第三節②

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 ロウレニスとランステッドはフウコを連れてルナヴィスにある病院を訪れていた。

 依頼人であるミャリアの娘、ハルハットが入院している場所だ。

 フウコ発見の報をミャリアにしたところ、フウコ自身の要望と、『私は夫の会議で動けないざます』との理由から、直接ロウレニス達がハルハットに会わせにいくことになったのだ。

(色々あって……夕方近くになっちゃったなあ……)

 まずフウコの服を調達せねばならず、服を用意するために事務所に立ち寄り、ランステッドの私服を着せた。結局「ゴワゴワする」と拒絶され、「スースーする」とスカートを脱がれ、四苦八苦した末、ロウレニスのお古のパーカーにランステッドのホットパンツ、という形で落ち着いたのだった。


 しかし、問題はそれだけでなかった。


 病院に行く、となったときあまりに汚いと入るのを拒まれる可能性もある。否、拒まれずともロウレニスの気持ちとして、病院に雑菌を持っていくのは避けたいところだった。

 しかし、半年ほど野性動物同然に暮らしていたフウコは、お世辞にも清潔とは言えず、臭いも獣臭かったのだ。

 前金を貰った手前、事務所の小さい風呂より、もっと広い入浴施設へ連れていこうとしたときに新たな問題が浮上した。

 フウコの耳と尻尾の処遇だ。

 ランステッドの話では、人間態に変化出来る場合、耳や尻尾を隠すことが可能らしいのだが、どうやら人間態になる時間が少かったフウコはそれが出来ない様だった。

 入浴施設を諦め――ランステッドは文句を言っていたが――、事務所(兼自宅)の風呂を使うことにした。

 風呂嫌いかと懸念したが、フウコも乗り気で風呂の準備を始めた。居間で服を脱ぎ出して度肝を抜かれたが。

 ランステッドに隅々まで【荒って】もらい、貸し与えた服に着替えたフウコは見違えるほど綺麗になった。

 紆余曲折を経て病院に辿り着き、今に至る。

 フウコの耳はニット帽を深々と被ることで隠すことが出来たが、大きく世話しなく揺れる尻尾はそうは行かないので、そのままになっている。

『ホントに大丈夫?』

 心配そうなランステッドの声音に、ロウレニスの頼りない声が応える。

『き、聞かれたらアクセサリって言い切ればなんとかなるよ。街中でああいう尻尾みたいな装飾見たことあるし』

『ロウが言うならそうするけどさあ』

 多分、とは流石に言えなかった。

「?どうしたのお兄ちゃん、ランス?早く行こう」

 動き出さない二人を不思議そうに見やり、フウコは首を傾げる。ふわり、と銀色の尻尾が揺れる。

 周りは気付いている様子はなかったが、ロウレニスは気が気ではない。

「なんでもないよ。ていうかランスって言わないでって言ってるでしょ!」

 微かにパチパチとランステッドの髪の毛から、紅雷が放電されており、フウコとは違う意味でロウレニスは気が気ではなかった。

「と、とりあえず行こうか」

 ロウレニスは気がはやるフウコと大衆の面前で、雷を放ち【兼ねない】ランステッドを先に促した。

 それを聞いた人外の少女達は頷き――ランステッドは渋々といった様子だったが――、ロウレニスの後を付いてくる。

 玄関を潜り様子を見ると、面会時間も終わりに近いからかエントランスは閑散としていた。

 白い壁や天上、薄暗い照明も相まって不気味な空間を演出している。

「何?ロウ怖いの?」

 意地の悪そうに言うランステッドは、とても面白そうでロウレニスは強く首を振って否定した。

 受付でハルハットの病室を聞くと、ミャリアが話を通していてくれたのかすぐに対応してくれた。

『ボクが思うに、この娘と顔会わせづらいから来なかったと思うんだ』

『なんか僕もそう思う』

 フウコの預かり知らぬところで、探偵と探偵助手はミャリアをそう分析する。

 真偽は本人がいないので定かではないが、少なからずその気があるのではないかとロウレニスは感じていた。

 階段を上り、上り、6階にまで上った所で階層の奥へと踏み入れる。

「えーと、一番奥の部屋って言ってたよね」

 受付で教わった内容を復唱しながらロウレニスは廊下を歩いていく。

 やはり、夜の病院は恐怖心を煽る不気味さを醸し出していた。

「?」

 ふと右手に暖かな、そして柔らかな感触……そして不自由さを感じ見やると、フウコがロウレニスの腕に抱き付いていた。

 年や身長に似つかわしくないたわわに実った果実が、ロウレニスの手を包んでおり、彼を赤面させるのには十分であった。

「ちょっ!?何してるのかな君!」

 フウコの行動に気付き、ランステッドは声を張り上げる。

「ランスッ!声大きい」

 空いている左手の人差し指で、小さく注意するロウレニスに、ランステッドは一瞬呻き声を上げた後、頬を膨らませてフウコを見据えた。

 フウコはどこ吹く風、といった様子でニコニコしている。

「ハルちゃんがね、フウコが怖かった時にいつもギュッてしてくれたんだよ」

 満開の笑顔で言うフウコに、ロウレニスから微笑が漏れる。

 本能的なのか、ロウレニスの恐怖心を敏感に感じ取ったのだろう。

 無意識の行動であろうが、それが心地よく感じた。

『ロウもなに鼻の下伸ばしてるの!?』

 怒号がロウレニスの頭の中に響き、顔が険しくなる。

 「別にそんなことない」と返そうとしたとき、ロウレニスの左手を抱き付かれた感触が襲う。

 疑うべくもなく、ランステッドのものだ。

 膨れっ面で顔を逸らしているランステッドの体温はフウコよりも低く、少しひんやりとした印象すら受ける。

 それが逆に安心すると言うか……なんというか。

「ラ、ランステッドさん?」

「……ロウが怖いだろうと思って……他意はないから!」

 思い切り他意がありそうな様子で顔を赤くしているランステッドにロウレニスは苦笑し、フウコはその様子を笑ってみているのだった。

 

 

 


 今日は何度目が覚めたろうか……。

 私は重い瞼をゆっくりと開けた。

 視界に広がるのは、白い【天上】……それだけだった。

 太陽が沈み、窓から差す明かりが無くなって、【天上】も暗くなっているが、それだけだ。

 色が多少変わった程度で、代わり映えはしない。

 この数ヶ月、私に許された唯一の光景だった。


――ああ、きっとこれは罰なのだろう。


 あの娘を、フウコを守れなかった私の。

 ずっと一緒に居たかった。

 あの小さな体をずっと抱き締めていたかった。

 母は言った、あれは化物だ、と。

 人でも狼でもない危険なものだと。

 だから捨てたのだと。


――そんなことはない。


 それは一番フウコの側にいた私がよく知っていた。

 でも、止められなかった。

 母は止まってはくれなかった。

 私の手術が決まって気が立ってたのは知っているし、私の事を想っての行動なのも理解している。

 それでも、それでも、だ。

 親友を急に引き離されて、はいそうですか、と言えるほど私は人間は出来ていなかった。

 産まれて初めて母にわがままを言った。

 否、反抗したと言うべきか。

 本当に親不孝な娘だ、何度も自嘲した。

 でも、一目……あの娘に会いたい。

 抱き締めたい。

 その一心だった。


――見付けてくれるかな。


 母もよく見舞いに来て、何処を探しただの誰を訊ねただの報告をしてくれたので、躍起になってくれているのが分かった。

 でも、お礼は言わなかった……否、言えなかった。

 意地になっていた部分もあるし、ましてや自分のわがままで探させているのだ――お礼は見付かってから、と心に決めた。

 でも、捜索から大分経ったが未だ見付かっていないようだ。

 私は半ば諦めていた。

 このまま命を散らすのも悪くはないのかもしれない……天国でならいつかフウコに。

 そんなことをぼんやりと考えていると、ふと母が昼に言っていた話を思い出した。


『探偵を雇った』


 探偵?と首を傾げたくなった。

 私の中の探偵というのが、フィクションのイメージが強いからだろう。

 探偵がペット探しなんて――。

 でも、実際誰でも良かった。

 フウコを見つけてくれさえすれば。

 そう思いながら再び眠ろうとしていたとき、コンコンとノックの乾いた音が病室に響いた。

 こんな面会時間ギリギリに誰だろうか。

 母か……否、面会ではなく看護士の可能性の方が高い。

「どう、ぞ」

 自分でも分かる、か細い声で応えた。

 聞こえただろうか。

「入りますね」

 男性の声だった。

 主治医でも知り合いのでもない、男の人の。

 私は少し緊張する。

 誰だろうか?

 何の用だろうか?

 ドアが開き、私はなんとかドアの方へ視線を向ける。

 入ってきたのは茶髪の黒いスーツを着た人だった。

 初めて見る顔だが、優しそうな顔が私と目が合うと悲痛な面持ちになったのを見て、何故かこちらが申し訳なく思えてしまう。

 そう思わせるほどに、穏やかな人当たりの良い人柄が滲み出ている人だった。

「ハル、ハットさん、ですね?」

 戸惑いがちに尋ねる彼に私は微かだが頷いた。

 それを確認できて安心したのか、安堵した表情を見せてから続けた。

「お母様から依頼を受けた探偵の『ロウレニス=レンフィールド』と申します」

 なるほど、噂の探偵さんか、と一人納得していると、ロウレニスさんは言う。

「喋るのは辛そうですから、返答は頷いたりしていただければ結構です」

 ロウレニスさんの声はとても穏やかで、緊張していた私の心も解していく。

「僕らはミャリアさんに聞いた話ですが、探しているのは『月牙の民』……人狼と言われる存在というのはハルハットさんはご存知で?」

 当たり前だ、それが理由で捨てられたと聞いたのだから。

 私の小さな反応を見逃さずにロウレニスは満足そうに頷いた。

「では、一つお聞きします。本当に人智を超えた存在と会いたいですか?もう一度一緒に暮らしたいと思えますか?」

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