正直負けたい
下降現状
正直負けたい
最近、困っていることが有る。それも、女性関係で。
その女性は、俺の隣の部屋に住んでいる。問題は――
「おにぃさん♪」
そう、この娘。俺の背後から、首に両腕を巻き付けるようにしながら抱きついてきたこの娘の年齢だ。若い、というより、小さいのだ。
「はいはい」
わざとらしく、俺は後ろの女の子に面倒さ丸出しで声を返す。
この娘――莉奈ちゃんは、俺の事が妙に気に入ったらしい。度々俺の部屋にやってきては――
「ねね、遊びにいこーよー。デートデート」
とまぁ、こんな具合なのだった。親御さん――特に母親の方も俺の事をすっかり信頼してしまって、安心して預けるんだから困る。デートになんか行けるか。世間の目が大変なことになってしまう。
わざわざ俺の耳に息を吹きかけながら言うんだから、正直身体がぞわぞわして困る。背中に莉奈ちゃんの柔らかい身体が密着してるのも困る。子供の体温って、やたら高いんだなぁ……
「もっとこう……クラスの子と遊びに行ったらどう? 休みなんだし他の子も居るでしょ?」
「えー、お休みの日しかおにぃさんと遊べないのにー? それとも、おにぃさんは私が他の男の子と遊んでる方が良いのー?」
なんでそこで男の子限定なのか。デートだからなのか。くすくすと笑う莉奈ちゃんの声は鈴を転がすようで、耳に心地よいけれども、なんかいけない気分になる。心のどこからを、羽毛で擽られてるみたいで――
いやいや、相手は子供子供。
「女の子と遊べば良いじゃないか」
「あ、おにぃさん的には、私が男の子とデートするのは嫌なんだ?」
言って、んふふー、と莉奈ちゃんは笑う。その息には、少女の甘い匂いが混ざっている。
「良かったー、おにぃさんが変な趣味のヒトじゃなくって」
「変な趣味ってなんだよ」
「好きな女の子がひとに取られちゃうのが趣味なひーと♪」
楽しそうに言うと、莉奈ちゃんは更に身体をくっつけてくる。俺の前に回された腕は、簡単に折れてしまいそうなほどの細さと、焼き立てのビスケットみたいな色に焼けた健康さが同居していた。
「いや、俺は別に君の事が好きなわけじゃ……」
「え、じゃ、おにぃさん、私のこと嫌い……なの……?」
耳元で声を震わせる莉奈ちゃん、その様子はまるで今にも降り出しそうな雨雲のようで。
「いや、そんな事は無いけど……」
「じゃー、私のこと好き……ってことで良いよね♪ 良かったー、ふふふ、知ってたけどねっ♪ おにぃさんが、私のことだぁいすきなのは♪」
俺の声を聞いた瞬間、これだ。声を弾ませて、楽しそう。さっきまで泣き出しそうだったのが嘘みたい――いや、嘘だったんだろうなぁ。
「私みたいにちっちゃな女の子が好きな人の事、ロリコンってゆーんでしょ? おにぃさん、ロリコンなんだ」
「いや、違うから」
本当に違うから……本当に、本当に。
「ねぇロリコンのおにぃさん」
「だから違うって」
「遊びに行くの、私やめよっかなーって思うんだけど」
「おっと」
どういう風の吹き回しだろう。この娘、言い出したら割と聞かない所が有るんだけれども。
――ということは、きっと、もっと厄介な事を思い付いたんだろうな。それこそ、一緒に遊びに――デートに行ってたほうがマシなレベルの。
「かーわーりーにぃ」
ほら来た。
「おにぃさんのお部屋で遊ぼかなー……ってね」
言って、莉奈ちゃんは俺に巻き付けた腕を解く。離れていく少女の香りと温度が、少しばかり寂しい。
俺の部屋、ってことはつまり、ここなわけだけれども。
「ここで、何を?」
ふふふ、という、妖精の羽撃きみたいな笑い声を振り撒きながら、莉奈ちゃんは俺の前へと回ってきた。
タンクトップにホットパンツという活動的な――褐色の太腿からすらっとした足が伸びているのが丸見えだ――服装の莉奈ちゃんが、後ろ手を組んで、前屈みになる。
零れそうな笑顔を見せた少女の、日焼けと真っ白な肌の境界線が、胸元から見えそうになって、俺は目を逸らした。
「おにぃさん、かーわいい♪」
「うっ……」
「そんなおにぃさんが可愛いから、私はこうおにぃさんに任せることにしました」
「な、何を……」
俺はまだ、正面を見ることが出来ないでいた。莉奈ちゃん、絶対にわざと前屈みになってる。胸元から、その中が覗き込めるのを知っててやってる。
小悪魔め……
「何をして遊ぶのか、だよ」
「……」
「ね、ロリコンのおにぃさん? この、誰の邪魔も入らないおにぃさんのお部屋で、私と二人っきりで、おにぃさんは、私と何して遊びたい? うふふ」
莉奈ちゃんの言葉だけが、妙に頭に響いている。
私は何でも良いよ。おにぃさんになら、何されたって、ね……♪
「う、うう……」
俺は負けない……こんなちっちゃい女の子なんかに、負けないからな……
なーんて強がりも、どれだけ続くのかなぁ……おにぃさん♪
正直負けたい 下降現状 @kakougg
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます