状態異常、全部試す


 状態異常と言えば、RPGではおなじみの「毒」や「麻痺まひ」や「眠り」などの喰らってしまったら継続的にダメージを受けたり、動けなくなったりするバッドステータスだ。


 それを全部試す?

 不穏な匂いしかしない要請に、隣にいる2人の表情はコンクリートで固められたみたいに強張っている。対して現実世界の花村さんは陽気な声で説明し始めた。


『現在クエストドアには23種類の状態異常が設定されています。フルダイブでやるからには、体感させたら面白いんじゃないかということで、それぞれ固有の効果を身体が体感します。それらを実際にやって感想を聞かせて欲しいのです』

「全部ですか?」

『全部でーす。どこまで耐えられるか、どこまでが限度か、どこまでが気持ち良いか。体感できるけれど、精神に不都合を及ぼさないギリギリの範囲で試してみたいのです』

「なるほど。ストレステストですね」


 ノーランが納得したように頷いている。このくだりはさっきも見たぞ。ここは納得しちゃいけない部分だと思う。


『しんどいと思いますけれど頑張って下さい。1から10まである痛覚レベルを調整しながら試していきます。痛覚レベルの調整はこちらからしか出来ないので、痛かったら左手を挙げてください』


 虫歯治療の時の歯医者さんのようなルールを決める花村さん。言っておくけれど、今まで手を挙げて止めてくれた歯医者さんはいなかった。


『ではまず状態異常「毒」からいきましょー! 10歩進むごとにHPが失われるオーソドックスな状態異常です。設定画面で毒を選択してください』


 本当は嫌だけれどやるしかない。乗りかかった船だ、給料をもらうためだ。

 言われた通りに設定画面から毒を選択すると、少し吐き気のようなものを感じた。他の2人も頭を抱えている。


「何か気持ち悪いですね……」

『痛覚レベル5の標準から攻めてみました。少しクラクラした感じを再現したらどうかなということらしいです」

「クラクラするけれど、ちょっと分かりにくい気がします」

『そうですか、ではグーンとあげまして痛覚レベル8!』

「ちょっ待ッ」


 止める間も無く、花村さんは痛覚レベルを一気に上昇させたようだ。

 吐き気が込み上げてきた、頭もガンガンする。これは2日酔いの感覚に似ている。本当に吐きそうになったので急いで左手を挙げた。これは洒落にならない。

 幸いなことに花村さんはすぐにストップしてくれた。


『ありゃりゃー、ダメでしたか』

「おえぇ」


 ダメでした。


「すいません、今度からはレベル1ずつ上げてもらえると助かります」


 さすがのノーランも地べたに伏して真っ青な顔をしている。サクラさんに至っては口を真一文字に結んで、遠くを見ていた。バス酔いした時によく見る光景だ。


『ご、ごめんなさい! 次は気をつけます! 「毒」は根本から変えた方が良さそうですね。続いては「麻痺」行きしょうかー』


 一気に毒が進行した俺たちを見て、花村さんも反省したようだ。

 毒の感覚はまだ若干残っていて気持ち悪かったが、休んでいる暇はなさそうだ。言われた通りに設定画面で麻痺を選択する。


 すると身体がしびれたようにうまく動かなくなった。


『麻痺は身体の敏捷性びんしょうせいを低下させる状態異常です。どうです痺れていますか?』

「%&♯@じ2」


 痺れるのは良いとして、口がうまく動かないのはどうかと思う。そう言おうとしたが口がうまく動かなかった。


『痺れる箇所を限定させた方が良さそうですねー。もう止めて良いですよー』

「!$%ふ=」


 一応「オッケーです」と言ったつもりだ。

 設定画面をタッチしようとするが、手がうまく動かなくて停止するまでにかなりの時間がかかった。肌がピリピリしている嫌な感触も追い討ちをかけて気持ちが悪い。

 これはかなりの仕様変更が必要だと思う、と全員一致で花村さんに報告した。


『中々上手くいきませんねー。では続いてはちょっと緩めのやつ言ってみましょうか。「魅了」という状態異常です。これは2人でやらないと意味がないので、サクラちゃんが丸福さんに魅了呪文をかけてもらえませんか?』

「……呪文というのはどうやってかければ?」

『今度詳しく説明しますが、とりあえず丸福さんに向かってグーにした両手を、思い切りパーにしてみてください』

「こうですか」


 サクラさんが手をパーにすると、両手からピンク色のもやが発生した。霧のように広がって俺の周りを包んでいく。


 そのピンクの霧が俺の口に入った途端に、身体の自由が効かなくなった。さっきの麻痺とは違う。まるで自分の身体が石になったようだ。完全に動くことができない。


『魅了状態になったようですね。ではサクラちゃん、丸福さんに何か命令をしてみてください』

「……ひざまずけ」


 彼女の口から言葉が発せられると、まるで膝カックンでもされたみたいに身体が崩れ落ちた。自分が自分の身体じゃなくなったような感覚だ。糸か何かでぐるぐる巻きにされて無理やり動かされているみたいだ。

 

「そのまま進め」


 サクラさんの命令によって四足歩行を余儀なくされる。なんだか彼女の命令が堂に入っているようなのは気のせいだろうか。

 地べたをハイハイする俺を見てサクラさん(のアバター)は薄ら笑いを浮かべている。


「これは良い……」

『はーい! 何か変なスイッチが入ってしまいそうなので強制停止しまーす!』


 花村さんはサクラさんの性癖が広がらないうちに無事に俺を救出した。ファインプレーだ。

 

 これ以上、進んでいたらどうなっていたか。変なスイッチが入りそうだったのはサクラさんだけではなかった————


『これはプレイヤーに対する使用は禁則事項タブーにした方が良さそうですね』

「残念です」


 サクラさんは残念そうに肩をすくめた。

 魅了が解かれて、動くことができるようになった。これを自由に使えてしまったら犯罪に繋がりかねない。


 間髪入れずに次の状態異常へ。


『次は「気絶」ですね。ノーランくんやっちゃってください!』

「……ごめんなさい丸福さん」


 俺の後ろで不穏な影が動くのが分かった。申し訳なさそうな謝罪とは裏腹に、手加減のない拳が俺の後頭部を直撃した。犯人はノーランだ。

 頭が揺れる感覚の後、身体が思うように動かせなくなった。視界がグラグラと不安定に揺れている。


『「気絶」は背後からの攻撃で発動する状態異常です。しばらく動けないはずです」

「一応、意識はあるんですね」

『ゲーム上で意識を失うとヤバイじゃないですか。では痛覚レベルを上げまして……ノーランくんやっちゃってください!』

「ごめんなさい丸福さん」


 

 再び勢い良く後頭部を殴打される。謝れば許されるっていう問題ではない。というか、なんで俺だけが実験台なんだ。


 殴られたことに対する痛みは、思ったほどでもなかった。その辺りの痛覚は遮断してあるのだろう。確かにダメージを喰らうたびに痛がっていたのではゲームにならない。

 

 むしろ気絶の効果である頭の揺れ具合の方が気持ち悪かった。痛覚レベルが7に来たところでギブアップ。左手を上げる。


『お疲れでーす! 次は「狂化」をやってみましょう。再びノーランさんよろしくお願いします』

「嫌な予感しかしないんですが」

『スケジュールが詰まっているので、早く早くー!』


 花村さんに急かされて渋々ノーランが設定画面を操作している。設定が終わるとピコンと電子音が鳴って、見る見るうちにノーランの肌が鬼のように真っ赤に染まった。

 髪の毛までくれないに染まったノーランからは、謎の赤いオーラが出ている。筋肉が膨れ上がり、胸のボタンが弾け飛ぶ。


「ちょ、大丈夫ですか!?」

「うーん、大丈夫じゃなさそうです」

『狂化の効果は身体能力の倍増と、他のプレイヤーへの無差別攻撃です』

「倍増で済んでいなさそうですが」


 呑気にそう言ったノーランの身体がムクムクと膨れ上がっていく。片足だけで俺たちを踏み殺せそうだ。


『プログラムが間違っているみたいですね。間違えて2の10乗になっていますよ、ありゃまー』


 危機感のない花村さんの声が聞こえてきた。

 どこまで大きくなるのかは知らないが、象よりも巨大化したノーランはすでに臨戦態勢に入っている。狂化の影響で身体の自由がきかないのだろう。巨大な拳は俺たちを狙っている。


「丸福さん、サクラさんゴメンなさーい!」


 頭上でノーランが謝っているが、身体はどうにもならないようだ。隕石のような巨大な拳が空から降ってきた。避けようにも範囲が広すぎて、どこにも逃げられない。もうだめだ。


 呆然と立ちすくんでいると、ギリギリのところでノーランの理性が働いたのか拳はわずかにそれた。


 直撃はしなかったが巨大な拳の威力は凄まじく、近くの地面もろとも破壊して俺たちを吹っ飛ばした。轟音ごうおんとともに身体が宙を舞う。5階くらいの高さまで上昇した後、一気に地上まで急降下していく。

 サクラさんと俺は高所からの自由落下を体感して、叫び声をあげた。


「ぎゃああああああ!!」

「わあああああああ!!」

『停止、停止でーーす!!』


 花村さんの声と共に、ピーーーーと耳が痛くなるような高音が鳴った。するといつの間にか平原の光景が消え失せて、身体は現実世界に戻っていた。

 

 強制停止したのか……。


 きちんと座椅子の中に身体が収まっている。床に足が付いている。現実世界だ。さっきのは即死する高さだった。怖かったぁ。


 BMIを外して立ち上がると、立ちくらみのような感覚があった。身体はびっしょりと汗をかいている。現実世界では1ミリも動いていないはずだが、気だるい疲労感が身体を襲った。


「大体、2時間くらいはダイブしていたか」


 湯川さんが壁に掛けられた時計を見て時間を確認している。そこまで長く感じなかったが、もう結構な時間が経っていたのか。


「無茶苦茶な要請だったからな。良くもった方だと思うよ。ちなみに今までの最長は社長がプレイした15時間で、貧血でぶっ倒れて病院に運ばれた」

「そりゃそうなりますよ……」


 2時間ちょっとしか経っていないのに、結構な疲れが溜まっていた。状態異常ばかり喰らっていたからということもあるが、ゲームに使う集中力は半端ではなかった。

 

 よろよろと立ち上がる俺たちの様子を見て、花村さんが手元のキーボードを打ってメモを取っている。


推奨すいしょうプレイ時間は1時間ですかねー。脳波を扱い慣れていないというのもありますけど」

「意外と短いですね」

「いや長い方ですよー。普通のVRの場合だと酔いがあるから、初見だともっと大変なはずです」

「確かに……」


 今更ながら気づいたが、このゲームをやっていていわゆる「VRい」というものを感じなかった。

 

 本来ならば現実世界の身体の動きとゲーム世界の動きに若干の差異があり、それは不快感や気持ち悪さとなって現れたりする。そのミスマッチがVR酔いと呼ばれているが、これだけ視点を動かすゲームなのにVR酔いが無かった。


「フルダイブになったことで、ミスマッチがなくなったからな。かえって何時間でも出来てしまうところにこのゲームの怖さはある」

「SF作品でも良くありますよね。廃人VRプレイヤー」


 フルダイブゲームの廃人プレイヤーとか洒落にならない。

 よだれを垂らしてゲームに没頭する人々が量産されていく未来が垣間見えた。


「もちろん強制停止機能はつけるつもりですよー。2時間プレイしたら、30分は再起動しないとか」

「社会問題になったらしょうがないからな。というわけで30分間休憩!」


 湯川さんの号令により俺たちに30分間の休憩が与えられた。

 

 ゲーム世界で「毒」とか「麻痺」を散々喰らった気持ち悪さが残っていたので、一旦会社の外に出てぼんやりと風を浴びることにした。さっきの平原の風も気持ち良かったが、やはり現実のものの方が良い。


 壁に寄りかかって雲を眺めていると、ビルの中からノーランが出てきた。浮かない顔をした彼は俺の横に立つとペコリと頭を下げた。


「丸福さん、さっきはすいませんでした」

「いやいや狂化されてからしょうがなよね……」


 俺がそう言っても彼は謝罪を辞めなかったので、代わりにコーラをおごってもらった。ふたを開けるプシュッという小気味の良い音を鳴らして、炭酸を喉に入れる。


「つい舞い上がってしまって。こんなにワクワクする体験は久しぶりだったもので」

「分かるよ。そういえばノーランはどうしてこの会社に応募したの?」

「それは……」


 俺が質問すると、ノーランは口ごもって顔を伏せた。

 

 デバッガーは基本的に特別なスキルがなくても出来る仕事だ。プログラミングの知識もゲームデザインの知識もそこまで必要とされない。ある程度のゲームがプレイできて、一般的なパソコンスキルがあれば勤めることができる。

 

 ノーランのように若くて、判断力もある人間がやれそうな仕事は他にも沢山ある気がする。試験前はこんな新世代ゲームの開発に関われるなんて知らなかったはずだから、どんな理由で彼はこの会社に応募したんだろう。やっぱり給料目当てかな。


 俺の質問に少し顔を赤くさせたノーランは、恥ずかしそうに洋服のポケットから布の袋を取り出した。中から出てきたのはゲームのカセットだ。随分古い、30年前に発売された携帯型ゲーム機のソフトだ。


「あの……これ、分かります?」

「これって……『魔法少女☆アライズプリンセス』!?」

「丸福さんも知っていましたか!」


 ノーランは嬉しそうに顔を輝かせた。


 知らないはずがない。『魔法少女☆アライズプリンセス』といえば、言わずと知れたカルト的人気を誇ったゲームソフト。世界ゲーム史が作られるとしたら、1ページとは行かないまでも、ページの隅に描かれるくらいの衝撃を世間に与えた。


 主人公の魔法少女が家族とともに世界を救うRPGで、作り込まれた世界観と個性の強いキャラクターたちは今でも覚えている。ゲームシステムもターン制ではなく時間制限で変身が解けてしまうので、ハラハラしながらプレイしてた。

 このゲームの特徴は沢山の隠し要素だ。特に主人公の父親が覚える必殺技の取得条件が厳しく、子どもの頃何度も挑戦した覚えがある。


「どうしてこんな古いゲームを?」

「これを作ったのはネオタアリの社長、花村創一さんなんです」

「そうだったんだ……」


 ノーランは大切そうにカセットをハンカチに包んで、ポケットの中にしまった。


「僕は小学生1年生の時までアメリカで暮らしていました。この国に帰ってきた時、僕はほとんど日本語が話せなくなくて、全然友達ができませんでした。その時に僕を支えてくれたのが『魔法少女アライズ☆プリンセス』だったんです」


 そこまで言うと、ノーランは片足で立ち右手をぐっと前に突き出しポーズをとった。


「魔法少女アライズ☆プリンセス、参上!」

「あー、覚えてる、覚えてる」

「僕が最初に覚えた日本語です」

「……そっかボイス付きだったもんな」


 このゲームは必殺技や変身シーン、シナリオムービーの大部分にボイスが付いていた。その出来が良くて、当時中学生だった俺は親に隠れて可愛らしい魔法少女の変身シーンをリピートしていた。懐かしい思い出だ。


「このゲームのおかげで日本語を覚えて、友達もできました。忘れられない思い出です。卒業後の就職先を悩んでいた時、ネオタアリの名前を見て迷わず飛びつきました」

「なるほどねぇ」


 最初はクールに見えていたが、根っからのゲーム好きだったわけだ。道理でフルダイブした時にあんなに舞い上がっていたんだ。そう思うと彼に対して少なからずシンパシーを感じた。


「じゃあ、このゲームもそんなゲームにしたいね」

「ですね! 微力ですがやれることをやりましょう」


 プログラムやデザインなどの特別な能力もないが、俺たちは俺たちの仕事をしっかりやろう。そんな風にモチベーションを上げてフロアに戻った俺たちを待っていたのは、BMIを手に持った花村さんと湯川さんだった。


「あ! 2人とも2分遅刻ですよ!」

「スケジュールが詰まっているから、すぐにダイブしてもらうぞ」


 ガボッと装置をはめられてスイッチオン。俺の意識は再びゲームの中へと入っていった。


 「凍結」「火傷」「眠り」「石化」「スロウ」「小人化」


 わんこそばみたいに次から次へと状態異常がかけられる。15種ほどの状態異常を堪能たんのうした俺たちはボロボロになりながら、1日目を終えた。


 ……モチベーションがあろうが無かろうが、やることは山積みというわけだ。世知辛いなぁ。


 ボロボロの身体で自転車を漕いで、俺は帰路に着いた。


 

 

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