GWだよ、全員退社。


 5月に入り、待ちに待ったゴールデンウィークが始まった。ネオタアリでは8日間の休日をもらえる。デバッグ部も開発部もデザイン部も営業部も販売部も、きちんと休日が支給されるのだ。

 たとえどんなに忙しくても休息はとるべきだと、創立から変わらない社長命令らしい。お陰でゴールデンウィークは一部の部署を除いて強制的に休日となる。どんなに忙しい社員もこの連休だけは、家に仕事を持ち帰ることすら許されない。


 連休前の最後の就業が終わり、フロア全体の電灯が落とされた。社長代理である花村さんを手伝って、デバッグチームのみんなで異常がないか見回りをすることになった。


 パソコンの電源すら落とされた社内はシンと静まり返っていた。とっくに社員は帰宅する時間だし、残っている人はいなさそうだ。


「異常なさそうですね」

「いえ、毎年2、3人はいるんですよ。油断しないでください」


 花村さんがそう言うと、ガタッと掃除用具を入れるロッカーの方から物音が聞こえた。


「そこだっ!!」


 花村さんが華麗なターンを決めて、懐中電灯でロッカーを照らすとガタガタと小刻みに揺れているのが分かった。

 恐る恐る扉を開けると、隠れていた開発部のスタッフが飛び出してきた。ゴキブリのように逃げ回るスタッフの身体を慌てて確保する。


「うわあああ! 離せえええ!! このままだと仕事が終わらないんだああああああ!!」


 叫び声をあげて、必死に逃げようとするスタッフ。何だか可哀想になってきたが、これも仕事だ。仕方がない。

 取り押さえたスタッフを花村さんに引き渡す。もだえるスタッフの頭を花村さんがナデナデする。


「はーい。残った仕事は連休明けにやりましょうねー。社員みんなで手伝いますから、1人で抱え込まないよーに」

「ううう……」


 花村さんに優しくさとされて、スタッフはがっくりとうなだれる。流れる涙をぬぐって彼はスゴスゴと帰っていった。


「この一斉休日は社員が抱えているタスクを確認する日でもあるんです。1人で抱え込み過ぎていないか、早い段階で見つけるための休日なんです」

「なるほどー」


 感心したのも束の間、あちらこちらで物音がしてノーランとサクラさんの叫び声が聞こえた。


「花村さん見つけました!」

「……こっちも」


 さっきの人と同じように逃げ回る職員を、みんなで手分けして取り押える。誰も彼も一様にムンクの絵画のごとく叫んでいたが、花村さんにナデナデされると諦めて帰って行った。この短時間でザッと5人は捕まえることができた。


「こんなところですかね……」

「いえ、まだいるはずです」


 花村さんは諦めていないようだった。

 まだ点検していない部屋。「社長室」と書かれたドアを照らす。社長が入院して以降、鍵すら開いていなかった扉だ。


「ここには誰もいませんよ。鍵かかってますし」


 俺の言葉に首を横に振って、ガチャガチャと鍵を開けて中に入っていく花村さん。薄暗い社長室には机が1つ置かれていて、壁はびっしりと本で埋まっていた。

 懐中電灯で照らしていくと、机の下へと隠れていく人影が視界に入った。慌てて追いかけて光で照らすと、見覚えのある顔がそこにいた。


「ハルちゃん、湯川さん、何やっているんですか……」

「ちくしょー……ここまで探してくるとは」


 大きく舌打ちして立ち上がる湯川さん。ハルちゃんはこっそり逃げようとしていたが、あっさりと花村さんにキャッチされてしまった。


「BMIの調整をしたくてのう」


 ハルちゃんは眉を下げて上目遣いで俺たちを見上げた。その瞳はウルウルと涙ぐんでいた。泣き落としにかかっているようだ。確かに可愛らしいが、我らが花村さんはそんなことでは動じなかった。


「ダメですよー、これはお祖父ちゃんからの命令なんですから。社長の命令は絶対です」

「残念……」


 ハルちゃんはしょぼんと肩を落としてため息をつく。そんな姿も愛らしい。

 湯川さんも抵抗するかと思ったが、あっさりと社長室から出て行こうした。その背中を見逃さず花村さんがつかんで引き戻す。


「ポケットに入れているハードディスクを出してください」

「……くそっ!」


 悪態をついて、湯川さんはスーツのポケットから外付けのハードディスクを取り出す。おそらく家に持ち帰って仕事をしようと思っていたのだろう。悪質な手口だ。

 ハードディスクを提出して立ち去ろうとした湯川さんを、花村さんはまだ離さなかった。


「USBもです」

「鬼か……お前は」


 観念したように両手を上げて、無抵抗の意思を示す湯川さん。俺とノーランが手分けして探すと、ポケットやベルトの隙間、靴の裏からUSBメモリが出てきた。まるで麻薬の密輸人だ。

 一通り探し終わると、花村さんがオッケーサインを出した。


「はい! ではゴールデンウィーク楽しんでください! 湯川さんも家族サービスしてくださいね!」

「ぎぎぎぎ」


 悔しそうに歯ぎしりしながら、2人は帰っていった。その背中はもの悲しそうではあったけれど、こうでもしないと2人は連休中でも仕事をするに違いない。

 自宅に帰るよりも会社にいる方が長かった湯川さんとハルちゃん。たまには仕事のことを考えず休んだっていいはずだ。そもそもハルちゃんはまだ学生だ。

 

 そんなことを思いながら、業務を終えて自宅に帰る。

 


 ……ちなみに俺のゴールデンウィークの予定は何もなかった。




◇◇◇




 結局、連休の半分を家の中で過ごした。

 起きる、ネットサーフィン、飯、ゲーム、飯、寝るの無限ループだ。完全無欠の円環のことわりの中に俺はいた。

 

 そもそも連休中で人が集まるところに行くという思想が間違っていると思う。どこへ行っても人だらけ。動物園なんかに行っても、動物を見ているのか人を見ているのか分からない。バーベキューに行っても、肉を焼いているのか煙を浴びているのか分からない。全くもって無駄の極みだ。無駄、無駄、無駄。


 決してフェイスブックに載せられている知人たちの写真に嫉妬しっとしているわけではない。家族や友人たちと楽しそうに遊んでいるタイムラインにいている訳ではない。決してない。


「さすがにやることが無くなってきたな……」


 手に持っていたスマートフォンをベッドの上へと放り投げる。ソシャゲのゴールデンウィークイベントを大体クリアしてしまった。どうしよう、暇だ。


 パスタをでながら午後は何をしようかと考える。鍋から出て行く湯気が換気扇に吸い取られていくのを見て、出し抜けにゲームセンターに行こうかと思いついた。ゲーマーを引退して以降、全く足を踏み入れていなかった懐かしの場所だ。

 1年近く遠ざかっていたが、久しぶりに行ってみるのは悪くないかもしれない。ゲームセンターの筐体きょうたいが奏でる騒がしい音をまた聴きたくなってきた。

 

 ……そうと決まれば話は早い。

 レトルトのミートソースをかけてパスタをかっこむ。山盛りのミートパスタを3分で完食して、部屋着からシャツに着替える。外はまだ肌寒いので黒いカーディガンを羽織って、先月の給料で買った白いスニーカーを履く。


 最寄りの駅までは徒歩15分。愛用のチャリには今日はお休みしてもらって、徒歩で駅まで向かう。駅前は自転車の盗難が多いから、愛車マイフレンドをそんなところに置くことは出来ない。

 日当たりの悪い路地を歩いていく。大通りに出たら一直線で駅まで進むことができるのだが、人通りが多いし何よりこっちの方が近道なのだ。


 目的地のゲームセンターまでは山手線に乗って半周ほど。

 今日は雲1つない良い天気なので、電車の中は家族連れやカップルで一杯だった。あちこちから楽しげな会話が聞こえて来る。俺はイヤホンで耳を塞ぎ、ドア横のスペースにもたれかかって、ぼんやりと外の風景を目を向けることにした。

 

 ゆらゆらと電車に揺られて、目的地の駅まで到着。

 行きつけだったゲームセンターは駅から程近い、路地の奥にあった。斜めに傾いた看板と、華やかさの欠片もない薄暗い感じは、俺が通い詰めていた時のままだった。


「あぁ……この感じだ」


 イヤホンを外して、店内の喧騒けんそうに耳をゆだねる。身体ごと包まれるような爆音が心臓を声高に鳴らしていく。

 その喧騒の中へと足を踏み入れて、店内を見て回る。休日ということもあって客は多く、一心不乱に画面を見つめる人、談笑しながら楽しそうにゲームに興じる人たちで賑わっていた。


 店内をぐるりと見て回ったが、顔見知りはいなかった。当然といえば当然か。俺が引退するまでに大体の知り合いはやめてしまったから。

 せっかく来たのだから何かやってみようかと思って、キョロキョロと筐体を物色していると店内の端っこに置かれた1つのゲームが目にはいった。


『コングファイター』


 この前サクラさんが言っていた懐かしのゲームだ。登場人物が全部ゴリラ。グラフィックはチープだが、愛らしさを感じさせる2D格闘ゲーム。数少ない俺の得意ゲームでもある。元々はアーケード版だったが、人気が出て家庭用にも移植された。


 プレイしている人は誰もいなかったので、腰を下ろして100円玉を入れる。グオオオオ、とゴリラの雄叫びが上がってモード選択画面が表示される。1人用のアーケードモードを選んで、プレイするゴリラを選択する。

 俺が最も得意とするのは少し痩せ型のゴリラ。耐久力は無いが、トリッキーなコンボで相手をはめることが出来る。玄人向けのゴリラだ。


 1人用アーケードモードはCPUに敗北するまで続けることが出来る。8体の敵を倒すとキャラクター固有のエンディングが流れてクリアとなる。

 難易度は1番難しいエクストラハード。戦闘フィールドであるジャングルにゴリラが降り立つ。ウホウホと胸を叩いて威嚇し合う2匹のゴリラ。


 ……さぁ、昔みたいにできるかな。


 カチカチとコントローラーを押していると昔の感覚が蘇ってきた。自転車の乗り方や泳ぎ方と同じように、1度身体にしみついたものは忘れていないようだ。思っていたより簡単に7匹のゴリラを倒すことが出来た。

 最後の1匹も、得意の下段攻撃からの壁際に追い詰めるコンボで撃沈させた。

 

 Winner、という文字がデカデカと表示される。


「おっしゃ」


 小さくガッツポーズ。

 やっぱりコンボが決まると気持ち良い。トリッキーゴリラが山のようなバナナを食べる固有エンディングを見ていると、派手なSEとともに画面が激しく明滅した。


『対戦者乱入!!』


 誰かが俺に勝負を仕掛けてきたようだ。チラッと向かい側の筐体を覗くと、マスクをしている小さな人影が見えた。

 

 この人か……良い度胸じゃないか。

 今の俺はそんじょそこらのプレイヤーには負けない。軽やかにOKボタンを押して挑戦者からの勝負を受けた。

 勝負は最初と同じジャングルステージ。俺は変わらずトリッキーゴリラで、敵は初心者向けのパワー型ゴリラだった。


『バトルスタート、ウホッ!』


 スタートの合図と同時に俺は足払いで敵の体制を崩した。敵のゴリラは一撃が強いけどリーチが短い。下段攻撃を中心に攻めれば、俺は攻撃を受けることはまずない。敵が怯んだところで壁際コンボに持って行く。

 勝負は一方的で完全に俺が優勢だった。大人げないかもしれないが、勝負に情けはかけられない。安全圏からの攻撃で確実に敵のHPを削っていく。


『ウホッ、ウホッ!』


 相手のHPは残りわずか。

 だが慎重に行こう。ここは一旦距離をとって……と後ろに下がった時に突然敵のゴリラが金色に光り始めた。


「えっ!?」

 

 なんだこれは!?

 こんなエフェクト見たことない。金色に輝いているゴリラは太鼓のように胸を叩いて大きく口を開けた。知らない、こんな技知らない。


『ゴオオオオォォォ!!!』


 雄叫びをあげたゴリラが口から謎の光線を発射する。肉弾戦がメインのコングファイターにおいて、まさかの遠距離攻撃。SFアニメばりの波動砲エナジーキャノン

 上にも下にも逃げる場所はなく、俺のトリッキーゴリラはまともに波動砲を喰らってしまった。あわれ画面外まで吹き飛んで、そのままリングアウト。悲しげなK.Oの文字が並ぶ。


 負けた……。


 ……って納得いかない。

 これはコングファイターだよな? コングファイター2とかではないよな? 改めて筐体を確認するがゲームが変わっている様子はない。俺が昔プレイしていたのと同じバージョンだ。じゃあ、なんなんだあの技は。


 コントローラーを握ったまま呆然としていると、いつの間にか俺の横に対戦していたプレイヤーが立っていた。マスクを外して結んでいた髪をおろし、にこやかに俺に微笑んだ。


 花村さんだった。


「力こそパワーですよ、丸福さん」

「ど、どうしてここに……」

「私もここ行きつけなんです」


 休日の花村さんはロングスカートにパーカーを着ていた。オレンジ色の可愛らしいベレー帽を被っている。


「見つけたので勝負を仕掛けてみました。丸福さん、この後暇ですか?」

「あ……はい」

「じゃあお茶でもしましょう! 私も暇で暇でしょうがなくて」


 そう言うと花村さんはクルリと身をひるがえして、ゲームセンターの出口の方へと歩いて行った。


「何が何やら……」


 さっきの波動砲もそうだが、まさかこんなところで花村さんに会えるとは思わなかった。棚から牡丹餅ぼたもち瓢箪ひょうたんから駒、場末ばすえのゲームセンターで花村さんだ。

 

 ご機嫌な花村さんに連れられて、ゲームセンターを出て近所の喫茶店まで向かった。清々しい春風が吹くと、彼女の髪が揺れてほほにかかった。


 これって俗に言うデートってやつだろうか————

 円環の理ループする日常から抜け出して、俺はとんでもない世界に着陸してしまったようだった。

 

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