第二節『紅の少女と銀の少女』
第二節①
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夢を、見た。
とても暖かく、優しい夢だ。
目の前には友達がいて、私に駆け寄ってきてくれる。
私は彼女を抱き上げ微笑むのだ。
ずっと、ずっと一緒に居よう、そんなことを思いながら。
――ああ、だけど
そこで、私は目を覚ます。
もう彼女は自分の隣には居ない。
所詮は私の願望が見せた幻だ。
今、私の視界に広がるのは白い天井に、白いカーテン、白いシーツに白いベッド。
この部屋は何もかもが白い。
私の着ている服さえも。
私は友達に手を差し出すかのように天井に向かって手を伸ばそうとする。
でも、思うように腕が上がらずに苦労した。
視界が滲んだ。
こんなところで寝ている場合でないのだ、友達を……彼女を探しにいかねばならない。
でも、いくら体に命じても体は言うことを聞いてはくれない。
腕を上げるだけでもこの様だ。
私は死ぬのだろうか。
死ぬ前に一目でも良い、彼女に……彼女に会いたい。
会って撫でてやりたい、抱き締めてやりたい。
そして謝りたかった。
「会いたいよ……フウコ……」
自分でも驚いてしまうほど、今にも消えてしまいそうな声音を聞き、情けなさを感じながら私の意識はまた落ちていった。
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「まず、娘……ハルハットの話をするざます――」
どこか懐かしむような、穏やかな口調でミャリアは話をしてくれた。
娘『ハルハット=ハーベルデング』は生まれつき体が弱く、突然倒れたりベッドに寝たきりになったりすることが多く、入退院を繰り返したのだそうだ。
そんな彼女にある転機が訪れたのは、ほんの数年前のことだったという。
「退院して、すぐの帰り道だったかしら……ハルが歩いて帰りたい、と言って歩いていた時に出会ったんざます……銀色の毛並みを持つ子犬に」
依頼の話に出てきたフウコのことだろう。
「酷く衰弱していて、足元もおぼつかず、今にも命が消えてしまいそうな様子でした」
ハルハットはその姿を見て放って置くことはできず、躊躇するミャリアを押し切って連れて帰ったのだそうだ。
もしかしたら、弱っている子犬に自分を重ねていたのかもしれない。
「連れて帰った子犬はすぐに元気を取り戻したざます」
回復した後も家に置いた子犬は人懐っこく、すぐにハルハットとも打ち解けた。
命の恩人だと理解しているかのように、常にそばに寄り添い触れ合った。
ハルハットも妹が出来たかのように可愛がり、それはもう仲が良い姉妹のようだったそうだ。
「アニマルセラピーとは良く言ったもので、娘の容態も次第に良くなって行ったざます」
眩しいものでも見るように、ミャリアは目を細めた。
でも、と声のトーンを落とすと続けた。
「一度も健康診断などしていなかったもので、獣医の方に診ていただいたざます」
そこで、ミャリア達はフウコがただの犬ではなく、狼であることを知ったらしい。
それも獣医も知らないような、特異な種の――。
「専門家でも知らない狼。 不気味に感じたワタシと主人は、さらなる情報を求めて狼を研究している方に話を聞いて回ったざます」
ハルハットは変わらずにフウコと一緒に居ることを望んだという。
しかし、両親の疑念は晴れなかったのだ。
「丁度その頃に娘の持つ持病の治療法が確立されて、手術の算段を付けていた時期で、ピリピリしていたざます」
そして出会った一人の研究者の言葉に、ミャリアはある決断をした。
「その研究者はフウコの写真を見るなり、大声で喚き立てて、「やはり、絶滅していなかった! まだ月の牙は折れていなかった!」と」
研究者はフウコの事を話を始めると、開口一番にこう言ったそうだ。
『この狼は『月牙の民』……化物ですよ』
家族同然で一緒に暮らしてきた存在が化物である、と言われたときの衝撃は相当なものだろう。
ロウレニスの表情が僅かに曇る。
「『月牙の民』について色々と聞かされたざますが、化物と言われて頭が真っ白になっていたので、頭に入ってこなかったざます」
当然の反応だろう、とロウレニスは頷く。
「ともあれ、ワタシ達夫婦は話し合ってフウコを捨てることに決めたんざます」
少しでもハルハットの手術に害を為す可能性があるのならば、排除しておきたい。
化物がいつハルハットを襲うかも分からないのだから……。
「麻酔で眠らせ、檻に入れ飛空挺で大きな森の深部まで飛んで、捨てたざます」
手術の日取りを決め、あとは手術を待つだけであったのだが……ハルハットが拒絶の意を示したのだ。
「『フウコが居ないなら、手術は受けません』、あの娘があんなにキッパリと意見を言うなんて、と驚いたざます……」
娘の成長を喜んではいるが、状況が状況である。
ミャリアの表情は複雑だった。
「でも、持病が悪化して今ハルはとても危険な状況ざます。 手術を受ければ助かるざます!」
穏やかだったミャリアの口調が悲痛な物へと変化していく。
「お願いするざます! 娘を助けて下さい!」
深々と頭を下げるミャリア。
「……キミ自分勝手過ぎない?」
しかし、ランステッドの言葉は冷たい。
種族は違えど、似た立場のランステッドからすれば、ミャリアの取った行動は身勝手極まりないだろう。
それは重々承知の上であるのか、ミャリアは何も言わずにランステッドの言葉を聞いている。
「正直、ボクは乗り気じゃないかな……」
深い溜め息を吐きながら、ソファーに身を沈ませていくランステッド。
「まあ、キミにそう言った所で意味はないんだろうけどさ」
言いながら相方を見やるランステッドに、ロウレニスは頬を掻いた。
「あはは……」
苦笑を浮かべながらロウレニスは口を開いた。
「ミャリアさん、その依頼お引き受けします」
ロウレニスの言葉に、ミャリアは顔を上げた。
ランステッドの話を聞いて断られると思ったのか、その顔には驚愕の色が貼り付いていた。
「ランスはああ言いましたが、娘さんを思う気持ちはきっと間違っていません……だから、僕たちに任せてください」
微笑みながら言うロウレニスに、ミャリアは何度も何度も、頭を下げ礼を言うのだった。
「はあ……ホントお人好しなんだから」
頭を下げ続けるミャリアに慌てるロウレニスを横目で見ながら悪態を吐くも、ランステッドの口元には笑みが浮かんでいた。
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「まさか、昨日の今日で……また此処に来ることになろうとは」
そう言うロウレニスが立つのは、先日猫探しに出向いた森の入り口である。
ミャリアがフウコという人狼を捨てたのが、この森なのだから最初に探すのは此処しかないだろう。
昨日と違い太陽が昇っているため――昨日は捜索中に日が暮れただけなのだが――、受ける印象は大分違う。
森の中は木々で薄暗いであろうが、動物達が活動している時間のため、退屈はしないだろう。野生動物に狙われる、という危険性もあるのだが。
ちなみに、エリクライトは事務所で留守番をしている。
「しっかし……お金持ちって凄いんだね」
依頼を受けた時は拗ねていたランステッドであったが、ミャリアが前金と言って差し出してきた金額を見て、(ロウレニス共々)衝撃を受けたようだ。
「前金で、僕等の半年の生活費賄えるからね……」
自分で言って情けなくなるロウレニスだったが、人命もかかっている上に報酬も大きいとなると、モチベーションも高まるというものだ。
いつになくロウレニスの顔はやる気に満ち溢れていた。
「よし、じゃあ行こうかランス」
「はあ……遊びに行きたかったなあボク」
「うっ……こ、この依頼終わったら、出掛けようよ?」
「ホント!? 約束だからねロウ?」
そんな他愛のない話をしながらロウレニス達は森へと足を踏み入れていく。
薄暗くはあるが、木漏れ日のお陰で全く見えない訳ではなく、むしろ影と光のコントラストが見るものに幻想的な印象を与えている。
「綺麗だねランス」
素直に感想を漏らすロウレニスだったが、ランステッドからの返答は無い。
不審に思ったロウレニスが再度声を掛けようとすると、口を人差し指で抑えられた。
『ロウ、ちょっと静かに……何か聞こえる』
口を開いていないにも関わらず、ランステッドの声がロウレニスにハッキリと届く。耳にではない。
ロウレニスの頭の中で直接ランステッドが喋っているかのような感覚。
契約を交わした契約主と契約鬼が行使可能な『念話』である。
言葉を発することなく、相手に意思を伝えるこの手段は有用で、戦闘中は勿論のこと夕飯の相談にも役立てる事が出来る。
『何か……って?』
ロウレニスは念じ、問う。
『ん、何か……遠くから、大きい音がして……戦って、る?』
耳を澄まし、音の正体を探ろうとするランステッド。
相棒の推察を聞き、ロウレニスは思案する。
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