第四節『紅雷の姫君』
第四節①
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「あーもう!何匹居るのコイツ等!?」
四匹目の獣を切り伏せたところで、ランステッドは苛立ちを露わにした。
一階から気配を辿って、潰しながら昇ること現在3階。
使役しているであろう『昏きもの』の気配は未だに感じ取れない。
「はあ……キミ大丈夫?」
声を掛けるのは通路の片隅で震える子供だ。
夜のトイレにでも行こうとしたのだろう。
ランステッドの到着が遅れていれば、物言わぬ肉塊に変わっていたことは想像に難くなかった。
カタカタと震えながらランステッドを見詰める少年の瞳は恐怖に染まっていた。
(まあ、あんなのに襲われれば当然か)
と、考えたが硝子玉のような目に映る自分の姿を見て、原因はそれだけではないと悟る。
(……ボクもこんなだしね)
助けたとは言え、化け物を切り捨て、血の滴る剣を持つランステッドに恐怖を覚えるのも無理はない。
ランステッドは一度嘆息すると、踵を返して獣の討滅へと戻ろうとする。
「あっ……」
そこへかけられる小さな、消え入りそうな声。
背後にいる少年のものであるのは確かで、ランステッドは立ち止まり首だけ振り返ると、怯えながらもランステッドを見据えた少年の姿があった。
「なに?」
素っ気ない態度のランステッドに体を震わせたが、少年は意を決して口を開く。
「助けてくれて、ありがとう」
「ん、別にキミのためじゃないよ。用事のついでだから、感謝しなくていいよ」
ランステッドの言葉に俯いてしまう少年に、ランステッドは頭を掻いてから剣先で指を軽く傷付けた。
滲み出た血液を操り、ランステッドは槍の穂先のようなものを造り出し、少年に投げ渡す。
「それ、御守り替わりに持ってて。 多分キミを守ってくれるから」
ランステッドは少年が首肯するのを確認すると、前に向き直る。
「良い子だね。じゃ、ボク急ぐから」
そう言ってランステッドは地を蹴り走り出す。
次の階へ通じる階段を駆け上がりながら、ランステッドは『昏きもの』及び使い魔の気配を探る。
(……結構『血晶術』使ったなあ……ロウの血飲んでおいて正解だったね)
先の少年にも自身の血を用いて、武器や結晶を作り出す『血晶術』、それを使って御守りを作って渡している。
自身の血を使用する都合上、当然使える量は限られており。
使い過ぎれば貧血や、最悪死に至る。
(諸々考えると、これでなんとかするしかないかな?)
階段で待ち受けていた化け物を一太刀で斬り伏せ、ランステッドは握った剣を見た。
血の節約、建物への被害を考えると近接武器一つで戦うべきと判断する。
「……よーやくボクに気付いたみたいだし? こっからが正念場かな」
不敵に笑うランステッドの視界には、階段を上がらせまいとする化け物が数匹、ランステッドを見て唸り声を上げている。
「ったく……数で足止めとか……ほんとナンセンスだよね……」
軽い溜め息を吐くと、ランステッドは化け物に向かって手招きをする。
「来なよ……」
ランステッドの挑発を合図に三匹が一斉に飛び掛かる。
『ごめん、ロウ……もうちょい掛かりそう』
ランステッドは身構えながら、契約主へとそう告げるのだった。
+
昇降機が到着の報せを発し、重々しく扉が開く。
ハルハットの病室は昇降機の反対側に位置するため、通路を突き当たりまで進まなくてはならない。
「うっ……」
扉が開いた事で鼻に襲い掛かる臭気に、顔をしかめるロウレニス。
日常では嗅ぐことのない、生臭い鉄の臭い。
6階はまだ被害が少なく、外見自体は問題ない。
臭気はどうやら下の階層から来ているようだった。
「間に合った……かな?」
「それはフウコ様、ハルハット様を保護してからのお言葉では?」
ピシャリ、とロウレニスに言うエリクライト。
「そ、そうですよね。急ぎましょう」
昇降機を飛び出し、通路を駆け抜ける。
院内の通路と言っても、然程の距離ではなく程無くして、通路の中腹に到達する。
上下の階層――上は屋上のはずだが――に通じる階段があるだけのそのスペースに、ロウレニスはある違和感を感じ、立ち止まった。
(屋上のドアが開いてる?)
夜は施錠されているだろう扉が開いて……否、蹴破られたかのように扉はくの字に曲がり、室内とと戸外を分けるという存在意義を喪失していた。
そしてその奥から微かに聞こえてくる獣の唸り声のような音と、何かが砕ける音。
(戦ってる?……まさか!?)
ロウレニスの頭に、ある光景が浮かんだ。
『昏きもの』に襲われるフウコの姿が……。
「……何処に向かわれるつもりですかロウレニス様」
自然と足を屋上の方へと向けるロウレニスを制するのは、冷たい老人の声。
「貴方の目的は病室に向かって、ハルハット様、フウコ様の安全確認及び保護……余計な事には首を突っ込まない方が得策かと」
冷静な言葉にロウレニスは呻いた。
エリクライトの目が語っていた……。
『仮にフウコ様が戦っていたとしても、貴方に出来ることはないです』と。
「貴方がどうなろうと構いませんが、我が主の大事になりますので、それは御遠慮下さいませ」
契約主の突然死、契約した『昏きもの』にとって死活問題となる。
契約鬼は契約主の血だけを吸って生きていけるように、時間を掛けて体を変質させる。
その契約主に死期が迫ると、また時間を掛けて体を元に戻すのだ。
事故や他殺等、突然に死が訪れた場合契約鬼達に調整する時間はなく、いくら血を吸っても栄養も上手く摂れず、満足感も得られない。
そのまま餓死……最悪、自我を失いただ血を求めるだけの化け物に成り果てる。
だからこそ、ランステッド達契約鬼は命懸けで契約主を守るのだ。
「でも……」
屋上でフウコが危ないのであれば、放っておくという選択肢はロウレニスにはない。
ロウレニスが決断出来ずにいると、聞き慣れた相棒の声が頭の中に響き渡る。
『ごめん、ロウ……もうちょい掛かりそう』
下の階層からであろうランステッドの言葉に、ロウレニスは慌てて言葉を返す。
『今戸の辺りにいるの!?』
『んー、4階の踊り場で足止め食らってるとこ』
『足止め……』
と言うことは、ランステッドの言う通りまだ時間が掛かるのだろう。
思案するロウレニスに気づき、ランステッドは心配そうに尋ねる。
『そっちで何かあった?』
『フウコちゃんが屋上で襲われてるみたいなんだ』
『あー……なるほど。いやつくづく健気な娘だねあの娘は……』
ロウレニスの話だけである程度予想が出来たのだろう。
ランステッドは納得した様子で、続ける。
『ん、分かった。そっちはボクが引き受けるから、ロウはハルとか言う娘を優先して!』
一刻を争う事態でランステッドの到着を待っている余裕は無い。
反論しようとするロウレニスに、ランステッドは苦笑する。
『ロウが今にも飛び出したいのはわかるけど、それだけは止めて?ロウに何かあったらボクやだよ?』
窘めるような口調であったが、懇願のような色を帯びた声音にロウレニスは何も言えなくなる。
『大丈夫、場所さえわかればすぐに行けるから。下の雑魚はエリクに任せる』
「御意」
ランステッドが言うが早いか、エリクライトは言うと自身の血で一振りの剣を作り出すと、ロウレニスに柄を向けて突き出してきた。
「私は今から下層へ敵の殲滅へ向かいます。護身用としてお使いください」
「あ、ありがとうございます」
柄を握り、剣を受け取るとエリクライトは手を離した。
ロウレニスの手が剣の重みを感じとる。
見た目より軽く、木の枝でも持っているかのような感覚に、ロウレニスは笑みを浮かべた。
「では御武運を」
そうとだけ言い残し、エリクライトは下の階へ駆け降りていった。
「よし」
ロウレニスも覚悟を決め、ハルハットの病室へと駆け出すのであった。
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