第四節③


 ハルハットの病室までなんの障害もなく来れたことに安堵しながら、ロウレニスは病室の扉を開いた。

 すぐに入室し、扉を閉める。

「ロウ……レニス、さん?」

 消え入りそうな、怯えた様子のハルハットの声が聞こえ、無事であったことに胸を撫で下ろした。

「フウ……コが……」

 泣き出して――否、泣いていたのだろう。

 途切れ途切れになりながらも、震えた声にロウレニスは胸が痛んだ。

「大丈夫ですよ」

 エリクライトから預かった血剣を扉の脇に立て掛けると、ロウレニスはハルハットへ近付いていく。

「今、僕の相棒が頑張ってます。きっとフウコちゃんも助けてくれます」

 ロウレニスはハルハットの手を握り、強く言い切った。

 嘘偽りは無い、相棒――ランステッドを信頼しているからこその言葉だった。

 真っ直ぐに、真摯に言われたハルハットは体の震えを止め、ロウレニスをジッと見据えた。

「信……頼……されて、るんですね」

 その言葉に、ロウレニスは照れ臭そうに頭を掻いた。

「まあ、そうですね……ずっと一緒にやってきてますし――!?」

 ロウレニスの言葉を遮るように轟音が鳴り病室を揺らした。

「――ッ!?」

 震動に怯え、ハルハットはロウレニスの手を握るが、ロウレニスは優しく微笑んで返した。

「多分相棒が……ランスが戦っているんです」

 揺れを感じたのは天井、すなわち屋上から。

 屋上に上がったランステッドが交戦している、と思うのは当然の既決だろう。

「心配いりませんよ……ランスは、負けませんから」

 そう言って微笑むロウレニスに、ハルハットは眩しいものを見るかのように目を細めた。

 その時だった。

『ロウ!?『封印解除』いける!?』

 件の相棒から念話が届く。

『良かった……ランス、フウコちゃんは無事?』

『無事……だけど、ボクよりこの娘の心配が先?』

 少し拗ねたようなランステッドの声音に、ロウレニスは口を尖らせた表情を思い浮かべながら苦笑した。

『ランスは負けないでしょ?』

『へ!?あ、あぁまあそうだね!』

 ロウレニスの言葉に、驚いた様子のランステッドに疑問符を浮かべながらロウレニスは尋ねた。

『解除しなきゃならない相手なの?』

『いや、大したことはないんだけど、時間掛けるとこの娘が危ないから……っていうのと、誰に喧嘩売ったのか思い知らせてやるんだ』

 ランステッドの言うことに一度苦笑してから、一言謝ってハルハットの手を離した。

 名残惜しそうにするハルハットには気付かずロウレニスは背を向け、病室の中央に立つ。

『行くよランス』

『いつでも良いよロウ!』

 相棒の返事に口角を緩めたロウレニスは静かに、詩を詠むように言葉を紡ぐ。

 


――我は問う。

 


 ハルハットの病室に、ロウレニスの声が響き渡る。

 男性にしては高い、それでいて不快感のない綺麗な声だ。

 

――汝、何故に力を求める。

 

 詩に合わせ、屋上にいるランステッドが言葉を紡ぐ。

 

――我は答う。

 

 凛と響くランステッドの声。

 

――我が求むは、主を守護する力也。

 

 次はロウレニスが謡う。

 彼の体が光を発し始める。

 

――其の牙は我が刃。

 

――怨敵を引き裂く、鋼。 

 

 ランステッドが謡う。

 

――我が牙は汝の刃にして盾。

 

――怨敵から護る、鎧。

 

 二人の声が重なる。

 



――創世の神に誓い、我等契約を結びしもの也ッ――





               +


 屋上を真紅の光が埋め尽くし、フウコ、そしてイェーガーの視界を塞いだ。

 それも一瞬で、光は収束し元の景色へと戻っていく。

 しかし、一つだけ元の景色とは異なる者が在った。

 光の中心にいた紅い髪の少女の姿はなく、替わりに一人の女性が立っていた。

 柔らかな紅い髪を靡かせ、意志の強そうな真紅の瞳を煌めかせる女性。

 同性であるフウコですら見とれてしまうような美貌を持った彼女に、敵であるイェーガーを目を奪われた。

 朱色の装束を纏った全身が赤の井で立ちは、苛烈な印象を与えつつもどこか神聖な空気を纏っている。

 その偉容の中で、異質な存在感を放つものがあった。

 翼だ。

 蝙蝠のような漆黒の翼が、女性の腰から生えていた。

 女性は飾りでないと誇示するかのように翼を動かしてみせると、微笑を浮かべた。

「さて、改めて名乗らせてもらおうか」

 よく通る声で、女性はイェーガーを流し見て名を名乗る。

「『私』は『ランステッド=シェル=アルナカルタ』。 『紅』の血系源『アルナカルタ』家当主、貴様もよく知る四大霊鬼の一角だ」

 尊大な態度で名乗った女性、ランステッドにイェーガーは目を見開いた。

 その様子を見て笑みを濃くするランステッド。

「三下ごときでは知らなかっただろうが、私は力が強すぎてな……周りへ被害が及ばぬ様、普段は力を封印している訳だ」

 突如変身したランステッドに、開いた口が閉じない様子のイェーガーだったが、我に帰ると指を差して叫ぶ。

「どうせハッタリだ!やっちまえエヴィシュ!」

 命令を受け、一撃必殺の威力を持つ前足を叩き付けるエヴィシュ。

 しかし、ランステッドは避けようともせず、迫る腕を眺めていた。

 難なく腕はランステッドに直撃する。

「――!?」

 その光景を見て声にならない悲鳴を上げそうになるフウコだったが――。

「この程度……片手で十分だ」

 自身より大きいエヴィシュの腕を、ランステッドは右腕ひとつで受け止めていた。

 それも楽々と、赤子の腕を握っているかのように。

「はあああ!?」

 信じられない光景を目の前にしたイェーガーが素ッ頓狂な声を上げ、攻撃を受け止められた事で本能的に危機を察知し、エヴィシュはもう片方の腕を伸ばし、ランステッドに攻撃を加えようとする。

「ふぅ……ロウとの約束を反故している気がしてあまり殺めたくはないが」

 溜め息混じりに言いながら、空いた左手を振るわれた前足に向け、掌から紅雷が放出される。

 雷鳴が鳴り響き、紅雷がエヴィシュの前足を呑み込み焼失させた。

「使い魔は生物に含まれないからな!」

 金切り声を上げて苦しむエヴィシュに、ランステッドは追い討ちだと言わんばかりに右手を軽く押す。

 それだけでエヴィシュの体勢は崩れ、尻餅を突く。

「散れ」

 短くそう言い捨てると、ランステッドの紅雷が数発、エヴィシュの体を直撃する。

 一発当たる毎に体が焼失し、3発ほど当たった頃には原型を保っては居なかった。

 形を維持できず、エヴィシュは黒い霧となって霧散していく。

「な、なななな」

 自身の切り札が何も出来ずに撃破されたことが信じられないといった表情を見せるイェーガーに、ランステッドは笑みを向けた。

「これが四大霊鬼だ……理解したか三下?」

「があああああ!」

 嘲笑するランステッドに、イェーガーは吠えた。

 勝てないと悟った本能に逆らうかのように。

「エヴィシュ!」

 自身の力を注ぎ込み、再び巨大な使い魔を呼び出すイェーガー。

 しかし、今度は2体が姿を現した事に、ランステッドは微かに感嘆の声を洩らした。

「ぜぇ……クッソが……」

 余裕の表情が崩れないランステッドに悪態を吐きながら、イェーガーは片膝を着く。

 2体同時召喚に力を使いすぎたのだろう。

「やれ!」

 同時に二つの巨体が動く。

 縦に、横に振るわれる巨腕。

 だが、それもランステッドにとっては児戯に等しい。

 両手を広げ、腕に向けて狙いをつけ、紅雷で撃ち抜く。

 前足が消え去り、悲鳴を上げるエヴィシュにランステッドは容赦なく追い討ちの紅雷を叩き付けた。

 一瞬にして黒い霧となったエヴィシュを見届けた後、ランステッドはある異変に気付く。

「……イェーガー、とやらが居ない?」

 ランステッドがエヴィシュを倒すまでの、ほんの一瞬。

 ランステッドに察知されずに、満身創痍といった様相のイェーガーが逃げられるだろうか。

 可能性は極めて低い、とランステッドは推察する。

 ここまで使い魔に頼りきりになる戦い方から、イェーガーは固有の能力を持たない中級に位置する『昏きもの』であろう。

 能力もなしに、逃亡しようとすればランステッドに感知出来ない事はない。

(……協力者がいたか?……むしろ奴を煽った扇動者か……)

 イェーガーの背後関係を思案するランステッドだったが、答えは出ない。

「まあ、良い……今はこの娘を守れた事を良しとしよう」

 考えを断ち切ると、ランステッドは振り返り屋上で横たわる、銀の少女に振り返った。

「無事か?」

 両手足から血を流し、脇腹も抉られた状態を無事と言えるかは疑問であったが、ランステッドの問いにフウコは力なく頷いた。

「ありがと、ランス?だよね」

「こちらが本来の姿だ。しかと目に焼き付けておけ……あと、先程も言ったがそう呼んでいいのは――」

 忠告の途中でランステッドはフウコが気を失っている事に気が付いた。

 呼吸はしっかりとしている事に胸を撫で下ろすと、ランステッドは呟く。

「……まあ……己が主の為に良く戦った……褒めてやる」

 と言いながらランステッドはフウコの頭を撫でるのであった。

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