波乱の東京ゲームショウ

 

 9月14日。

 いよいよこの日がやってきた。


 東京ゲームショウは言わずと知れた日本最大のゲームの祭典。世界各国から多くのゲーム会社が出展して、新作ゲームの体験や発表で賑わう。

 開催日数は4日間。関係者のみのビジネスデイ、誰でも来場できる一般公開日を合わせて来場者数は例年30万人近くだ。


 先日ビジネスデイを終えたが、関係者からは大絶賛の声が寄せられた。クエストドアをプレイした人たちは驚きと感動で衝撃を受けていた。なかなかゲームを止めようとしないプレイヤーもいて、強制停止せざるを得なかったほどだ。


 ネット記事やSNSではクエストドアに対する書き込みであふれかえっていた。


『これは世界が変わる、マジで』

『むちゃくちゃ楽しみだ』

『早くやりてー』

『チケットください』

『20万でどうですか』

『買います』

『あげるわけねぇだろwww』


 一般公開日に合わせて、クエストドア先行体験のチケットは前売りで完売。抽選で選ばれた200人のプレイヤーしか体験できないのだが、せめて一目見ようと大量のゲーマーたちが押し寄せていた。

 舞台である幕張は、8月も終わったというのにすさまじい熱気で包まれていた。会場の外にはすでに長蛇の列ができている。


「とうとう来ましたね」


 セーラー服姿のノーランが、扇風機の風にスカートをはためかせている。何度見ても可愛い。結局コンパニオンは本当にノーラン1人だけになっていた。

 

 俺の役目はサクラさんとともにチケットの確認と列の整理をする事。あとの湯川さんチームで体験プレイヤーの体調推移を見守る。異常があったらすぐにゲームを停止する万全の体制が整えられている。

 ビジネスデイでは何の問題もなくプレイできていたので、今日も上手くいくように祈るしか無い。


「では皆さん今日も頑張っていきましょー!」


 花村さんの快活な声とともに缶コーヒーで乾杯する。BMIの調整であまり寝ていないハルちゃんと湯川さんはユンケルだ。


 9時半。

 あまりにも行列が長いため、早めに東京ゲームショウは開幕することになった。各ブースのモニターのスイッチが入れられて、様々なゲームのBGMが会場内で大合唱を響かせる。

 その音の間から、大軍の歩兵のように足音を響かせてゲーマーたちはやってきた。腹を空かせたチーターのごとく一直線にネオタアリのブースへと向かってくる。


「ちゃんと時間で区切られているのに……!」


 猛スピードで走ってくるゲーマーたちを見て、花村さんたちは愕然がくぜんとした。

 行列に並んでいた人たちの狙いはクエストドアだ。しかし体験プレイはあらかじめ時間別のチケットを配っているから、予約なしで来られても意味がない。


 あの軍団はそのことを知らない人や、あわよくばプレイできるのではないかと考えている人がほとんどだろう。

 このままだと会場が大混乱に陥る。あんな人数でこられたら体験プレイなんてできない。東京ゲームショウも中止だ。


 ドドドドドドドド


 我を失った大群は屈強な警備員たちでも止めることができなかった。どんどん俺たちの方へと近づいてきている。いち早くフルダイブゲームを手中に収めるために、走るスピードを速めている。チーターどころではない、風の谷を襲う王蟲おうむの大群だ。


 地鳴りのような足音を聞いて、花村さんたちが慌てふためている。

 

「このままだと体験プレイどころではなくなってしまいますよ!」

「一旦ブースを閉めるか!?」

「いや、ちゃんと対策を打ってあります! いけ、ノーラン。電光石火だ!」

「は、はい!」


 俺の合図でセーラー服姿のノーランが飛び出す。大群の正面、最も危険な位置で相対する。

 衝突したら怪我しかねない場所。そこで不安そうな顔のノーランが立ちすくんでいる。その勇ましさは王蟲の大群に立ち向かうナウシカそのものだ。


 ノーランの決死の行動を見て、慌てて花村さんが止めにかかる。


「何をしているんですか!? ノーランくん、危険です! 下がってください

!」

「大丈夫です! ノーラン、スカートに手をかけるんだ!」


 俺の言葉を聞くとモジモジしながら、ノーランはスカートに手をかけて少しだけめくった。


「こ、こうですか……?」

「もっと……奴らに見せつけるように!」


 顔を真っ赤にしたノーランが、下着が見えないギリギリのラインまでスカートをめくっていく。これはすごく背徳感がある。

 突然現れた女子高生(ノーラン)に、走っていた人々はギョッと驚き目を見開いて、叫び始めた。


「……止まれー! 女子高生だー!」

「停止ー! 停止ー!」


 どよめきとともに徐々に大群はスピードを緩めていく。そして俺たちのブースの一歩手前でノーランを囲むように扇型に広がっていった。


 作戦通りだ。


 誰も彼もノーランの姿に目を奪われている。男だろうが女だろうが、目の前にニーハイ女子高生が現れて立ち止まらない人間はいない。

 

 今がチャンス。

 ノーランの横に飛び出して、大声を張り上げる。


「クエストドア体験プレイ、10時からのチケットをお持ちでない方はお下がりくださーい! なお当日券は販売しておりませーん!」

「チ、チケットをお持ちでないお客様はお下がりくださ〜い!」


 ノーランも甲高い声を振り絞って、狂える集団に呼びかける。ギラギラと目を血走らせていた人々は、ノーランの呼びかけによって徐々に正気に戻り、歩みを止めていった。


「……10時以降の順番の方はこちらでーす」


 そして完璧なタイミングでサクラさんが待機列の看板を持って現れる。これがとどめ。理性を取り戻したゲーマーたちは大人しく解散し始めた。

 チケットを持っている人のみが行儀よく列に並び、その他の人たちはノーランに誘導されて他のブースの方へと歩いて行った。


 その姿を見て花村さんたちはホッと胸を撫で下ろした。


「やりましたね……」

「完璧なチームワークでした」


 本当にノーランはよくやってくれた。彼がいなかったらあの暴徒を抑えることはできなかっただろう。東京ゲームショウの平和はこれで保たれた。

 あとは最後までクエストドアが問題なく作動することと、ノーランが暴徒ぼうとに襲われないように祈るだけだ。




◇◇◇

 



 東京ゲームショウでのクエストドアの体験プレイは20分間。

 チュートリアルマップと最初の町まで冒険できるようになっている。総力を挙げての調整でこの辺りのバグは完全にチェックしてある。祈らなくてもBMIは順調に作動していた。


 ビジネスデイと同様、クエストドアの評判は絶好調。体験プレイヤーの誰しもがBMIを絶賛した。この賞賛の声をぜひともネオタアリのみんなにも届けてあげたい。今日は休日で、ほとんどのスタッフはスヤスヤととこにふせっているだろうけれど。


 1日目を無事に終えて、翌日もクエストドアは大盛況だった。最終日ということもあって来場者も多かったが、大きな混乱なく体験プレイは運営されていた。

 

 体験しているプレイヤーだけでなく、モニターでプレイ動画を見ているお客さんたちからも歓声が上がっている。ノーランの注目ぶりと合わせても、東京ゲームショウでのネオタアリはまさしく台風の目。大成功と言って良いだろう。


 大きなトラブルも今の所は無い。

 フルダイブ型ゲームが楽しく安全なものだという認知がこれで広まれば、クエストドアは歴史に名を刻むゲームとなる。観客の反応を見て、俺たちの胸はますます熱くなっていた。


 だが、そんな甘い考えを持ったのもつかの間。時計が4時を回った後、事態は思わぬ方向に転がり始めた。


「……あれ?」


 体験プレイのブースから花村さんがうろたえる声が聞こえた。計器を見ている湯川さんやハルちゃんも顔をくもらせている。


 一体何が起こったのだろう。

 チケット確認の手を止めてモニターの方をのぞき見ると、とんでもないものが映し出されていた。


「アウトサイダー……!」

「マジですか!?」

 

 サクラさんも手を止めてモニターの方を見る。

 

 モニターに映し出されていたのは例の白い空間。俺が最初に到着した場所と全く同じだ。1人の体験プレイヤーがなぜか最初の町から離れて、アウトサイダーがいる空間に入り込んでいた。


 慌てて湯川さんが強制停止ボタンを押しているが、機能しないようだった。そうこうしている内に画面の奥から例の黒い影が現れた。間違いないアウトサイダーだ。


 でもどうしてこのタイミングで……。

 花村さんたちも動揺が隠せなくなっている。


「て、停止しない!?」

「まずいぞ!」

 

 BMIのスイッチは切られているはずだが、ゲームが終わる様子はない。

 湯川さんがモニター席からノートパソコンを移動させて、プレイヤーのBMIに直接つないだ。


「ハル、BMIを再起動させて流れている脳波の逆位相のものを転送しろ。対信号を使って、強制覚醒できるかもしれない」

「あれはまだ実験段階じゃが……!」

「やるしかない!」


 湯川さんたちも慌ただしく対応しているが、無情にもアウトサイダーはプレイヤーの方へとゆっくりと近づいてきていた。モニターを見ている観客からどよめきが起こる。


 もうちょっとで体験プレイも終わりだったのに。最悪のタイミングだ。

 こんな衆人環視のイベントの真っ只中で、アウトサイダーが出てきてしまった。あれは俺の幻覚などではなかったのだ。


 隣に座っているサクラさんも唖然とした顔で、モニターの黒い影を見ていた。


「本当にいたんですね……今まで見えたことなんて無かったのに」

 

 アウトサイダーは前回の遭遇以降、2ヶ月以上姿を現していなかった。

 結局デモ版が完成しても、アウトサイダーのことは解決しないままだった。

 開発部の人たちも一丸となって、バグの再発を試したが上手くいかず。結局俺の体調不良によって起こした幻覚のようなものではないか、という説が濃厚になってしまっていた。


 しかし今回、寄りにもよって体験プレイの真っ最中に現れてしまった。しかも今までとは違い、モニターにアウトサイダーの姿が表示されている。目に見えるものとして映し出されてしまっている。


「あ……あ……」


 体験プレイヤーの男性も突然の出来事に、口をあんぐりと開けて動けないでいる。何が起きているか理解できていないのだろう。

 「回避してください」という花村さんのアナウンスは彼には聞こえていないようで、放心状態で立ちすくんでいた。


 ただ事ではない様子にモニターを見ている人々のざわめきが、段々と悲鳴に変わってきている。

 黒い影は俺の時と同じようにモヤモヤと人の形を保ったまま、プレイヤーに触れようとしていた。ゆったりと動く触手のような手が視界を覆い尽くそうとしている。


 そのモヤがほほに触れるのと、湯川さんが対信号を流したのはほぼ同時だった。

 ハルちゃんが「オッケーじゃ!」と叫ぶと、ノートパソコンを持った湯川さんはすぐさまエンターキーを叩いた。


 カチッという音とともにモニターに黒いノイズが走った。湯川さんの持つノートパソコンに『遮断完了』というテキストが表示されている。


「……上手く行ったか?」


 湯川さんが恐る恐るモニターの方を見る。暗転した画面にはもう何も映っていなかった。ゲームは完全に停止している。

 

 アウトサイダーと接触したプレイヤーは荒く息を吐いていたが、意識はあるようだった。駆け付けた救急隊の手を借りて、医務室の方まで歩いていく。

 とりあえず大事には至ってなさそうだ。湯川さんたちがホッとして息を吐く。


 ……だが、それで解決したわけではなかった。運の悪いことに、一連の事態は会場の人々の注目を集めてしまっていた。

 俺たちの慌てようから、何かまずいことが起こっているのはわかっているようだった。スマホのシャッター音がバシャバシャと会場のいたるところで鳴っている。

 

 フルダイブ型ゲームで妙な事態が起こっている。


 会場内で騒動の噂が広まり、人が集まりつつあった。

 だが何の説明もアナウンスもすることが出来ない。俺たちでさえ理解できていない現象だ。説明しようにも何と言って良いのか分からない。原因不明のバグです、と言えるはずもない。


 他の体験プレイヤーのBMIも強制停止させている俺たちを見ながら、来場者はザワザワとどよめいていた。


「え? 何が起こったの?」

「演出……だよね?」

「これってホラーゲームか」

「そんなことないでしょ」

「大丈夫かな。あの人」


 そんな会話は、そのままBMIに対する不安へと変わっていた。

 唯一の救いだったのは、この回が一般公開日での最後の体験プレイだったということ。その後のプレイを全て中止することもなく自然に終えることができた。

 

 もし途中で中断していたとしたら、混乱は今以上のものになっていただろう。


『イベント終了の時間になりました。ご来場ありがとうございました。お近くの出口からお帰りください』


 閉館のアナウンスとともに、警備員たちに押されて観客たちが帰っていく。通り過ぎていく人たちは心配そうにフルダイブ型ゲームを見ていた。「本当にこのゲームは安全なのだろうか」という疑惑の視線が俺たちに向けられていた。

 

「そんなことが……」


 セーラー服姿のノーランが帰ってきて、事情を聞くと絶望した表情になった。途中まではうまくいっていたのに、最後の最後で想定外の事態が起きてしまった。

 湯川さんやハルちゃんが急いでプレイヤーのログやアウトサイダーの痕跡を探したが、撤収の時間となっても見つけることは出来なかった。

 

 幸いにもアウトサイダーと出くわしたプレイヤーは、何の異常も見られず元気に帰っていった。脳波の検査もしたが、俺と同じように健康そのものだったそうだ。むしろいつもより調子が良いとケロリとした様子で帰っていたのを見て、花村さんたちも少しだけ安心していた。


 ただこのアウトサイダー事件の影響は大きかった。

 事件はSNSを通して大きく広がっていった。事件の一部始終を記録した動画のリツイート数も日本記録を更新して、翌朝のワイドショーもこの話で持ちきりだった。


 誰も本当の真実を知らないというのが余計にたちが悪かった。噂が噂を呼び、フェイクニュースがフェイクニュースを呼んだ。何せ俺たちにも真実が分からないのだから、それを押しとどめることは不可能だった。


 事件の波紋はどんどん広がり、巨大な波となってネオタアリを襲おうとしていた。

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