エピローグ
Ep①
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『昏きもの』の病院襲撃から一夜明け、『ロウレニス探偵事務所』は平和を取り戻していた。
いつものようにランステッドに起こされ、血をせがまれその後に(昼食と言っても過言ではない)遅めの朝食を摂る。
だが、今日はいつもと違う予定が一つ入っていた。
依頼人、ミャリアから連絡があり、午後事務所に訪れるというのだ。
スーツを整え、一息吐いたところでミャリアが事務所に訪れた。
依頼に来た時と同じ様にソファへ促し、座らせる。
「依頼の達成感謝するざます」
第一声と共にミャリアは深々と頭を下げ、やけに分厚くなった封筒を差し出した。
何故かランステッドがそれを受けとり、中身を見て卒倒しそうになる。
「無事に見付かって良かったざます……娘にも聞いたざます。悪漢から護ってくださったと」
嬉しそうに言うミャリアに、ロウレニスも笑顔を返す。
「ハルハットさんとフウコちゃんの様子は?」
「フウコが起きてからはずっと笑顔ざますよ。あんなに楽しそうに話すハルは久々ざます」
聞くと、手術は病院を変えて行うそうだ。
あんな事があったのだ、通常営業というわけには行かないのは当然だろう。
「さて、今日伺ったのは報酬を渡すだけではないざます」
「そうなんですね……へ?」
予想だにしない言葉にロウレニスは間の抜けた声で返した。
「娘の命の恩人に、この程度の謝礼だけでは足りないと思いまして」
「は、はい」
ミャリアの言わんとしていることが分からず戸惑っていると――。
「貴方の事務所の資金援助をさせていただきたいざます」
一瞬ロウレニスは自分の耳を疑った。
そのため、資金援助という言葉の意味を理解するのに、時間を要した。
「え、ハーベルデング社が?こんな弱小探偵事務所を?」
ミャリアは笑みを讃えて頷く。
「ん?何お金の話?」
あまり事態を理解していないランステッドが首を傾げる。
「いやいやいやいや!?あまりにもそちらの利にならないですよ!」
通常だと電気や水道を止められることすらある事務所だ。
『百害あって一利なし』とはよく言ったもので、ハーベルデング側に何一つ利する物はない。
「娘の恩人ですもの。ですからお気になさらず。それに――」
「「それに?」」
食い入り気味な探偵と助手の声が重なった。
「表だってはできないざますが、人外専門の探偵と銘打って宣伝すれば、人は来ると思うざます」
成程、とロウレニスは感心する。
今までは、『ペット探し専門』と揶揄されて、その延長で人外に関する依頼が来ていたが。
人外を主に取り扱うのであれば、依頼が増えるのは必然だろう。
「ウチはそちらの資金援助と宣伝をさせてもらう形ざますが、いかがざます?」
「いえ、こちらとしては願ってもないことなのですが……」
「決まりざます……と言いたいざますが」
まだ何かあるのか、ミャリアの微笑に苦笑の色が混じる。
「条件、と言うかお願いをさせていただきたいざます」
ロウレニスとしてはまたとない機会を逃す手はない。
余程の事でない限りは了承するつもりで、ミャリアの言葉を待つ。
「本人達の希望もあって……フウコを事務所で預かってはいただけないざますか?」
「と、言いますと?」
予想外な条件の提示に、ロウレニスは詳細を求めた。
「手術前のハルはフウコの世話が出来ないざます。家に居るのも退屈だろうという話になったざますが――」
「フウコちゃんが僕のところに来たい、と」
ロウレニスがミャリアの言わんとしていることを引き継ぐと、首肯が返ってくる。
「ずっとではないざます。ハルが退院するまでの間、その期間だけでいいざます」
「そういう事でしたら――」
「ボクは反対だね」
二つ返事で引き受けようとしたロウレニスだったが、思わぬところから否定の言葉が上がった。
「ラ、ランス?」
「ここはペットを預かるところじゃないし、それにボクとロウが――」
何か言いかけて、ランステッドは隣のロウレニスを流し見てくる。
視線に気付いたロウレニスが首を傾げて見せると、ランステッドは赤面して顔を逸らしてしまった。
「ランステッドさん、でしたね。少し人外について明るい方にお聞きしたざます」
真っ直ぐにランステッドを見つめ、ミャリアは言う。
「お願いしたいのは貴女の存在も大きいざます」
「ボク?」
「四大霊鬼である貴女の傍にいれば、フウコの身も安全ですから……」
『昏きもの』の頂点に与えられる称号、『四大霊鬼』その言葉を口にした事で、ランステッドの顔色が変わる。
「ま、まあ……それは確かにーボクが居ればそんじょそこらの相手くらい楽勝だけど」
明確に拒絶の意を示していたランステッドの表情が柔らかくなり、満更でもない、といった空気が強くなる。
「当然貴女にもボディーガードの報酬を払わせて頂こうと思うざます」
だめ押しの一言だったのだろう、ランステッドは呻くとそれ以上何か言う事はなかった。
ロウレニスは苦笑すると、ミャリアを見て口を開いた。
「分かりました。フウコちゃんの件お任せください」
ロウレニスが了承の言葉を述べたその瞬間、事務所のドアが思いきり開け放たれ、黒い影が入り込む。
影は一目散にロウレニスとの距離を詰め、ロウレニスの膝に飛び乗った。
「えへへーありがとうロウお兄ちゃん!」
「フウコちゃん!?」
膝の上に乗って抱き付いてきた銀髪の少女、フウコに驚きの声を上げるロウレニス。
その様子を微笑ましそうに眺めているミャリアは、穏やかな口調で言った。
「了承が得られるまで外で待っているように話していたざます」
嬉しそうに胸元に顔を擦り付けてくるフウコの頭を撫でながら、ロウレニスは苦笑を返した。
「コラー!ロウはボクの契約主なんだから勝手に引っ付かないでよ!」
慌ててフウコを引き剥がそうとするランステッドだが、背中に手を伸ばしてしっかりとロウレニスの体に抱き付いているフウコを引き剥がす事が出来ない。
「ちょっ……フウコちゃん」
体を寄せてくるフウコの柔らかな感触が伝わり、ロウレニスは赤面する。
「ロウも鼻の下伸ばしてるんじゃなーい!」
顔を真っ赤にして叫ぶランステッドの体が、バチバチと不穏な音を立て始める。
「落ち着こう!?ランス落ち着こう!?」
嫌な予感を察し、ランステッドを宥めようとするロウレニスだったが、頬にフウコが顔を近付け――。
「ペロッ」
「へ?」
親愛の証なのだろう、フウコの舌がロウレニスの頬を舐めた。
唐突の行動にロウレニスは間の抜けた声を上げ――。
「な、ななななな」
ランステッドは体を震わせ、硬直させていた。
「これからよろしくねロウお兄ちゃん!」
背中から今度は首に手を回して抱き付いてくるフウコに、ロウレニスは翻弄されながら顔を青ざめていた。
彼の相棒が俯き、何かを呟いているのを発見したからである。
「ボク――って――のに……」
「あ、あのーランステッド、さん?」
恐る恐る名を呼ぶと、ランステッドは顔を上げ叫んだ。
「ボクだって舐めたことないのに――!」
感情の爆発と共に放たれる一筋の雷光。
フウコを狙ったそれは――。
「「あ」」
ランステッドとフウコの声が重なる。
野生の勘が働いたのだろう、フウコは咄嗟に飛び退き、紅雷の範囲外に離脱していた。
目標を失い、真っ直ぐに伸びる雷が向かう先は――。
(僕ですよねー)
軽快な炸裂音が響き、ロウレニスはソファごと後ろに倒れる。
薄れ行く意識の中、ロウレニスはランステッドとフウコの事を思い浮かべ、これからの生活を想い描いた。
(退屈だけは、しなさそうだね)
心に暖かいものを感じながら、ロウレニスの意識は消えていくのだった。
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