第3話 自覚




 加賀谷が越してきてから二週間が経ったある日。


「悠一起きなよ、もう十一時だよ」

布団を抱きしめて丸くなって寝ている氷川の肩をかるくゆする加賀谷。

まぶたが半開きの状態で枕もとの眼鏡を探し、まず眼鏡をかける氷川。

眼鏡がないと何も見えない氷川にとって目を覚ますにはまず眼鏡をかけなければならない。

「うう~ん。ん? あっ、加賀谷!? ……あっそうか、越してきたんだっけ……」

案の定、加賀谷に起こされている

朝が苦手な氷川にとって毎朝加賀谷に起こされるのは心臓に悪いらしく、必ず同じ反応をする。

「悠一ってホント、朝が苦手だよね。……それにしても昨日はだいぶ飲んでたでしょ」

 氷川は昨夜、同じ教養学部の連中と明け方近くまで飲み明かして帰ってきた。決して強い方じゃなくむしろ酔いが回るとすぐに潰れてしまうたちだ。しかしなぜか氷川には飲み友達と言える仲間が多く、よく誘われている。昨夜もいつもの事だった。

「ははーっ、いつも御迷惑をお掛けしておりまする」

ベッドの上で正座をし、両手を付いて頭を下げながらかしこまる。

そんな氷川を立ったまま見下ろし仕方がないといった様子で腕を組む。

「まあね、いつものことですから。……なんてね。ぷぷっ」

声を出して笑う加賀谷。つられて笑う氷川。

それもつかの間、加賀谷が何かに気づきはっと我に返えった。

「悠一、笑ってる場合じゃないよ。今日は全員集まっての合同練習日だよ」

「ああっ! そうだった! また真野さんに怒られるよ」

氷川の身支度が整うと、ふたりは慌てて部屋を飛び出した。





 もうすっかり夏の日差しが照りつける、七月の初め。

テニスコートの隣の欅並木けやきなみきもすっかり葉が生い茂り、その下に涼しい木陰を提供してくれる。

ベンチには涼を求めるテニス部員たちが休んでいた。

「加賀谷!たまにはこっちにも顔、出せよ!」

そんな声が掛けられる。

加賀谷は笑顔で答えながら氷川と部室へ急いだ。





「遅れてごめんっ!」

ドアを開けると同時に氷川が叫ぶ。そこには既に真野が待っていた。

椅子に腰かけ楽譜を読んでいた真野が顔を上げふたりを見てぼそりと言う。

「……いや、まだ他の三人も来てないから」

それを聞いてほっと胸を撫で下ろす氷川。

「マジで? 慌てて損したじゃんか」

 額の汗を手の甲で軽く拭いながら、バックパックからピッチパイプや楽譜など必要な物を出しロッカーにしまう。氷川は両手がふさがるのが嫌でバックパックを愛用していた。ラウンドネックのTシャツにジーンズ、スニーカーと典型的な学生スタイルだ。

 加賀谷は大き目の革のトートバッグを肩から掛けている。襟付きの白いシャツにジーンズ、底が厚めのワークブーツとかっちりしたスタイルだ。続いて加賀谷がバッグをロッカーにしまうと、それじゃ先に始めよっかと軽くストレッチを始めた。続けて基本の発声練習に取り掛かる。

「もう、コンテストまで残り四ヶ月切ったからね」

分かってはいたものの改めて言われると時間はあるようでない。

加賀谷の何気ない言葉に氷川は気合を入れようとしたものの、遅刻してはまずいと慌てて走ってきたのと昨夜の飲み過ぎで酒が残っているらしく身体が言う事を聞いてくれない。

ついに近くにあった椅子にどかっと腰をおろしてしまった。

「あーダメだぁ……腹に力、入らねぇ……」

うなだれる氷川。

「何言ってんのさ、ほら、ちゃんと立って」

「か、加賀谷……!?」

そんな氷川の前にすっと立ち加賀谷は両手を氷川の脇の下へ入れると、そのまま上へ抱き上げた。 ふわりと一瞬身体が浮いたかと思うと立たさせられていた。


――そう言えば加賀谷って見かけによらず筋肉質なんだよな……その上、俺よかよっぽど力も有るし……。


 あれは加賀谷が越してきて初めての夜の事だった。



「これ、何?」

透明のプラスチックで出来た四角い、全体が長方形で真ん中に少しくびれがある、そんなものがたふつ、ソファの上に転がっていた。

「あ、それ、ダンベルだよ」

キッチンから麦茶の入ったグラスをふたつ手にしながら加賀谷が答える。

その一つを氷川の前に置き、加賀谷もテーブルの上に置いた。テーブルをはさんで向かい合わせに座る。

「どう見ても空のペットボトルにしか見えないんですけど」

眼鏡のつるを指でクイっと上げて訊く。氷川の癖だ。

「これはね、中に適当に水を入れて使うんだよ」

ひとつを手に取り、キャップの部分を指差して説明をする。

「へえー……ってなんでそんなもん持ってるわけ?」

加賀谷は当たり前のように言った。

「筋トレのためだよ」

「筋トレ? 何のために?」

不思議でならないといった様子の氷川に加賀谷は丁寧ていねいに説明する。

「テニスにしても歌う事にしても結構体力要るよね。テニスではラケットを振り切るためにも腕力欲しいし、歌では高音域を震えずに出そうと思ったら、やっぱりそれなりに腹筋力も必要だし。僕の場合は鍛えるのと同時にするために筋トレしてるんだ」

そこまでして努力を怠らない加賀谷に氷川は二の句が繋げないでいた。

「そうだ僕ね、毎晩夕食後暫くしてからトレーニングやるから、悠一も一緒にどう?」

テーブル越しに少しだけ前のめりになり、にっこりと微笑みながら氷川に筋トレを勧める。

「いやっ!?  お、俺はいいよ、続かないって」

思わず身体を後ろに引いて広げた両手を左右にぶんぶんと振り否定する。

むしろそんなことしたらかえって腹が減ってビールの量が増えそうだ、つまりは太ると、そう言ってしりごみをした。

「気が向いたら何時いつでも言ってね」

ふふっと笑うと加賀谷はダンベルに水を入れに立ち上がった。



 腹筋、背筋、腕立て伏せといつものメニューをこなしたらしく、加賀谷は先にシャワー浴びるね、と言ってバスルームへ向かった。

暫くするとそのバスルームから声がする。

「悠一? ごめん、着替えもっていくの忘れちゃって……部屋に置いてあるから取って来てくれない?」

「ああーわかったー今、持ってくよー」

テレビに目を向けたまま答える。それじゃ取ってこようかと、おもむろに立ち上がり隣の部屋へ行くと几帳面な加賀谷らしく、きちんとたたんで置いてあるのがすぐ目に入った。


――ああ、これだな……あ、加賀谷ってボクサーパンツなんだ……おい、何見てんだよ、俺!?


加賀谷の下着を目にして動揺しだす。何故か鼓動が早くなってくるのを感じていた。


――男じゃんか! 何でドキドキすんだよっ!


自分で自分に突っ込む。

ひとつ深呼吸をすると、慌ててバスルームへ向かった。

「加賀谷、持ってきたけど」

ドアの前で声をかける。その次の瞬間目の前のドアが開いた。

「ありがとう、悠一」

「!!」

腰にタオルを巻いただけの加賀谷がドアを開け、礼を言う。

「うわっ! ……か、加賀谷……!!」

 氷川は加賀谷の身体に思わず目が釘付けになった。

 それはあのやさしい柔和なイメージとは対照的に、硬く締まった筋肉質の均整のとれた彫像のような体つきをしていたからである。ボディビルの様な見せる筋肉と言うよりも、無駄な脂肪の無い身体と言った方が正しい。

 首から肩に掛けて、わずかに盛り上がるように筋肉が付いている。上腕も薄い皮膚の下に筋肉が見て取れる。胸はもともと体が細いせいか厚みこそそれほどでもないが、それでもしっかり張って割れている。その下のみぞおちはへそにかけて田の字が出来るほど腹筋が発達していた。タオルから覗く太ももはすっと締まっていて細く、そのままふくらはぎへと繋がっている。

 下手なモデル顔負けの、バランスの取れた締まった身体を目の当たりにした氷川は、上から下までまじまじと見つめていた。


――確かに筋肉質なんだけど、何て言うかその締まっててしなやかって感じで。 腕とか胸とか男の俺が見ても、なんかたくましいって感じ。 ん? た、体毛薄っ! って言うより全然無いじゃん! 肌もキレイだし、すべすべしてそう。 触ったら気持ち良さげ……ってオイ!? 気持ち良い? さ、触る!? 何言ってんだ、 俺!? 加賀谷の身体を触る? 何だかドキドキして来たぞ……、なんでドキドキして来るんだよ!? うわー、考えれば考えるほど頭に血が上って来た………


 黙ったまま、真っ赤な顔で突っ立っている。

「悠一、どうかしたの? 顔、真っ赤なんだけど……」

声を掛けられ我に返る。

「い、いや、そ、その、あんまり普段の加賀谷とギャップのある体つきしてるなと思って……」

屈託の無い笑顔が返ってきた。

「僕、ひとつの事にのめり込んじゃう性質たちだから、つい筋トレも一生懸命やり過ぎちゃって……。 んー、普通の人よりちょっとだけ筋肉質かも。ふふふ、ただ痩せてるだけだったりして、ね」

日頃のトレーニングや、練習を苦とも思わない加賀谷らしい答えに、氷川は少し自分が恥ずかしくなって目を伏せた。

偶然、その視線の先にあったものは……腰に巻かれたタオルだった。

「……ん? ここはごく普通に人並みだと思うけど? 確かめてみる?」

邪気の無い加賀谷は、腰のタオルをいとも簡単に躊躇ためらいもせず外そうとした。

氷川は一瞬加賀谷の言ってる事が飲み込めずぼうっとしていたが、タオルに手を掛けた加賀谷を見て我に返り、顔から大量の汗をかきながら手をバタバタさせ必死で止めた。

「わーーーっ!!  いいから! そこはいいから! そんなつもりで見た訳じゃ無いから!!」

「別に男同士だし、そんなに焦らなくても……」

いかにも不思議でならない、そんな顔をした加賀谷を氷川は、慌ててバスルームに戻るよう促した。

「と、とにかく、風邪引くといけないから、ほら、戻って」

「うん、ありがと、悠一」

ぱたん、とドアが閉まる。

「はぁーーーーっ」

胸を撫で下ろし、ドアに背を向けて寄りかかる。

うつむいて先ほどまでのやりとりを思い返す。


――にしても全く。加賀谷って無防備だよな。俺の方がドキドキするよ。 待てよ、オイ……!? 加賀谷の裸を見てドキドキするなんて、全くどうかしてるよ、俺!――



「悠一?」

名前を呼ばれ、はっと我に返る。

「あっ! 加賀谷……」

「飲みすぎで力入らないんでしょ、ダメだよ。腹式呼吸の確認するからね」

加賀谷はやっと立ち上がった氷川の後ろに立ち、自分の両手を氷川の腰に当てた。

「ほら、力入れて。腹式呼吸ちゃんとして」

 呼吸法を確かめようと、少し腰をかがめて両腕を腰の両脇から前の腰骨の上あたりへ移動させる。加賀谷の胸が氷川の背中にぴったり密着する。左の肩越しに加賀谷が声をかけてくる。

 両手は下腹部近くにぴったり引っ付いて、腹式呼吸のための腹筋の動きを確かめている。

まるで後ろから抱きかかえられるような状態になった。

 加賀谷の手は意外に大きく、指も細く長い。男性としてはかなり綺麗な手をしていた。

そんな加賀谷の手がTシャツ一枚の上にぴったり引っ付いている。


――あ、肩に加賀谷の吐息が……く、くすぐったい。背中から体温が伝わってきて……そういえばホント筋肉質な身体、してんだよな…… そ、それ以上、手が下へ行くと……ヤバイ……なんだか頭がぼぅっとしてきた……ドキドキし過ぎて顔まで火照ほてってきたみたいだ。それにしたってなんで加賀谷にドキドキするんだろう、俺。落ち着け、俺。しっかりしろ!


 何とか平静を装おうとしたが、汗は正直だった。

「ん? そんなに暑いかな。エアコン喉に良くないからあんまり強くしたくないんだけど……」

「ああっ、だ、大丈夫だよ! 大丈夫だから……」

加賀谷の身体が、手が触れている、それだけで気が遠くなりそうな自分がいる。なぜ加賀谷の事を思うと……。

 不意にドアが開いて賑やかな声が部屋中に響いた。

「遅れてゴメンな! ハジメ君が待ち合わせ場所に中々来ぃひんかってん!」

氷川は驚いてぱっと加賀谷から離れると、わざと威張って言った。

「遅い!」

「だからゴメン言うとるやろ、ハジメ君も謝りや!」

話す言葉は関西弁、外見は色黒でドレッドヘアー。カラフルなTシャツにダメージジーンズ。ギャップがあるのもなんのその、明るく人懐っこい笑顔の青年は隣で肩で息をしているサングラスをした青年を促した。

「やっくん、勘弁してって! いやいや、真野さん、悠一、加賀谷、ごめん!」

彼の名は千葉一ちばはじめ、関西弁を話す彼は、やっくん事、薬師丸慎一郎やくしまるしんいちろう、そしてもうひとり。

「ハジメは基本的に反省の色が足りないんだよ」

ちょっと小柄で髪を金に染めた青年がぼそっと言う。皆川響みなかわひびきである。

「キョウ、そりゃないってー。俺も反省してるのよこれでも。 あんまり天気が良いからさ、つい大好きな電車で遠回りしちゃったら思ったより遅れちゃってさ。ホント、ゴメン!」

「……ハジメさん、言い訳は良いから練習始めませんか?」

加賀谷は千葉を促した。

 千葉は加賀谷の高校時代のテニス部の先輩で、メンバーが足りないのを知って楽器のバンドを掛け持ちしつつ、加賀谷の誘いを受けて参加してくれたのだ。薬師丸、皆川は別の大学に通う学生でそれぞれの大学でメンバーを募ったときに集まってくれた有志。ただ皆川は氷川と同じ予備校に通っていたことを顔合わせの時に知った。

 加賀谷が起こしたバンドは大学という垣根を越えてアカペラが好きなメンバーを、 より質の高いものを目指して結成されたものだった。

「ハジメ、必要以上に喋りすぎて喉枯らすんじゃねーよ」

それまで黙って楽譜から目を離さなかった真野が釘を刺す。

「みんなしてもう!」

軽く地団駄を踏んだ千葉に薬師丸はハジメ君は口から先に生まれたんよ、と冗談めかす。

笑い声が響く中、練習は再開された。





「僕、もう少し発声して来る」

そう言って加賀谷は部屋を出て行った。

それを見計らってたかのように、氷川が部屋の隅へ真野を呼ぶ。

「真野さん、ちょっと」

楽譜を確認していた真野はめんどくさそうに訊いた。

「何だ?」

「いいから、ちょっと」

様子が変な氷川に真野はしぶしぶついて行った。

「ちっょと真野さん、後ろから俺の腰、触ってみて」

「ああん?」

何言ってるんだと言わんばかりに眉間にしわが寄る。

「頼むから」

両手を合わせて拝み込む。真野はしぶしぶ氷川の後ろに回り、力強く腰を掴んだ。

「こうか?」

「もうちょっと優しく」

「こんなもんか?」

「う、ん。……」

氷川の不可解な行動に真野は業を煮やして訊ねた。

「これが何なんだ?」

「ごめん、ありがと。もう良いよ」

益々訳が分からない。

両手を離し混乱する真野に、氷川はくるっと向きなおし神妙な顔つきで訊いた。

「俺ってヘン?」

いきなり脈絡の無い質問に、益々訳が分からず少しイラつく。

「何が?」

「真野さんに触られてもなんとも思わないのに、加賀谷だと意識しちゃうんだけど……」

「あぁ?」

真野の眉間に再びしわが寄る。

「俺ってやっぱりヘン?」

凄く真面目な顔をして詰め寄る。

「あのなー、お前な……」

ため息をひとつつくと、あきれたように真野が続けた。

「好きなんだよ、加賀谷の事が!」

「えっ……!?」

思いもよらない答えに氷川は目を白黒させた。

「俺が!?  加賀谷の事を!?」

なぜか胸がドキドキして、額からは汗がにじんでくる。

「でなきゃなんで意識するんだよ、しょうがないやつだな」

真野はフンと鼻で笑い、それくらい気づけよと言い放った。

「お、男の加賀谷を俺が好き!?」

自分で言って混乱する。

「別にいいんじゃねーの」

真野はあごに手をやり、いかにもそれがどうかしたか? と言った感じで答えた。

「へ……?」

すぐにはその言葉の意味が飲み込めず、開いたままの口で気の抜けた返事をしてしまう。

「男でも、女でもさ。そういう気持ちが大事なんじゃねーの。そんな風に思える事が、さ」

そう言ってふっと笑う。

「真野さん……」

氷川は目を丸くしながらも、なぜか否定する気になれないでいる自分を不思議に思っていた。

「それに……」

真野は氷川から視線をそらし、別の方向を見ながら何かを思い出しているようだった。

「何?」

「いや、何でもない。 そろそろ、いい加減に加賀谷呼んできな。どうせいつもの所だろうから」

「う、うん……」

加賀谷を呼びに行く氷川の後姿を見送りながら、真野はある事に気が付いていた。


――悠一のヤツ鈍いにもほどがあるな。いつも加賀谷お前のそばにいるじゃねえか。 その上細かいところで気ぃ利かして悠一のやりやすいよう支えてるし。 なんたって加賀谷のあの笑顔。悠一を見てるときのあの眼差しは特別だと思うがな……。 まぁ、悠一もちっとは自覚すりゃ、加賀谷の思いも届くだろうよ、……フン、時間の問題だな――


真野はひとつ大きく伸びをすると、やれやれと言った感じで楽譜を取りに戻った。

そして千葉とおしゃべりをしていた薬師丸を呼び、練習を始めた。





いつものけやきの下でいつものように発声練習をしている加賀谷。

そのさまは始めて逢った時と同じ、木漏れ日の下で輝いている。

あの頃にまして凄みを増している、加賀谷の声。

氷川は目を細めて加賀谷を見た。

「あ、悠一、もう集まれって?」

あふれそうな笑顔で駆けてくる。

その眩しさにいっそう目を細める。


――俺、本当に加賀谷の事を……?


今、加賀谷を前に高鳴る胸の鼓動を感じながら、改めて思い返してみる。


思い出すのは、いつも笑顔の加賀谷。

気が付くと、いつもそばで微笑んでいる。

いつの間にか、それが当たり前になっていた。


「悠一、難しい顔してどうかしたの?」

あの、穏やかな、やさしい微笑で訊いてくる。


――初めて逢った時から、俺、加賀谷に惹かれてたんだ。今、気づいたよ……


今まで見せた事の無い程の、やさしい笑みを加賀谷に向けた。


「いや、何でもないよ。それにしてもあっついなー。俺、暑いの苦手なんだよ、早く戻ろう!」

「ふふふ、悠一、ホント汗だく」

「暑いって! 加賀谷見てるとなんか涼しげだけど、その秘訣は一体何よ?」

「僕、寒いのより暑い方が好きだから。夏、大好きだよ!」

そう言って駆け出す加賀谷を眩しそうに見送る。氷川は心の中でつぶやいてみた。


――俺、加賀谷が……好き、なのかも。


改めて自分の気持ちを確かめてみる。いつの間にか加賀谷の笑顔がこころの支えになっている、 そばにいるのが自然だと感じる、そんな自分がいる。


――でも、男に好かれてるなんて知ったら良い迷惑だよな。 思いを伝える日なんて来やしないだろうけど。それでもきっと、好きだ……。 俺、ずっと加賀谷の笑顔、見ていたいから。今のままで充分だよ……。


ふと、そう思った。





緑生い茂る初夏。ますます太陽がまぶしくなる季節。

まだまだ暑い夏がふたりを待っていた。

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