第11話 記憶
とても静かな夜だった。加賀谷が気に入っている月の形の丸い照明が柔らかい光を放つ。
それ以外灯りのない加賀谷の部屋で、ふたりは並んでベッドに腰かけていた。
暖房が効いていてあたたかい、それだけではない体温の上昇が確かにあった。
気持ちと身体が同様に高揚していく。
この時、この場所でふたりは同じ気持ち、想いを共有していた。
「悠一、いい?」
加賀谷は向かい合って氷川の眼鏡を両手を使いやさしく外す。片手でそばのテーブルの上へそっと置くと、もう片方の手で氷川の顎を軽く持ち上げて口づけた。氷川の頬が赤く上気する。
「んっ……」
確かめ合うように、求め合うように、深く口づける。
「はぁ……」
氷川の口からは熱い吐息が漏れていた。加賀谷は向かい合っていた顔を横へずらし、耳たぶを甘く噛んだ。さらに舌で突付く様に舐める。
「んんっ!…」
その刺激に氷川は少しだけ体を硬くすると、加賀谷はちょっと離れてやさしく頭を撫で始めた。そのまま甘く耳元で
「好きだよ、ずっと好き、悠一だけを……」
氷川は頷くばかり。加賀谷は白くきれいな首筋に唇を這わせた。そのまま軽くベッドへ押し倒す。
前がはだけてむき出しになっている鎖骨の上にひとつ、紅くしるしをつけた。
「み、見えるとこはマズイって……」
頬を紅潮させ少し身もだえる。氷川のそんな姿を目にして、こころの奥底から込上げて来る熱い想いに加賀谷自身、翻弄されはじめていた。
加賀谷は氷川の肩を軽く起こし、ほとんど衣類として機能していないパジャマを脱がした。続けて腰に手をかける。氷川はそれを助けるように腰を浮かした。するりとパジャマのズボンが下着ごと脱がされる。生まれたままの姿で横になっている氷川をやさしく見下ろし、もう一度首筋にくちづけた。加賀谷の唇がそのまま下へと下りていく。氷川の胸の硬く尖ったその先端をやさしく唇で挟み込むと舌先で軽く擦る様に舐める。
「……はっ!! んんっ……くぅっ!」
びくっと身体を仰け反らす。氷川の腕は加賀谷の頭を抱えるように抱きしめていた。
「いい……?」
加賀谷の左手が下へと伸びる。氷川の内股にするりと滑り込んできた。そのまま下から撫で上げる様にして氷川自身をかるく握る。
「!?」
そこはもう既に大きく硬くなって自己主張していた。
「あっ!」
息が荒くなってきた氷川が少しだけ身をよじった。
「嫌……?やっぱり止める?」
少し艶っぽい声で加賀谷が訊く。氷川を見つめるその眼差しは限りなく熱く、やさしかった。顎を仰け反らしたまま、慌てて首を振る。
「や、止めなくていいから……」
やっと搾り出すようにそう告げた。
「……悠一が欲しい」
加賀谷の顔が氷川自身をかるく握る左手へと近づく。その先端を舌の先がかるく触れた。
「……くっ!」
大きく身体を反らす。氷川の両手がシーツを掴んで握り締めていた。握られたそれは舌先がかるく触れる、それだけの刺激でもう漏れ出していた。次はしっかりと舌で擦り上げる。
「ううっ……んんっ!」
声を殺して耐える。
「悠一、嫌だったら無理しなくていいんだよ」
加賀谷の吐息がかかるような、そんなわずかな刺激でもいちいち反応してしまう。
「い、いいから、早くしろ…!」
加賀谷の左手は氷川自身を軽く握ったまま動かし続けている。時折、舌先で刺激を受けるそれは、もう充分に濡れていた。湿った水音が氷川の荒くなった呼吸と一緒に部屋に響く。
「くっ!、イ、イキそう、だっ!」
氷川は急速に背筋を這い上がる快感に、限界がもうそこまで来ている事を感じて堪えきれず、再びシーツを握り締めた。すると加賀谷の手が、急にその動きを止めて氷川自身の根元をきつく握った。
「あぁ……」
急速に快楽の波が引いていく。
「何だよ、なんで止めるんだよ……」
氷川は涙目になって加賀谷を見上げた。
「まだだよ……つけてあげるね」
加賀谷は枕元からコンドームを取り出して封を切り、やさしくつけた。
「うん、これで濡れたりして気持ち悪い事、ないよね?」
続けて自分も着ているものを全て脱ぎ捨て、そばにあったローションを手のひらに垂らす。少しあたためてから加賀谷はもう片方の手で氷川の左足のひざの裏を軽く持ち、自分の肩にかけて身体を前へ倒し押し上げた。氷川は腰が浮かされて不安定になるのを支えるように右足のひざを立てた。さっきまで氷川を
「あっ、…うっ!…くうっ、ん、んんっ!…」
「……入れるよ?」
加賀谷はゆっくりとその長くて綺麗な指を氷川のそこへ侵入させた。
「はっ!!」
一瞬身体を強張らせる。
――何故か身体はその感覚を知っていた。身体がその感覚を覚えていた。
初めてなのに、そうじゃない。遠い昔に同じ感覚を分かち合った気がする……。
氷川は加賀谷の手から生み出される快感に懐かしさを感じていた。
加賀谷は氷川の
まるで氷川の身体を知り尽くしているかのように。
軽く抜き差しする指が氷川を熱くする。そこから出ている熱で自我も溶かされそうになる。
「あっ…んんっ! くぅ、ううんっ…」
嬌声をあげまいと、歯を食いしばって堪える。
そのとき加賀谷が肩にかけていた足を下ろし、ひざの裏を持ってベッドへ押さえつける。左手の指の動きはそのままに、氷川に覆いかぶさってきた。
「悠一……好きだよ…」
加賀谷は氷川の首筋に唇を這わせた。そのまま上へ這い上がってきて仰け反っている顎へくちづける。
「ちから抜いて……悠一の声、聞かせて……」
甘く微笑む加賀谷。氷川の鼻へ加賀谷の鼻がくすぐるように触れ合う。そして喘ぐ口をその唇で塞ぐ。
「んん!……んんっ」
加賀谷の舌が氷川の唇をつつくようにして開くように促す。その刺激に食いしばっていた顎の力を緩めると、ゆっくりと唇を押し開いて舌が入って来た。
その舌が氷川の理性と自我を溶かす様に絡みつく。氷川の舌は加賀谷のそれとひとつに溶けていった。
「はふっ…くふっ、ううん…」
僅かな唇の隙間から漏れる熱い吐息と嬌声が加賀谷をより高みへと昇らせていく。
「悠一、もう、いいかな……」
指で充分締まっていた
「くっ……。加賀谷……なんてかっこうさせるんだよ」
わずかに残っていた自我と羞恥心が今、自分がどのような状況かを想像させる。
――両足を持ち上げてられて左右に大きく開かれる…。考えただけでも恥ずかしさで顔から火が出そうだ。
目を潤ませ、これ以上ないほど頬を紅潮させた氷川を愛しく、慈しむように見つめる。
「ちょっとだけ待ってね」
加賀谷は足を支えてた方の手を離し、枕もとにあったコンドームを取ると軽く口にくわえ、歯で裂くように開封した。
袋から取り出したそれを一刻も早く解放されたがっている、硬く大きくなった
「いくよ……」
準備を整えた加賀谷が己自身を氷川の熱くなったそこへ、その先端を滑らせる。前後に滑らせると軽く水音が響き、熱くぬめった刺激が氷川のわずかに残っていた自我と理性を溶かした。
「んんっ! ……はやく……して……くれ」
加賀谷が僅かに頷くのが見えた。その瞬間、熱くて硬い加賀谷のものが氷川の中へ押し入って来た。
「くぅっ!……」
押し入ってくるその強い刺激に背中を仰け反らせる。
「あぁっ! 痛かった?」
まだほんの先端が埋まっただけの状態で心配そうに加賀谷が気遣う。
「平気だから……加賀谷なら、俺……」
ひりつくような、鈍い痛みで涙目になった氷川は加賀谷を見上げた。覆いかぶさっていた加賀谷の眼差しが
「悠一、愛してるよ……」
加賀谷はゆっくり腰に体重をかけ、深く入っていく。全てを収めたところでそっと訊いた。
「痛くない? 無理してない?」
氷川を気遣う加賀谷の声は限りなくやさしく、熱かった。
「だ、大丈夫、だから…」
息も絶え絶えに氷川はそれだけ言うのがやっとだった。
「動かす、よ……」
「!?」
加賀谷の腰がゆっくりと動き始める。その動きにあわせ、わずかな痛みと快感が波のように押し寄せる。
「あっ! あ、あぁ……うっ……」
氷川は身体が宙に浮くような、こころもとない感覚に襲われた。
「はぁっ、はぁっ、あぁっ! ううんっ……」
加賀谷の動きが激しさを増す。それにつれて氷川の呼吸も速くなる。身体とこころ、両方を激しく揺さぶられ、頭の中は真っ白になり、
次第に氷川は、何かにつかまらないと不安になるほどの浮遊感に襲われ無意識に両手を前へと伸ばした。その激しい動きに首を後ろに反らせ、こみ上げてくる衝動のまま一心不乱に没頭していた加賀谷が視線を下ろし、氷川を熱く見つめる。空を
「……か、かがやっ!!」
「ゆ、ゆう、いちっ……」
絶頂を迎えたその瞬間、氷川は目を見開いた。熱い涙が頬を伝っていく。目の前には加賀谷が眉を
――愛しい。とても懐かしい……ずっと以前にも、こんなふうに加賀谷に抱かれた気がする……。
そう思った次の瞬間、氷川の意識が飛んだ。
気が付くと手を硬く繋いだまま、加賀谷が氷川に覆いかぶさっていた。呼吸もまだ荒く、氷川に負けないくらいの汗を掻いている。加賀谷のオーデコロンが汗で揮発し、あたりに甘い香りが漂う中、互いの汗が熱い身体を密着させていた。
「……重いんだけど」
氷川がぽつりと言うと加賀谷は、はっと我に返って指を一本一本剥がす様にゆっくり手を解くと、 両手を氷川の頭の脇に付いて腰を浮かした。
その時、加賀谷の力が抜けたのか偶然腰が深く動いた。
「はあぁんっ!?」
油断した氷川は大きな声を上げてしまい、思わず顔を赤らめる。加賀谷は小さくうめくと、今度はしっかり手を付いて氷川の上から身体をずらした。引き抜かれる感覚にびくっと身体が反応する。思わず発した声に氷川は恥ずかしさのあまりじろりと加賀谷を見た。隣で仰向けになって息を切らしていた。
「はぁっ……はぁっ……」
加賀谷の方へ向き直す。
「……大丈夫か?」
よっぽど加賀の方がつらそうだった。
「うん……もう大丈夫。……悠一のことが好きすぎて頑張っちゃった」
「ったく。お前ってヤツは加減てもの、知らないよな。俺の腹の上で死んだりしたらシャレになんねーよ」
照れ隠しでぶっきらぼうに言い放つ氷川に、真剣な眼差しで向き直る。
「悠一を抱いて死ねるなら、本望だよ」
ふわりとやさしく
「はぁ!? 何言ってんだよ! 死ぬなんて言うんじゃねえよ!」
急に真面目に言われて、ますます照れる氷川にふと気づいたように加賀谷が言った。
「あれ? 先に言い出したの、悠一じゃない?」
「ぐっ……」
言い返されて思わず言葉に詰まる。加賀谷があの笑顔でしっかりと言葉にした。
「死なないよ。悠一を残して死んだりしない。約束するよ」
加賀谷の眼差しが熱く、強く氷川を見つめる。
「加賀谷……」
氷川は思わず見つめ返した。すると真剣な眼差しがふっと緩み、
「僕、悠一より、一日だけ長生きするね。ひとりになんて絶対しないから」
そう言うとやさしく抱き寄せた。
「愛してる……」
低く掠れた声で
――やべぇ……なんか、涙がでそうだ……
顔を見られないよう
「俺も……愛してる」
加賀谷が愛しい。そして理由は分からないが何故か不思議と懐かしい、そんな気持ちで胸がいっぱいだった。
「でも本当に悠一の方があやしいよね。 今からでも遅くないから気をつけなくちゃ、ね」
「何?」
「だって……普段から飲みすぎでしょ、ビール。それに運動不足じゃない。おじいちゃんになる前に死んじゃやだよ」
「ええっ!? ……何だよ、そんな事言うかよ……」
目を伏せてちょっとだけ拗ねて見せた。
「ずっと、一緒だよ。ずっとそばにいてね」
「離さないからな、絶対。俺、加賀谷がいやだっていっても離さないから」
そう言って氷川は自分から加賀谷へくちづけた、やさしく、長めに。加賀谷の手が氷川の髪を撫でる。
「……悠一、また……欲しくなって来ちゃったんだけど」
「何が?」
「悠一が、欲しい」
加賀谷はきつく抱きしめると軽く氷川の両肩をベッドへ押し付け覆いかぶさってきた。
「……ダメ?」
――そんな目で見ないでくれ……
熱く甘くやさしく。そして強く。氷川だけを瞳の中に映している。真っ正面から向けられる愛情に氷川は頬を赤らめて思わずその視線を逸らしてしまった。
「……先に、下の方、なんとかしてくんない?」
照れを誤魔化すように、まだ完全に萎えていないそれを指して処理を頼んだ。
「取り替えてあげる」
そう言って外した加賀谷は、そのままその先端へくちづけた。
「あっ!? こ、こら、だめだって……」
加賀谷の舌や唇がまだ硬さの残る
氷川が加賀谷の腕の中から解放されたのはもう、明け方近くになってからの事だった。
その朝早く、加賀谷は氷川が眠りに付いたのを見計らって、ほとんど寝ずに一通の手紙を書いていた。それは分厚く、封筒がはちきれそうなほどの枚数だった。大学へ行く途中、投函する。
「今夜は早く帰って、悠一に何、作ってあげようかな」
加賀谷は自転車を立ち上がってこぐと、冷たい風をものともせず、青空に負けないほどの澄み切った眼差しで微笑んだ。
その頃氷川はようやく目を覚ました。枕元には書置きが一枚。眼鏡と携帯電話が文鎮がわりに乗せてあった。身体を起こし、眼鏡をかけて書置きに目を通す。それは加賀谷からの手紙だった。
『悠一へ。おはよう。良く寝ていたので起こさずに大学、行ってきます。それと、勝手にバイト、休むって連絡入れちゃった。ゴメンね。……多分、悠一、寝坊してるんじゃないかと思って。
それから昨夜はありがとう。僕を受け入れてくれて、嬉しかった。悠一と出会えて本当に良かった。改めてありがとう。こんな僕を大切に思ってくれて。僕は、ずっと悠一を、悠一だけを愛するから。この腕で悠一を抱いた時、変に思うかも知れないけど、何だか不思議と懐かしかったんだ。
それが何故か全く分からなかったんだけど、今、こうして、悠一と
吉彦より、感謝と愛を込めて』
氷川は初めて加賀谷と出逢った
――あの時の加賀谷の眼差しが妙に懐かしかったのも。以前にもこうしていたような気がするのも。俺たちの出逢いは……運命、なのか。そう思えば、何故かしっくりくる。全ての歯車が噛み合い、大きな輪の中にいる、運命と言う名の。こんなに懐かしいのも、愛しいのも、嬉しいのも。
また再び出逢えたであろう、そんな想いで、切なさと喜びで胸がいっぱいになった、昨夜。氷川は、左手の薬指を見て呟いた。
「俺の赤い糸は、加賀谷に繋がってたんだな、現世では男同士だったけど。 前世や来世じゃどうなんだろうな、俺たち。でも、俺も信じるよ、きっと生まれ変わっても、加賀谷のそばにいると」
氷川はふっと顔を緩めて天井を仰ぐと、目を閉じてひとつ深く息を吐いて、枕元に有った携帯電話を手に取り電話をかけた。
「あ、おふくろ? 俺、悠一。うん、春休みには帰るから。……紹介したい人がいるんだ。そのとき連れて行くよ」
電話を切って、ふうっと息をひとつ、吐く。
「さて、どうやってお袋に説明したもんか、参ったな……大切な人、には違いないんだけどな」
氷川は母親に紹介したい人、すなわち加賀谷が『男』である事を告げずに電話を切った。
「でも……これを乗り越えないと、これからふたりの未来は無いもんな。俺、加賀谷と一緒にいたいと心底本気で思ってら」
決意とも言える独り言に自分で頬を赤くし、照れている。改めてベッドに大の字になって天井を仰いだ。
氷川の顔はこれ以上ないほどのしあわせな笑顔で、大切な愛しい人を想っていた、加賀谷の事を。
見守る全てのものが、ふたりを祝福する。まだ冷たい風が、晴れた日差しのぬくもりを受け、すこしだけあたたかく、加賀谷の背中を後押しした。
ベランダからは、やわらかい日差しが氷川のこころをあたためる。冬の間のほんのひととき。
彼らを包む全てがあたたかく祝福した。
真野が朝、目を覚ますとほとんど同時に携帯電話の着信音が鳴りだした。
「おう…今起きたとこだ……朝っぱらから何だ?」
先日の工学部の友人からである。
「真野! お前加賀谷に何言ったんだ?」
「あ? うん、まあな」
「まるで別人だぞ、すっきりさわやかな顔して……後光すら射してるぞ」
(悠一……。ヤられまっくたな……ご愁傷様)
「まあ、これで解決だな」
「それが……」
「何だよ?」
「今度は何故か知らんが、張り切ってるの何のって」
「……まさか?」
「そう、張り切りすぎて、暴走してるよ」
「………。俺、もう、知らん」
「そんな事言わずに、何とかしてくれよ! 真野、責任取ってくれ!」
「何で俺が!?」
「頼むよ、助けてくれ!」
「……勝手にやってろ、もう、知らん!」
真野は携帯電話の電源を切ると、シャワーを浴びにバスルームへと向かった。
「あいつら、なんだかんだ言って、お互い惚れてる同士だもんな。……バカップルめ」
そういって笑う真野の目は、とても穏やかでやさしかった。
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