第一節④
それを見かねたのか、エリクライトが嘆息を吐きながら姿を現した。
「どうやら、依頼の方のようですぞ?」
エリクライトの言葉にロウレニスとランステッドは一瞬固まり、正反対の反応を見せた。
片や、待望の依頼ということで期待感を露にする男と、開いた口が塞がらない女吸血鬼。
「は、早く出ないと」
玄関の方へと急ぐロウレニスを見送りながらランステッドはエリクライトを睨み付け、悪態を吐く。
「そういうときは黙っててよエリク」
「申し訳ありません。ご婦人が困っているのを見過ごすのは主義に反するもので」
「婦人?女の人なの」
若干不機嫌そうなランステッドの問いにエリクライトは首肯を返した。
「姫様が心配なさるような方ではありませぬ故、御安心を」
「それは、どういう意味かな?」
「有名なペット専門の探偵の方ざますか?」
エリクライトが答えるより早く玄関の方から、甲高い女性の声が聞こえてくる。
声の様子から、年若いという印象はなくそれなりに年を重ねている様だ。
「……………………そうです」
ロウレニスの返答の間に、強い葛藤があったのをランステッドは感じ取った。別段ペット専門を謳っているわけではなく、色んな調査を受け付けている。だが何の因果か、事務所に来るのはペット探しの依頼ばかりで、いつしか『ペット探しのプロ』とかいう不名誉な噂が立っているのが現状である。
「依頼があるざます。よろしいざますか?」
「え、ええ……どうぞこちらへ」
心なしか声の小さくなったロウレニスが女性を伴って、居間兼応接室に戻ってきた。その姿を見て、ランステッドは笑うのを堪えるのに必死――。
「ブッ」
否、吹き出した。
小柄な……それこそランステッドと同じくらいの女性だが、パーマが掛かった茶の髪はまるで球体をとって付けたかのようで、顔の面積より明らかに髪の方が大きい。
その小さな顔も丸顔で、赤縁の三角眼鏡が嫌に際立って見える。
極めつけが体型も極めて丸く、髪の毛を合わせ四つ球体を積み上げた物に、手足を生やしたようで――。
着ている服もラメが入ったようにきらびやかなものを着ており、それがはち切れんばかりに張っている。
「あはははは! すっごい人間も居るんだね! ボクびっくり!」
「ラ、ランス!!」
折角の依頼主が怒って帰ってしまう、というのはロウレニスとって避けたい展開だが、逆に遊びに行きたいランステッドにとっては願ってもない事である。
両者の思惑が交錯する中、依頼人である女性は微笑み、口を開く。
「子どもは笑顔が一番ざます」
その一言でロウレニスは安堵し、ランステッドは心の中で悪態を吐いた。
ロウレニスは女性を居間の中央に置かれたソファーへ女性を誘導し、座るのを確認してからランステッドと共に女性と向かい合うように腰を下ろす。
当然ロウレニス達が座っているのが、普段ロウレニスがベッドとして使っている方だ。
「もっと汚いのを想像してたざますが、よく整理なされてるざます」
「きょ、恐縮です」
建物自体が古いせいか、入ってきた依頼人によく言われる言葉だった。
依頼人に気持ちよく話して貰えるよう、ロウレニスはマメに掃除をしているし、壁に置かれた書類棚もしっかりと整頓をしている。
さらにはエリクライトもロウレニスが掃除出来ない時に事務所を整えてくれていた。
窓際に置かれた観葉植物もエリクライトがどこからか持ってきたもので、毎日彼が世話をしている。
ランステッドは……専ら散らかす担当である。
「では、依頼の話を聞きましょう」
少し声音を鋭くしつつ、ロウレニスは女性に話を促した。
ロウレニスの微細な変化を知ってか知らずか、女性は頷きを返して口を開く。
「先に自己紹介ざますね。 私は『ミャリア=ハーベルデング』と申すざます」
『ハーベルデング』、という名前にロウレニスは目を見開いた。
「え!?ハーベルデング!?」
「あら、知っていたざますか」
当然だ、と言わんばかりにロウレニスは首を縦に振った。
此処、ルナヴィスに住む人間ならば知らぬ者は居ないだろう、という位には――人外であるランステッドは首を傾げていたが――ハーベルデングの名は知れ渡っている。
ルナヴィスに本社を置く自動車会社『ハーベルデング』は、大陸全域に名を轟かせる大企業である。
ご丁寧に名刺を添えるあたり、出来た女性なのだろう。
手渡された名刺を見ると、代表取締役の妻、ということらしい。
そんな大事業の夫人が何の用なのか、ロウレニスは緊張で身を固くする。
「今回の依頼はこちらざます」
そう言ってミャリアと名乗った女性は手持ちの鞄から1枚の写真を取り出した。一人の少女が映った写真だ。
年はロウレニスより少し若い位で、長い黒髪を靡かせる様は美少女と呼ぶに差し支えない。
少女は白いワンピースを着てこちらに微笑み掛けていたが、その白い肌と儚げな笑みが、彼女を浮き世離れした印象を与えているようだった。
顔色はあまり優れないようで、何かの病気を患っているのかもしれない。
写真から少しでも情報を汲み取ろうとするロウレニスだが。
「ッ!」
足の甲に鋭い痛みが走り、顔をしかめた。
足元を確認せずともランステッドが足を踏みつけたと分かる。
今回だけでなく、幾度となく足を踏まれているロウレニスには体が覚えているのだ。
「ふんっ」
糾弾したところで、ランステッドはそっぽを向くだけであり、いつものことなので、痛みに耐えながら話を進めることにした。
依頼人の前で格好悪い姿を見せるわけにもいかない。
「この女性を探せば良いんですか?」
少女を指差して尋ねるが、ミャリアは首を振って否定する。
「探して欲しいのは、娘でなくその腕の中の子犬ざます」
よく見れば――意識的に見ない振りをしていたが――少女は銀色の毛並みの犬を抱いており、仲睦まじく写真に映る姿は両者の信頼感を感じさせるのに十分だった。
(しかし、またペットの捜索かあ……いや、玄関入ってきた時から言ってたもんね……)
大企業からの依頼という期待もあったが、蓋を開けてみれば娘のペット探し。
久々にペット以外と関われるかと期待したロウレニスは肩を落とした。
娘のペットを探すのに、探偵を雇うとは随分と羽振りが良い…………とここまで考えたロウレニスはある一点に気付いた。
――娘、という言葉の存在に。
「「娘ぇ!?」」
ランステッドも同様だったらしく、何度も何度も写真とミャリアを見比べる。
視線に気付いたのかミャリアは満面の笑みを浮かべて言う。
「ワタシに似て美人ざましょ?」
冗談なのか、若い頃は似ていたのか、それとも父親が美形なのか、はたまた突然変異が起きたのか……ロウレニスが判断出来る材料が如何せん少なすぎた。
ロウレニスが出来ることはただ愛想笑いを浮かべるだけだった。
これにはランステッドも口をあんぐりと開け、衝撃を受けていたようだ。
「と、まあ話を戻すざますが、貴殿方に探していただきたいのはその子犬ざますが――」
「犬じゃない……この子『月牙の民』でしょ?」
ミャリアの話を遮る形で、ランステッドは言う。
説明しようとした事を先に言われたことで、ミャリアの顔に驚愕が浮かんだ。
「『月牙の民』?」
ロウレニスが尋ねると、ランステッドは言葉を紡ぐ。
「所謂『人狼』って奴だよ、キミ達のいうところのね」
人狼、『狼男』『狼女』とも呼ばれる半人半獣の化物として知られる。
満月を見て変身する、銀の銃弾が弱点である、といった逸話を持っている。
「人狼もいるんだ……」
「そ、ていうか。 キミ達が噂とか都市伝説って言ってる怪異は大体そのモチーフが存在してて、生きてるんだよ」
ランステッドと出会って、何度か怪異に遭遇しているロウレニスだが、まだまだ知らない種がありそうだ。
「でも、『月牙の民』は絶滅したって聞いてたけど……」
ランステッドの話を目を丸くしてミャリアは聞いていたが、目を伏せ安堵した様子で呟いた。
「『本物』ざますね」
「本物?」
言葉の真意が分からず、ロウレニスは聞き返した。
「いえ、今回の依頼をするのに、知人から話を伺って何件も人外を扱ってくれそうな会社や役所に声を掛けたざます」
ミャリアは首を振って続けた。
「誰もまともに取り合ってはくれなかったざます」
「だろうね」
言いながらランステッドは鼻で笑った。
「キミ達は自分の物差しでしか物事を見ない。そして未知は見ない振りをする。だから吸血鬼や人狼を架空のものだなんて言うんだ」
『昏きもの』、ランステッドの言葉にロウレニスは身に覚えはあった。
ランステッドと出会わなければ吸血鬼が実在するとは知らず、信じることもなかったろう。
ミャリアは驚きながらランステッドを見るが、納得したように頷いた。
「可愛い吸血鬼もいたものざますね」
「誉めても何も出ないよ」
ランステッドは少し頬を赤らめ、ミャリアから目を逸らした。
ミャリアは気分を害した様子はなく、微笑を浮かべながら続けた。
「そんな中、あるご家庭の息子さんがこの事務所の名前を言っていたんざます」
『口コミ』というものだろうか、とぼんやり考えながらミャリアの言葉を待つ。
「『あの探偵さんは、妖精さんを見つけてくれたんだ』って」
心当たりはあった。
半年くらい前になるだろうか、十歳ほどの少年が両手いっぱいの硬貨を持って依頼に来たのだ。
――妖精さんを探して!
その時の少年であろう。
「神の思し召しだと感じたざます……でも、全くの出鱈目、という可能性も考えていたざますが……貴殿方は信頼出来る、と言うことがわかったざます」
穏やかな笑みだった。
何か、肩の荷が下りたような。
「では改めて、依頼の話をさせて頂くざます。 探していただくのは『月牙の民』、名前を『フウコ』。 娘の親友ざます」
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