休息ボーナスパフェ


 喫茶店の入り口を開けると、カランと乾いた鈴の音が鳴った。こじんまりとした店内にはコーヒーの良い香りが漂っている。15時過ぎということもあって店内は客で混み合っていたが、幸運なことに奥のソファ席が空いていた。


 俺は本日のコーヒー、花村さんはゴールデンチョコバナナパフェを頼んだ。女性と面と向かって2人で話すというのは何十年ぶりだ。いつも顔を合わせている間柄といえど恥ずかしいものは恥ずかしい。

 ただ話題に関しては困らない。ちょうど気になることがあった。


「さっきのあの波動砲みたいのは何なんですか?」

「あぁ……あれですかー」


 コングファイターで花村さんが繰り出してきた謎の技。あんなに追い詰めていたのに1撃で撃沈されたことを、実は結構根に持っていた。


 俺の質問に花村さんは、少し考えるように瞳を揺れ動かした。


「……あれはバグ技です」

「バグ技?」

「HPが10パーセント以下になった時に、右左右左下上上下AB左右上右BA右右左左上上AABB左下、と入力すると発動できる技なんです」

「右左右左下上下……」


 駄目だ、覚えきれない。

 結構やり込んでいたゲームなので、こんなバグ技があったら知っていたはずだけれど。そもそも誰だこんなバグ技を作ったやつは。


「開発者が冗談で残したんでしょうね。コマンドが難しくて誰も見つけきれていなかったようですが」


 そう言って花村さんは微笑んだ。

 どうして彼女がそのコマンドを知っているのか、と気になったが俺の度肝を抜くようなものがテーブルの上に着陸した。


「こちらゴールデンチョコバナナパフェです」


 店員が持ってきたのはどんぶりほどある巨大なパフェ。チョコレートやバナナ、アイスクリームが大輪たいりんの花びらのように綺麗に並べられている。普通に考えれば、5人前くらいの量だ。


「……これ1人で食べるんですか?」

「はい! 糖分は脳を活性化させますから」


 答えになっていない返答をして、花村さんはむしゃむしゃとパフェを食べ始めた。美味しそうではあるが、とても人間が食べる量ではない。ゴリラだって卒倒するだろう。

 俺は大人しくコーヒーを飲んだ。久しぶりに飲む淹れたてのコーヒーはやっぱり美味しかった。


「丸福さんはゴールデンウィークは何をしていたんですか?」

「うーん……家でゲームかなぁ」

「私と同じですね」


 パクパクとバナナを食べながら、花村さんは幸せそうな顔をした。


「家でぼんやりとゲームをしている時が一番幸福です。やっぱりメリハリって必要ですよね。お祖父ちゃんも言っていました」

「俺なんかはゲームしかしていませんけどね……」


 仕事でもゲーム、家に帰ってもゲーム、外出してもゲーム。

 俺の人生はゲームに支配されているな、人として大丈夫だろうか。


「そのことなんですが……」


 花村さんはパフェを運ぶ手を止めて俺の方を見た。綺麗に整えられたまつげがパチパチと上下に動いている。


「クエストドアに休息ボーナスを導入するべきだと思うんですが、どう思います?」

「休息ボーナス?」


 聞いたことない言葉だ。


「具体的に言えばゲームを時間に応じて、ボーナスアイテムが支給される仕組みです。海外のニュースでゲームし過ぎて死んだ人とかいるじゃないですか? ああいうのの対策です」

「あー、それは聞いたことあります」


 長時間のゲームで死亡した人のニュースは度々ネットで流れてくる。ずっと座っているために肺の血管が詰まったり、過度の疲労だったり、低体温症だったり死因は様々だが、誰も彼もゲームに夢中になって死んでいった悲しき犠牲者たちだ。


 このことは、特にオンラインネットゲームが盛んな海外では大きな問題になっているそうだ。


「SF映画とかでよくあるじゃないですか、ずっとヘッドマウントディスプレイを付けてよだれを垂らしている人たち。ああいうのって絶対早死にしますよね」

「確かに……」


 ゲームに没入するあまり、現実逃避して仮想現実に逃げ込む人たち。うらやましいなぁと思う反面、実際にいたらやっぱり怖いと思う。

 このBMIが発売されたら花村さんが言うような未来だってありえなくない。現実よりゲームの中の方が良いといった意見も当然出てくるだろう。


「楽しんでもらえるのは嬉しいですが、クエストドアはそんなゲームにはしたくないんですよねー」


 美味しそうにパフェを食べながら、花村さんはそんなことを言った。どんぶりパフェはすでに半分以上消費されていた。過剰かじょうな糖分摂取も身体に良くはないと思うのだが。


「一応、BMIの中に長時間の運用で強制停止するようなシステムは付けているのですが、プレイヤー自身にも積極的に休息を促したいのです」

「このゴールデンウィークみたいな感じですね」

「そうです! 仕事のし過ぎも、ゲームのし過ぎも良くないです。生活にはゆとりが必要なんですよ。ちなみに私はゆとり世代です」


 パクパクとパフェを食べ続ける花村さん。チョコレートやバナナを運ぶたびに幸せそうな笑顔を周囲に振りまいている。


 糖分摂取か……。

 花村さんの姿を見て俺はピンと閃いた。


「ゲームをしていない時間に応じて、魔法ゲージが回復するのはどうでしょうか?」

「魔法ゲージ……あー良さげですね!」

 

 大きく頷く花村さん。カバンからメモ帳を出してアイデアを書いていく。

 休息している時間に応じて魔法ゲージが回復する。つまり現実で休むとゲーム内でも休んでいることになる。


 ゲーム世界と現実世界でのエネルギー補充の同期。

 そういうシステムがあれば、現実とゲームがリンクして面白いのではないか。

 ペンを走らせ終わったところで、花村さんにハッと何かに気づいて、しまったという表情をした。


「あれだけ仕事はダメだと言ったのに……仕事の話をしてしまった……!」

「あー……そうでしたね」

「これではいけません! 丸福さんどこかに行きませんか?」


 花村さんは身を乗り出して俺にグッと近づいた。彼女の洋服から甘い果物のような良い香りが漂った。距離の近さにドッと汗が吹き出す。


「えーっと……」


 どこかって言われても思いつかない。スマホを取り出して「遊ぶところ」と検索したが、ボウリング場とダーツしか出てこない。どっちもできない。


「無さそうですね、じゃあ付いてきてください!」


 意気揚々いきようようと立ち上がってお会計を済ませる花村さん。いつの間にかドンブリパフェは空っぽになっていた。着丼してから15分足らずでの完食。クリームと反クリームがぶつかって対消滅したと言った方がまだ信憑性しんぴょうせいがある。あるいは彼女の胃袋はブラックホールになっているのだろうか。


 喫茶店を出たあと、コンビニで買った大福を食べている花村さんと一緒に、人で賑わう大通りを歩いて行った。どこに行くかは聞いていない。花村さんの胃袋の容積を計算するので精一杯だった。


「大福美味しいです」

「マジか……」


 気づいた時には駅から随分離れたところまで来ていた。大通りを抜けて、静かな住宅街に入っていく。まるで野良猫の後を追っているようだ。似たような建物の前を何度も通り過ぎて、狭い路地裏でもスイスイと泳ぐように歩いていく。


 ようやく立ち止まったのは倉庫のような年季の入った建物だった。びたシャッターが半開きになっていて、中は真っ暗だった。


「ここは……?」

「見れば分かると思いますよ」


 思わせぶりに微笑んで、花村さんは倉庫の中に入って電灯のスイッチを押した。白色電球の眩しい明かりが室内を照らすと、現れたのは沢山のゲームの筐体だった。

 部屋中に所狭しと並べられた筐体に目を向ける。どれもかなり古い。ゲームの黎明期れいめいきを切り開いたレトロゲームばかりだ。


 花村さんはその1つ1つを指差しながら、説明し始める。


「これは『ポン』、あれは『スペースインベーダー』、それは『パックマン』、これは『ゼビウス』……」


 何十年も前のゲームを感慨深げに触れていく花村さん。ゲームの名前を口にした後、そのキラキラと輝いた瞳は俺の方へと向けられた。


「どうです? びっくりしました?」

「は、はい」

「ふっふっふっ、ここはお祖父ちゃんの倉庫なんです。昔のゲームを保管してあるんですよ」


 倉庫を見回すように、花村さんはくるりとターンした。ロングスカートが花びらのように鮮やかに開く。

 この倉庫はまるでゲームの歴史をそのまま再現しているようだった。ビデオゲームという概念すら無かった時代を開拓したものたちの残滓ざんしがここにあった。


「子どものころ良くここに来て、お祖父ちゃんと一緒に遊んでもらったんですよー」


 花村さんはそう言って筐体の1つに腰を下ろした。それはここにあるものの中で最も使い古されていた。コントローラーのメッキは剥がれて、至る所に子どものものと思われる落書きが書いてある。

 花村さんはその筐体の電源コードを引っ張って、スイッチを入れた。ブウゥンと重低音が鳴って8bitのチープなBGMが倉庫に響く。


「『モンキーシューティング』、お祖父ちゃんが初めて作ったゲームです。やってみてください!」

「は、はい」


 初めて聞くゲームだ。

 とりあえずスタートボタンを押してゲームを開始する。コントローラーはスティック1つとボタンが2つ。シンプルな配置だ。


『ゲームスタート!』

 

 縦スクロール型のシューティングゲームで、自分が動かすのは下の方にいる猿のようだ。顔を膨らませて可愛らしい顔をしている。その猿はなぜかジャングルの木々の上を空中浮遊していた。


 しばらくすると奥の方から顔を真っ赤にした猿が現れた。どうやらこれが敵のようだ。

 試しにAボタンを押すと、自分の猿からスイカの種が発射された。まっすぐに飛んだ種はそのまま敵の猿の口の中に入り、種を食べた敵は満足そうに去って行った。

 なるほどこういうゲームか。迫り来る猿たちにどんどんスイカの種を食べさせて、追い払っていく。


「お上手ですー。スイカの種には限りがあるので気をつけてくださいね!」


 花村さんの言った通り、30発ほど打ったところでスイカの種が発射されなくなった。前方から敵がどんどん迫ってくる。やばい。


「そこでBボタン!」


 慌てて手前にあるBボタンを押すと、猿が木の陰に隠れた。前方から進んできた敵の猿は、俺の猿を通り抜けて画面外へと消えていく。当たり判定はない。


「これで回避ができるんだ」

「そういうことです! 木の陰に隠れている間はスイカの種も回復できますが、時間制限があるのでいつまでも隠れたままではダメですよ」


 画面の右上にTIMEが表示されており、刻一刻と減っていっている。のんびりしている暇はなさそうだ。木の陰から出てスイカの種を発射していく。


 回避・補給と攻撃を効率良く行っていくことがこのゲームのコツのようだ。


 どんどん猿を追い払っていくと、今度は大きなゴリラが現れた。相当お腹を空かせているようで鬼の様な顔をしていた。画面の横幅いっぱいの巨大な顔が迫ってくる。


「このゴリラはボスキャラです。石を投げてくるので気をつけくださいね」


 腕を振りかぶり石を投げてくるボスゴリラ。結構なスピードだったが、ギリギリのところでBボタンを押してかわす。そしてすかさず種を飛ばして攻撃。

 ゴリラの先には何匹かの猿も出てきていた。ゴリラに与えるはずの種が猿に食べられてしまって、ボスゴリラまで届かない。うーん、なかなか難しいぞこのゲーム。


『ゲームオーバー!』


 かなり体力を削ったが、一歩届かなかった。俺の猿はゴリラに弾き飛ばされてしまった。何て最後だ。

 一部始終を見ていた花村さんがクスクスと笑っている。


「だらしないですねー。私が代わりにやってあげましょう」

「……よろしくお願いします」


 席を交代するときにわずかに俺の手が花村さんの手のひらと触れた。緊張で手汗でベタベタなのがバレてしまったかもしれない。恥ずかしい。

 そんなことを気にする様子もなく、花村さんはモンキーシューティングの前に座った。パキパキと指を鳴らして気合を入れている。


『ゲームスタート!』


 子供の頃、随分やりこんだんだろう。彼女のプレイは鮮やかだった。迫り来るモンキーたちをどんどんお腹いっぱいにしていく。動きに無駄がない。最低限の時間消費でボスゴリラまでたどり着く。


「よっ、はっ」


 猿の動きに合わせて声を出す花村さん。丁寧なプレイで、敵の攻撃を避けてスイカの種を飛ばしていく。

 しかし敵のボスゴリラも中々のもの。かなりダメージを与えているのだが、撃沈しない。おそらく難易度は高めに設定されているのだろう。


 さすがの花村さんでもかなり追い詰められてしまった。ボスゴリラは花村さんのすぐ手前まで迫っている。万事休すか。


「厳しそうですね」

「諦めたらそこで試合終了ですよ」

「花村さん……」


 彼女は攻撃の手を止め、画面の左端まで猿を移動させた。そこでBボタンを押すと、パンパカーンという派手なBGMとともに猿がアイテムを取り出した。


 バナナだ。

 手に持ったバナナをむしゃむしゃと食べた猿は、その皮を投げ捨ててゴリラの方へと飛ばした。バナナの皮で滑って転んだゴリラは動きを止めて後退していく。

 その隙を見逃さずスイカの種を飛ばす花村さん。これでもかというくらいのスイカの種を食らったボスゴリラは見事に撃沈していった。ステージ1クリアという文字が画面上で踊る。


「イェーイ!」


 ガッツポーズをする花村さん。満面の笑みを浮かべて、俺とハイタッチをする。……いや待て納得いかない。


「そんなんありですか」

「隠し要素はゲームに付き物ですよー。あのバナナは出現させるのが難しいんです。あのタイミングでBボタンを押さないと出てきませんから」


 悪戯っぽく微笑みながら、花村さんはゲームを再開した。

 

 まぁ昔のゲームって何かしら隠し技があったからな。それがどこからともなく広まって、いつの間にか当たり前になっていったりしていた。このバナナもつまるところ、そういうたぐいのものなのだろう。


 結局8つあるステージを、花村さんは全てノーミスでクリアした。お腹いっぱいになったジャングルの動物たちを囲むエンディングが終わると、「ニューレコード!」という文字が明滅した。


「やったー! 子供の時の私に勝ったー!」

「やりましたねー!」


 飛び跳ねて喜ぶ花村さん。夢中になって遊んで辺りはすっかり夜になっていた。時間は見ていないが、大体19時くらいだろう。

 

 嬉しそうな笑顔で花村さんは自分が叩き出したスコアを見つめている。


 ……これはこのあとご飯に誘って良いのだろうか。

 いや、タイミングとしては今しかない。むしろ今を逃したら一生誘えないと言った方が良いだろう。勇気を出せ。頑張れ、俺。


 ゴホン、と咳払いをしてなるべく自然体で花村さんに話しかける。


「あの……花村さん」

「なんですか、丸福さん?」

「あ、あのですね。良かったらこの後……」


 ピリリリリ、と待っていたかのようなタイミングで携帯電話の音が鳴った。花村さんが少し申し訳なさそうな顔を俺に向けて、携帯電話を取った。


「もしもし。あ、ハルちゃん? どうしたんですかこんな時間に? そんなに慌てて……」


 受話器の向こうでなにやら叫ぶ声が聞こえる。

 

 その声を聞くと、花村さんの身体が一瞬にして石のように固まって動かなくなった。少しの間があったあと、絞り出した彼女の声はワナワナと震えていた。


「じょ、情報流出? BMIのことがメディアに漏れた?」


 その言葉を聞いて、俺も思わず息を飲んだ。


 情報流出。

 絶対に起こってはいけないと言われていたタブー。


 一体どうして……?

 

 一緒にディナーに行こうとか浮わついたことをしている状況ではない。

 連休も終わりかけていたところで、ネオタアリに嵐がやってこようとしていた————

 

 

 

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