第四節④
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「……ここは?」
イェーガーが目を覚ますと、彼が根城にしている未開発地区の建物に倒れていた。
気を失っていたのか、それはどの程度の時間だったのか。
記憶は曖昧だった。
(……病院で『紅』の霊鬼と戦って……)
奥の手の2体同時召喚をしたところまではイェーガーも記憶していたが――。
「目が覚めたかイェーガー」
建物に美しい男の声が反響する。
それはイェーガーも聞き覚えのある、狂気に満ちた声音だった。
「アンタか……ディヴァレット」
イェーガーが身を起こし、振り返ると琥珀色の髪を持つ異形の姿を捉えた。
『ディヴァレット=ディア=マーカス』それが琥珀の異形の名であった。
「久方ぶりの狩りであったろう?楽しめたかイェーガー」
尋ねるディヴァレットに、イェーガーは舌打ちをして立ち上がる。
「アンタ、知ってたな?」
「何の事さな?」
「しらばっくれてんじゃねェ!『紅』の霊鬼が来るって分かってやがっただろ!」
苛立ちを露にするイェーガーとは対照的に、ディヴァレットは涼しげな笑みを崩さずに口を開く。
「さて、どうであろうな」
真意を見せないディヴァレットに、イェーガーは不快感を隠さずに睨み付ける。
「さて四大霊鬼、その一角と対峙した感想はどうだ?」
「アンタ程の重圧は感じなかったよ……」
そう毒づいてイェーガーは『琥』の一族の頂点に位置する存在を見据えた。
『琥珀の炎帝』の異名も持つこの『昏きもの』は、ランステッド同様四鬼存在する頂点に位置付けられた、四大霊鬼である。
「あと、とんだアマちゃんだな……殺気が全然感じられなかった」
初めから命を奪う気などないかのように、ランステッドはイェーガーに攻撃を向けなかった。
その気になれば、すぐにでもイェーガーの命は消えていただろう。
戦ってきたイェーガーの所感を聞いたディヴァレットの顔が僅かに曇る。
「姫君の輝きは未だ戻らず……か」
しかしそれも一瞬で、表情を戻すとディヴァレットは笑う。
「まあ良い、イェーガー貴公も御苦労であった」
「けっ……思ってもねえ事を」
労いの言葉にも顔をしかめるイェーガーに背を向け、ディヴァレットは歩き出し、一度も振り返る事なくその場を後にした。
後ろ姿が見えなくなると、イェーガーは肩の力を抜く。
「アイツと話してると気が持たねえなぁ」
ドッと流れ出してくる汗を拭い、イェーガーは安堵する。
「『暴走』してる、だかでなに考えてんのかさっぱりわからねぇ」
穏やかな表情を見せてはいても、常に殺気が狂気がイェーガーへと向けられていた。
「チッ……四大霊鬼ってなぁ化け物しか居ねぇなかよ」
ディヴァレットと、病院で対峙したランステッドを交互に思い浮かべ、舌打ちをする。
「あー!クソが。折角血ぃ吸っていい気分だったのによォ!」
足元の瓦礫を蹴り飛ばすが、鬱憤が晴れることはない。
「近くの人間でも襲って憂さ晴らしでも――」
するか、という言葉は唐突に轟いた轟音に掻き消され、イェーガーの意識もそこで途切れた。
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炎上する廃墟を背に、ディヴァレットは優雅に歩を進めた。
中に残っていたであろう同胞の安否など気にも留めずに。
「……かつての美しい貴女は何時戻ってくるのか……余は焦がれている」
真紅の髪を想い、ディヴァレットは空を仰いだ。
「冷徹に徹していた……あの頃の貴女でなければ会う意味がない」
かつて見た『紅』の霊鬼、そこ姿を夢想する。
「でなければ殺し合う(あいしあう)事など出来ないではないか」
狂気に満ちた愛の言葉は、闇に溶けていく。
「貴女が目覚めるためには、余はどうすれば良いのであろうな」
そう呟いたディヴァレットの体が琥珀色の焔となって消えていった。
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「ロウー終わったよー」
軽い口調で病室に入るランステッドの背には、安らかな寝息を立てるフウコの姿もあった。
「ランス!お疲れ様」
相棒の無事な姿を見て明るい声を上げるロウレニスだったが、ランステッドの眉間に皺が寄っていた。
「ボクが居ない間に随分と仲良くなったみたいだねえ」
恨めしそうなランステッドの声音に、ロウレニスはハルハットが安心出来るように手を握っていたことを思い出した。
「あ、いやこれは」
慌てて手を離すロウレニスだが、ランステッドは頬を膨らませたままベッドに近付き、近くの椅子にフウコを座らせる。
「フウコ!? 怪我、を?」
血が滲んだ衣服を見て、泣きそうな表情を見せ起き上がろうとするハルハットを、ランステッドが制止してベッドに寝かせた。
「安心していいよボクの血晶術で応急措置はしてあるし、何より」
フウコの方を流し見て溜め息を吐く。
「呆れるほどの回復力だよね。もうほとんど傷口が塞がってる」
ランステッドの言葉に驚き、ロウレニスもフウコの傷口を確かめるが、確かに血は止まっており傷口も塞がりかけていた。
「純粋な身体能力と回復力ならボクより上なんじゃないかな?」
そう言われた本人は幸せそうな寝顔を見せている。
良い夢でも見ているのだろう。
「ま、とりあえずロウ。ボクらの仕事はここまでだよね?」
「え、まあそうだね」
依頼主からフウコとハルハットを会わせるよう頼まれ、それは達成した。
ここまで、と言えば確かにその通りだ。
「じゃあ、早く帰って御褒美ぃーボクお腹空いた」
血晶術による血液の使用に加え、本来の姿になったことで疲労しているのだろう、ランステッドの声に若干覇気が抜けていた。
コクコクと頷いて見せてからロウレニスはハルハットに向き直って口を開く。
「僕らはこれで失礼します。あ、多分この後警察の方々が来られると思いますので、指示に従ってください」
「わかり、ました……」
ランステッドの封印を解除したあと、ロウレニスはある機関に連絡を入れていた。
警察署のとある課に――。
ただの警察ではなく、裏で蠢く人外に対する特殊部隊、『陰契課(おんけいか)』。
そこへ通報したのだ。
事態が収束した今、彼等に頼むのは事後処理となるが――。
人外の事件に何度も関わり、何度も顔を合わせているロウレニスはあまり良い顔をされないため、出来れば顔を合わせたくはない。
ランステッドが早く帰りたがっているのにロウレニスも賛成ではあった。
「では僕達はこれで――」
「……そうはいきませんね」
病室に少女の声が響く。
ランステッドのものでも、ハルハットのものでも、フウコのものでもない、寡黙そうな少女の声。
その声に、ロウレニス、そしてランステッドは覚えがあった。
一番聞きたくなかった人物の声だ。
ロウレニスは引きつった愛想笑いを浮かべて、病室の入り口に振り向いた。
「ど、どーもクランさん。ご無沙汰してます」
開かれた扉には一人の少女が立っていた。
年のほどは十代半ばか後半に差し掛かったか、といった風体の茶髪の少女である。
裾の長いブレザーを纏い、その右手は黒い手帳を翳していた。
しかし、視線はロウレニス達ではなく左手に持った分厚い本に向けられている。
「また貴方だろうとは思っていましたが、やはりでしたか」
面倒臭そうに言うクランと呼ばれた少女の手帳には『クランス=セイバー』と書かれていた。
それが彼女の名だった。
「見たところ犠牲者が複数居るようですし、貴方がたには重要参考人としてお話を聞かせて頂きます」
「はい……」
「最……悪」
力なく返事をする探偵と助手は、今日も帰りは遅くなるだろうと直感したのだった。
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