ごめんな」


 ぼやけた視界の先でガタイのいい男が涙を流しながら、謝り倒していた。

 病室のベッドにいたはずが今は全く違う部屋の布団に寝かせられている。


「アオイ・・・ほんとうにごめんな」


 なんども謝って来ている。そして、アオイ。とは自分の名前だろうか。

 そうだとするならこの状況はなんなのだろう。過去?いや、なぜ忘れていた過去が今よみがえってきているのか。

 そしてなぜ、過去に戻ってきてしまっているのだろうか。

 とりあえず、欲しかった情報が手に入れられただけよかったと思うことにしておくことにした。


「これから言うことは理解できないかもしれないが、アオイ。お前を今から・・・地下に送り込む。そうしなければお前は死んでしまう。許してくれ・・・。俺のせい。いや俺たち親のせいだな。俺とシアナが恋に落ちてしまったのが悪かったんだ。人外だと迫害されても強く生きろよ・・・いつか地下から出れることを・・・祈っているよ」


 親だという男はすすり泣きながら、話を終えるとなにやら呪文のようなものを唱え始める。


拘束バインド魔法。第十三式展開、二速。転移」


 詠唱と同時に目の前に十三重にも重なった円形と謎の象形文字が交互に回転を始める。

 青白い色の文字と円は淡い光を放ちながら、やがて体が全身から締め付けられる感覚に陥る。

 身動きが一切取れなくなり、焦りを感じていると男はゆっくりと口を開き、最も重要となる言葉を残した。


「アオイ。これは言霊を使ってお前に伝える。言霊がなんなのかは今は説明してる時間はない。お前が名前を忘れた時のためにいっておく。我が妻シアナとフォルの子の名はアオイだ。それがお前の名前だ。そして、お前の母親のシアナは冥灯白蝕龍という種族で人外であった。そして、その遺伝がお前にもいってしまった。いいか。迫害されても強く生きろ。これを思い出した時真っ先に鏡で自分の姿を確認するんだ。いいな?きっともう二度と会うことはないだろう。会うにしても面と面は・・・ほんとうにごめんな。お前の力を信じるよ。シアナのような力を。それじゃあな。愛しきアオイ。シアナもあと数秒だ。何か残してやれ」


 もはや視界は周囲が暗くなり、父の顔もうまく見えない。

 そしてどうやらすぐそばに母親の存在があるのだろうが、もう視界の中には収められていない。


「はあ。フォル。私は昔からいっているだろう。言霊は嫌いだと」

「いいから。最後なんだぞ?」

「お前はな。私はアオイが私と同じだと理解した時点で死んだとしても通じ合えるからな」

「はぁ!?聞いてないぞ!!ずりーじゃねーか!」

「笑止!私は冥灯白蝕龍だ!フォウのように人ではないのだからね!」

「お前まだ根に持ってたのかよ!」


 視界の端。ぎりぎり母の姿が確認できた。真っ白なワンピースのような服に華奢な真っ白い細く伸びた腕が、時折言い合う中で父の胸をつついていた。

 そしてあることに気付いた。

 母の背中には真っ白くも美しく折りたたまれた龍の羽が。


「って!シアナ!お前のせいで時間がないじゃねーかよ!」

「アオイ。お前は冥灯白蝕龍の私の子だ。そうやすやすと死んだときは、憶えておれよ?いつか思い出し、話せる日を待っている」

「ちっ。アオイ。地下のその地下に秘蔵書庫がある。きっとお前の・・・」


 瞬間。父の言葉が途切れたかと思うと、一気に布団を下に貫通し体がどんどん下へ下がっていく。

 そして意識も下へ落ち、目が閉じられる。

 再度、なぜこんなことが起こったのか疑問が頭に湧き上がる。


 過去からやり直すのは嫌だな。またあの地下の牢獄生活を送るなんてのはごめんだ。

 もしかしたら、今までのが夢だったのかもしれない。あの惨状も。あの少女とシルワ。そして怪力老人に古民家。

 本当に何とも言えない。


 ただ、情報だけは揃えて置きたいという思いが意識を戻す。

 自分の名前はアオイ。フォウという名の父とシアナという冥灯白蝕龍なる白い龍の母の子で、どうやら自分も冥灯白蝕龍の遺伝が入っているのだとか。

 もし鏡の代わりが見つかったらすぐにでも姿を確認しよう。

 あとは、どうやらこの先迫害を受ける可能性があるようだ。迫害など地下牢に入れられた時点でそれなりに耐性は着いているだろう。


 情報が。足りない。まずい、少しでも思考を止めると意識が富んで行ってしまいそうだ。

 何か少しでも・・・情報を整理・・・。


 そこで意識が途絶えてしまったかに思えた。




「ね・・・。・・・・・・きて。フー」


 耳元で声がする。


 ビシッ!


「!?」

「やっと起きた」


 謎に叩かれた頬を少しさすりつつ、体を起こし目を擦ると視界が開け周囲を見渡す。


「大丈夫?」


 どうやらあっちが夢だったようである。起きると古民家の病室のベッドであった。


「聞いてる・・・?」


 そうだ。鏡だ。姿を確認しなくては。


「・・・む」


 パチンッ!


「いた!」

「無視しないで・・・」


 平手打ちの次はデコピン。さきほどから誰がこんな微妙なダメージを。

 横を向くと昨日、隣のベッドで意識を失っていた少女がいた。



 

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