戦闘訓練


 結局、状態異常を全部試すことができずに1日目は終わった。プレイの途中だったけれど、初日から残業はまずいということで18時に解散することになった。もちろんそれ以上続ける体力も無かったが……。


 会社から家から帰るまでの記憶が抜けている。ついでに言うと寝るまでの記憶もあまりない。長時間のフルダイブはかなりの体力を消耗しょうもうするようだ。


 騒がしいアラーム音で起きた後、体温計で自分の体温をチェックする。健康状態の推移も会社としてチェックが必要だそうだ。週に1度の健康診断も行う。家庭用を意識したゲームだから、プレイヤーの健康状態に異常が見られたら洒落にならないらしい。


 家を出て、再び愛用のチャリで疾走しっそうする。

 始業40分前。相変わらず寝不足そうな顔を画面に向けている開発部のフロアを抜けると(昨日から服装が変わっていない人もいたが、気にしないことにした)、デバッグルームにはすでにサクラさんがいた。


「おはようございます」

「……おはようございます」


 サクラさんはボソリと小さな声で挨拶して、会釈した。

 一番乗りだと思ったんだが、いったい何時から来ていたんだろう。沈黙が続くのも気まずいので何か話題を考えていると、意外なことにサクラさんの方から話しかけてきた。


「あの……丸福さんて、ハッピーさんですよね。元プロゲーマーの」

「え、俺のこと知ってるの?」


 コクリと頷くサクラさん。

 ハッピーというのは俺のプロゲーマー時代の登録ネームだ。

 しかし驚いた、プロゲーマーと言ってもスポンサーからすぐに切られてしまった底辺だ。そんな俺を知っている人はゲーマー界隈かいわいの人しかいないはずだけど。


「『コングファイター』好きなんで、配信とか見てたんですよ」

「あー、『コングファイター』懐かしいなぁ』


 そうか、そのゲームを知っていたのか。


 7年前に発売された、1対1の格闘ゲーム『コングファイター』。プレイアブルキャラクターが全部ゴリラという異色のゲームだったが、独特の戦闘システムが受けてゲーマーの間では人気になった。何度か大会も開かれて、出場したこともある。もちろん優勝はできなかったが、夢中になってやりこんだので今でも覚えている。


「ハッピーさんのプレイ好きでしたよ。華が無い感じが」


 褒められているのかどうか分からないが、楽しそうに話しているから良しとしよう。こうやって改めて話すと、サクラさんも実はなかなかのゲーム好きだったようだ。




「おはよーございまーす! じゃあ今日も始めましょうか!」


 始業時間ギリギリになって花村さんが入ってきた。湯川さんはまだ来ていない。


「湯川さんは昨日のテストデータのフィードバックで完徹したので、仮眠して昼からきまーす」


 そういう花村さんもあまり寝ていなさそうだ。眠たそうにあくびをしながら、BMIを準備している。


「大変そうですね……」

「夏までには発表したいですからねー」

「半年もないんですか……!?」

「……あれ、言っていませんでしたっけ?」

 

 聞いていない。

 なんで夏までなんだろうと思ったが、頭の回転の早いノーランがすぐさま勘付いた。


「もしかして東京ゲームショウ……」

「ピンポーン! 今年の東京ゲームショウでどかーんと発表したいんです!」

「それは確かに……どかーんとなりますね」


 東京ゲームショウと言えば、世界中のゲーム関連企業が集まる大規模な展示会だ。限られた日程での開催だが、毎年20万人以上の来場者が集まる。

 そんな中でフルダイブ型ゲームが展示されれば、確かに話題になるにちがいない。


「なので問題箇所をどんどん開発に生かしていかないと間に合わないんでーす。このブラックを乗り越えれば、いずれホワイトになると信じて早速いきましょー!」


 本当にそうなると良いなぁ、と願いながらBMIを装着して待機する。

 BMIの電源が入れられて、起動音が遠ざかっていった……。



◇◇◇



 再びおなじみの平原へと到着する。歩行して広場の方へと集まると、昨日とは違って1人だけ女性のアバターになっていた。 


『エラーが復旧したので、通常のアバターに戻っていまーす。どんな感じでしょう?』

「なんで俺だけまだハゲなんですか?」


 ノーランはスリムなイケメン騎士、サクラさんがポニーテールの女戦士になっているのになぜか俺だけ昨日のままだった。髪もない、ツルツルだ。納得いかない。


『細かいことは気にしないでくださいね。サクラちゃんバストの調子はどうですか? 現実と合わせて大きめに設定してみました』

「……花村さん、セクハラは同性にも適応されますからね」

『わー、冗談ですよー。ゴメンなさーい!』


 慌てて謝罪する花村さん。

 確かにサクラさんのアバターの胸は結構大きめだった。Eカップくらいはあるのかな。花村さんがああ言うくらいだから、サクラさんは結構着瘦せするタイプなんだろう。


「……あなたもです、丸福さん」

「す、すいません」


 鬼のような形相でサクラさんが俺の方を睨んでいる。目を手で覆って無抵抗の意思を示す。

  

『喧嘩はそこまでーです! サクラちゃんも怒りを収めてください』

「元はと言えば花村さんが原因ですが……まぁ良いです。それで今日も状態異常のチェックですか?」

『いえ、湯川さんがいないと体調管理が厳しいので、昨日の続きはまた今度にします。今日はRPGの華、戦闘です!』

「戦闘ですか!」


 ノーランが嬉しそうに拳を握る。


『期待通りの反応ありがとうございます。これから皆さんには実際にゲーム上で使うチュートリアルマップに飛んでいただきます。それも移動魔法を使って』

「移動魔法?」

『はい! クエストドアの戦闘は主に剣、弓、魔法によって行われます。一番の肝は30種類設定されている魔法です。昨日使った魅了魔法みたいなやつですね』


 あれか。

 サクラさんは手をグーとかパーにして使用していたような覚えがある。このゲームの魔法はコマンド画面みたいなものをタッチするのではないようだ。


『魔法はあらかじめ決められた動作を自分で設定して、使うことができます。例えば手から炎を出す火炎魔法を使いたい時は、右手をグーにしてパーにするとか。風魔法を使いたい時は、左手をチョキにしてそのままスライドさせるとか。お好みの動作を5種類まで設定できます』

「反対に言えば、1回の戦闘で使えるのは5種類までということですね」

『その通り! どの呪文を使うかの選択はプレイヤーの取捨選択に委ねられます』

「カードゲームのデッキを組むような感じですね」


 花村さんの話を聞きながら、ノーランが嬉しそうに動作の練習をしている。何のポーズなのか知らないが、ひと昔前のロボットアニメみたいな珍妙なポーズを取っている。何だあれは、鶴の構えかな。


『手以外の動作は認識ないので意味はありませんが、まぁ良いでしょう。移動魔法は私があらかじめ設定しておきました。両手を真っ直ぐ上に上げてくださーい』

「こ、こうですか?」

『そんな感じでーす、では大きな声でー、チュートリアルマップ!』

「チュートリアルマップ!!!」


 大きな声でそう叫ぶと、地面から足が離れていく感覚があった。ゆらゆらと浮いた後、一気に身体が急上昇して雲の方まで飛び上がる。


「お、お、おぉおお!!」


 思わず悲鳴をあげる。

 結構怖い、言ってしまえば逆バンジージャンプだ。何か紐で引っ張られるような感じがある。強い風が顔に吹いて、視界が雲に覆われてホワイトアウトしていく。楽しいけれどちょっと怖い。

 

 徐々に勢いがなくなった後で、足が地面に触れる感触があった。恐る恐る目を開けると、さっきの平原とは違う無機質な白いキューブが浮かぶ空間に到着した。地面も真っ白で草木1つなく、あるのは幾つかの白い立方体だ。


「ここがチュートリアルマップ……」

『フライトお疲れ様でーす! どうでしたか移動魔法?』

「こ、怖かったです」

『ですよねー、丸福さんめっちゃ叫んでましたから』


 俺の後に着陸した2人は涼しげな顔をしていた。

 なんだ叫んでいたのは俺だけか。ちょっと恥ずかしい。


『エフェクトを少し緩めに設定した方が良さそうですねー。ありがとうございます』

「それで、ここで何をするんですか?」


 ノーランが待ちきれないといった感じでかす。よほど戦闘が楽しみらしい。

 そんなノーランに応えるように花村さんは鬼畜なオーダーを設定してきた。


『全てのモンスターに全部の魔法を撃ってもらいます!』

「……モンスターって何種類くらいいるんですか」

『100種類です。なので100×30で3000パターンですね。バグがあったら困るので徹底的にやりましょう!』

「3000……」


 ワクワクしていたノーランの口があんぐりと開いたまま動かなくなる。やる気まんまんで剣を振り回していたサクラさんも、それを聞いて動きを止める。


『ではでは皆さん、始めましょうか! まずは最弱モンスター、スライムです!』


 やるときはやる。メリハリのある女、花村さんはカタカタとキーボードを打って準備を開始した。

 チュートリアルマップにビーっと警報音がこだますると、床の中からスライムが現れた。視界が一瞬赤く染まる。これがモンスターが出現した時のエフェクトか。


 ヤカンほどの大きさの緑色のスライムは、ぴょこぴょことカエルのように飛び跳ねている。可愛らしいがしょうがない。給料のためだ。


「手分けしてやろう。俺とノーランで攻撃魔法を担当するから、サクラさんは補助魔法を頼む」

「……了解です」

『そうそう。チームワーク、大事ですよー』


 設定画面で魔法の動作を設定する。魔法というテキストをクリックすると、使える魔法一覧が出てきた。

 まずは火炎魔法。動作は……グーにしてパーで良いか。上から5種類の魔法も独自の動作を設定しておく。


「じゃあ、まず俺から行きます」


 火炎魔法の動作を行うと、手から真紅の火球が現れた。激しい音を立ててぴょこぴょこと飛んでいるスライムに直撃する。


「ピギイィィィィ!!」


 断末魔をあげてスライムが消滅する。

 とりあえず最初の魔法は直撃。HPゲージとか無いので分からないが、即死したようだ。体験してみると、すごくリアルで爽快感がある。


 しかしこれは……、


「モンスターの叫び声リアル過ぎませんか?」

『え、そうですか?』

「何か……こう……罪悪感が」

 

 さっきまでピョコピョコ弾んでいたうるわしい生き物が、目の前であんな叫び声をあげて死なれてしまうと、俺がシリアルキラーみたいじゃないか。


『モニター越しだとそうは感じないんですけどねぇ』

「じゃあ今度は僕がやってみましょうか」


 今度はノーランがポーズを取る。低く構えた彼のポーズは、時代劇の忍者のようだった。やたら堂に入っている。

 手裏剣を投げるポーズと共に放たれた風魔法は、刃物のようにスライムを切り裂いた。


「ピギィイイイィ!!」


 再びのスライムの絶叫。

 風魔法を放った当のノーランも悲しそうな瞳で、消えていくスライムを見ていた。


「あぁ……確かに分かりました」

『やっぱり感じるのとでは違うんですかねー。分かりました、もう少し緩いサウンドにしてみるように要請してみます。とりあえず今日はこのままでお願いします』

「またあの絶叫を聞くんですね……」


 その後も俺たちはスライムに魔法をかけ続けて、ピギィイイイィという断末魔を聞き続ける羽目になった。これはこれで状態異常とはまた違う精神汚染がある。また心がすり減っていくなぁ。

 そんな風に黄昏たそがれながらスライムを殺戮していると、28種類目の魔法、サクラさんがかけた『小型化呪文』にスライムがピクリとも反応しなかった。


「あれ?」


 首を傾げるサクラさん。もう1度、チョキにした手をまっすぐ振り下ろして『小型化呪文』をかけるが何も起こらない。ちなみに彼女の動作はコンパクトですごく分かりやすい。


『サクラちゃんお手柄です! バグ発見ですね。さすが強運の女!』


 パチパチと拍手する音が聞こえる。

 どうやら『小型化呪文』に反応しないのは不具合の1つだったようだ。俺とノーランがかけた『小型化呪文』にもウンともすんとも言わない。完全なプログラム上の欠陥だ。


「こうやってしらみ潰しにバグを探していくわけですね」

『そういうことです! あと2971パターンがんばりましょー!』

「ヒイィ……」


 泣いても叫んでも作業は終わらない。何とか200パターンほど消化したあとで、お昼休憩に入った。



 

 

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