貴方の物語

雪人

第1話

「ああ〜〜、マジで無理なんだこれ」

睡魔が襲ってくるような暖かな放課後の教室で、誠は1人ガシガシと頭を掻いた。

神崎誠は、所謂一角のみに長けた天才である。バスケにサッカー、テニスと、幼少期から変わらず兎に角球技が好きだった。中でもバスケは特別で、部活に所属して間もない頃中学生の頃にやってきた挫折も乗り越えただけあって誠の1番の趣味ですらある。高校生となった今もバスケ部に所属している。先輩方や顧問に期待の新人と言われ、羨望と嫉妬、尊敬の混じり合う眼差しで見られる事も多々あった。誠は異端は嫌われて当然だと思っていたので、特にそれに傷つくこともなかった。スポーツが全てな誠は人付き合いが悪く友達も居なかったが、それでもこの高校生活は誠にとって順調に進んでいたのだ。そう、進んでいた。過去形である。

もう一度言う、神崎誠は一角のみに長けた天才である。誠の長けた部分は運動神経、つまり他はからっきしだ。そんな学生がいずれ顔から正面衝突してしまう分厚い壁。そうーーーテストだ。

「やりたくねぇ、こんなんぜってぇ使わねぇだろ大人ってよ。」

悪態づきながらペンを回す。やる気は全く起きないが、しかしやらなければ待っているのは赤点。となると追試だ。部活に顔を出せなくなるし、それが続けば留年。堪ったもんじゃない。

誠が行き詰まっているのは数学だった。最も苦手とする教科で、教科書を読んだところで解けないという徹底した苦手ぶりだ。今も教科書を片手にペンを回しているが、読んではいるものの疲れてきている脳は働かない。集中力もない。

「あれ、神崎...やっけか。何してん?」

「あ?」

数字を見過ぎて頭痛と戦っていた誠は、かなりガラの悪い声と顔で話しかけてきた変わった人間の方を向いた。言ってからしまったと思ったもののもう遅い。誠に悪気はなかった。

廊下側の窓からにゅっと顔を出す男子生徒がそこに居た。名前は知らないが、顔は知っている。誠のクラスの学級委員長だった。

「はっは、ガラ悪いて。君なぁ、せやから怖がられるんやで?あ、俺の名前分かる?橘龍平っちゅうんやけど。」

へらへらと読めない笑みを浮かべながら近付いて来る龍平に、眉間のシワが更に酷くなる。

「知らねぇよ。つうかベラベラ喋り過ぎだうぜぇ。頭いてぇんだよ、黙れ。」

「そげに冷とうせんといてや〜。...へぇ、数学か。苦手なん?」

ズカズカと教室に入ってきて、(...此処は誠の部屋ではないのだから当然なのだが、)勝手に手元を覗き込んだ龍平に反射で教科書やノートをバサバサと引き寄せる。

「...苦手だと悪ぃかよ。関係ねぇんだからほっとけ。」

「いやなあ、そうもいかへんねん。」

つり目がちで猫目な龍平の目が、にぃっと上がる口角に合わせて眇られた。

「クラス対抗成績戦、知っとる?」

「なんだよそれ。知らねぇ。」

「そうかそうか、まぁ縁ない話やろうしなぁ。クラス対抗成績戦、通称成戦っちゅうんは、その名の通りクラス対抗で成績を競う争いや。毎年夏と冬に開催されよる。」

龍平は誠の机に肘をついて、端正な顔を鼻と鼻がつきそうになる程近づける。

「その成戦でな、優勝したクラスは学年のトップになって、一から三年のトップ同士で今度はバスケで争うねん。それで勝ったクラスは、クラストップ3の所属部の費用がなんと!倍になるんや!」

「...はぁ。で?」

「で?ってもう...。君さ、バスケ部やろ?俺は剣道部や。あと一人俺とクラス1位の座を奪い合っとる水瀬、俺らでトップ3、占めたろや!!」

訳が分からないが、面倒な奴に目をつけられたことだけはよぉく分かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

貴方の物語 雪人 @yulll00x

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ