第二章 妹模様
七人の妹 第二章 妹模様 1
第二章 妹模様
* 1 *
俺の目の前では、空中を飛び回る女子たちが、時に激しくぶつかり合い、時には華麗に躱し、手にしたスティックで殴り合うように振るっていた。
球技の皮を被った格闘技、なんて揶揄されることもあるそれは、スカイホッケーと呼ばれる競技。
身体の線が見えるようなベースウェアを纏い、腰や背中からは板状のスラスターを生やしている彼女たちが手にしているのは、先端にネットが取りつけられたスティック。
旧世界のラクロスを三次元機動にしたようなその競技は、もう二〇〇年近く歴史があり、人気が高い。
一組と二組の女子から編成された二チーム、二〇人ほどの女子が浮かんでいるのは、薄緑色の障壁で区切られた四角いスペース。
ER空間。
進化現実空間という、魔術によって物理法則を弄られたその競技フィールドの中では、現在は重力が大幅に小さく設定されていた。
カテゴリー四から五の魔術で実現するER空間は、一般人ではそのためのマナジュエルとエーテルアンプを所持することは難しく、学校とか運動施設のみで使えるもの。
魔導世界では競技のためにER空間を使うことはごく普通で、競技に合わせて柔軟に世界の法則を弄ることができるので、便利に使われている。
重力操作もそうだし、格闘技などでは痛みのレベル――ペインレベルを変更するといったことも可能だし、遥か昔の電子空間に世界を構築して遊んでいたゲームを現実に引っ張り出したような空間なので、予め設定を組み込んでおけば、機材や装備を呼び出したりもできる。魔術を解除すれば、精神的なものは無理だが、肉体的な怪我や疲労もなかったことにできる。
体育の授業だというのに、女子たちは相当真面目に、文字通り真剣にスカイホッケーをプレイしていた。
Aチームのゴールが決まり、ボールはいま中央に戻され、四人のプレイヤーがボールを挟んで睨み合っていた。
ホイッスルと同時に動き出した四人。
真っ先にボールをスティックのネットに納めたのは、ユニア。
――よしっ。
大会などでも使われる体育館の客席で、俺はユニアに心の中で声援を送っていた。
ER空間の中では機動力はほぼ同じに設定される。
実際には体格や体重により動きは違ってくるけど、スラスターの出力などで同程度の評価になるよう調整される。
人間よりかなり運動能力の高いスフィアドールであっても、他の人と同じくらいの機動力になっているが、ユニアの持ち前の反射神経と判断力で、ボールを奪おうと向かってくるBチームの女子たちを躱し、ぶつかって吹き飛ばし、敵陣に切り込んでいく。
顔の保護の意味を持つグラスバイザーには、三次元表示で敵味方の位置が表示されるが、実視界で迫り来る敵を対処しつつ、レーダーにも注意を傾け次の動きを決めるような機動は、普通の人には簡単じゃない。
それを容易にこなすユニアは、普通の学生とは実戦経験が違う。
敵陣の真ん中まで来たとき、ユニアは四人のBチーム女子に取り囲まれ、動きを止めた。
現在は同点。残り時間はわずか。
その状況であるがために突出という判断をしたんだろうユニアの動きに、他のチームメイトはまだ追いついて来ていない。
「いや――」
俺は思わずつぶやき、口元に笑みを浮かべる。
競技フィールドの地面すれすれを、栗色の髪をなびかせながら飛んでいたのは、遥奈。
急上昇をかけた遥奈は、止まってしまっているユニアとすれ違う。
ボールは、受け渡された。
スピードの乗った遥奈の動きに、停止していた四人のディフェンダーは対応できず、ゴールまでの道が開かれた。
けれど遥奈の前に、最後の敵が現れた。
美縁。
スティックを両手に持ち、仁王立ちするかのように脚を広げて浮かぶ美縁は、睨みつけるように遥奈を見つめ、行く手を阻む。
個人の戦力を算出して割り振られるチームで、総合的に能力の高いユニアはたいていエースとして抜擢される。
それと同時に、スフィアドールほどではないが、指揮力が高く、思い切りも良い美縁は、対抗チームのエースになることが多い。
睨みつけるように遥奈を見つめる美縁。
動きを鈍らせた遥奈は、その口元に笑みを浮かべていた。
ユニアと遥奈に躱されたチームメンバーが戻りつつある状況で、取り囲まれるまでもう時間がない。
そのとき、遥奈は左下に視線を飛ばした。
視線に応じて、美縁がブロックに動いたのと同時に、遥奈は逆の方、右上に方向を転換して飛んだ。
――視線フェイントかよっ。
左下にはユニアが近づきつつある。それはレーダーでも確認できる。
実際にはまだパスできる位置にいないユニアと、レーダーの表示との差を使い、遥奈はすぐにパスするかのようにフェイントを掛けたのだ。
それに気づいた美縁が身体を反転させて追いすがろうとしたときには、阿修羅のファントム女子の腕の間を、遥奈が放ったボールが通過し、ゴールのネットを揺らしていた。
ゴールのホイッスルと、試合終了のホイッスルは同時だった。
――凄いな、遥奈は。
彼女が俺の生体情報から身体を生成してから、まだ一週間と経っていない。
初日と翌日は、普通の生活はともかく、走ったりホウキに乗ったりと言った運動は苦手だった。それなのに、いまではスカイホッケーでユニアのパートナーになるほど身体を使いこなしてる。
それはハルーナの順応力かも知れなかった。
――でもたぶん、それだけじゃないな。
ER空間解除のため、次々と床に降り立っていく女子メンバーたち。
輪になり勝利の喜びを分かち合ってるAチームのメンバーの真ん中にいるのは、遥奈だ。
控えめで割と引っ込み思案な彼女。催眠能力で無理矢理刷り込まれたからだろう、初日には教室でもぎこちなさがあったのに、いまはそんな感じはなく、遥奈はすっかり女子たちに受け入れられていた。
そんな彼女を、俺も他の妹たちと同じように、妹のひとりとして受け入れることができるようになってると、自分でも感じていた。
座席に座った俺は膝に肘を突き、笑みを漏らしていた。
次のチームによる試合が始まった頃、俺がいる観客席にやってきたのは、美縁と遥奈とユニア、それから北野姉弟。
用意しておいたスポーツドリンクの入ったボトルを三人の妹たちに渡しながら、「お疲れさん」と声をかけた。
「ぎりぎりでしたが、勝てました!」
「もう! あそこでフェイントに引っかかるなんて、私の莫迦っ」
「あぁ、見てたよ」
嬉しそうな笑顔で俺の左隣に座った遥奈。
不満そうに言ってストローに口をつけた美縁は、頬を膨らませながら右隣に座った。
「遥奈がこちらの意図を読んでくれていたので、ためらうことなくパスが出せました。機動自体は大雑把なものですが、判断力はなかなかのものです」
後ろに立ったユニアの評に、俺は振り返って彼女の満足そうな顔を見る。
アッという間に身体の使い方を覚えた遥奈。
調べてみた限りでは、妹スキーや、希少生物を売買しているハンターなんかがいまもハルーナを探し回っているようだった。
ただし落下地点が特定されていないため、捜索範囲は関東全域に分散しているようだし、いざというときのためにユニアに護衛に入ってもらってる。
イズンの住民登録上でもおかしなところはなく、生体情報は簡易な検査じゃ俺と血縁のある妹であるとしか出ない。
遺伝的に見ればあの朱い瞳は異常とも言えるんだが、いまどきファッション感覚で身体のパーツをつけ替えたり、機械を埋め込んだりするプチサイバーが流行ったりしてるから、珍しくてもそう目立つものでもない。
そこらの奴じゃ、遥奈をハルーナと判断することは難しいはずだった。
――あの襲撃者は、気になるけどな。
遥奈が俺の前に現れた初日に襲撃してきた、黒装束たち。
奴らはあの後は姿を見せていないが、たぶん遥奈のことをハルーナと知って襲ってきたんだ。当面は警戒を解くことができない。
それについてはもっと気がかりなのが、人払いの結界を張った方法がわからないことだ。
軍事レベルのエーテルアンプとマナジュエルを持ち込んだか、かなり高い魔法力を持った魔法使いか、高位のファントムがいた可能性がある。
気を張っていなければならなかった。
「本当、遥奈ちゃんにはびっくりだよ。あんなに運動神経高いとは知らなかった」
美縁の側に立つ七海がそう言うと、遥奈ははにかんだ笑みを零し、恥ずかしいのか俺に身体をくっつけてくる。
「えへへっ」
照れている彼女の栗色の髪を撫でてやると、嬉しそうに目を細めていた。
「ふぅん」
「え? わっ! 七海?!」
訝しむような声を出して美縁の隣に座った七海。
座る位置が近すぎて、美縁は俺の身体にもたれかかるように押し出される。
「なんつぅか、こう見てると二股かけてるチャラ男みたいだな、佳弥」
「何言ってんだよ、お前は。妹だぞ」
左から遥奈に、右から美縁に密着されてる俺は、友康の言葉に力なく反論する。
ER空間用のウェアは結構厚みのある生地だが、こう密着されるとさすがに俺だって一五歳の男なんだし、微妙に違う遥奈と美縁の汗が混じった匂いで鼻がくすぐられてしまう。
「やっぱり佳弥って、そういう?」
「いったい誰が本命なんだ?」
「どういう意味だよっ」
身動きが取れない俺は、そんなことを言う七海と友康を睨みつける。
顔を赤くして「兄さんが? まさかっ」なんて言って慌ててる美縁に対し、遥奈はニコニコ笑いながらさらに身体を押しつけてくる。
もう俺はどうしていいのかわからなくなっていた。
「まさか、兄様に限って特定の妹を選ぶなどということはあり得ません」
そう言いながら、後ろから俺の首に腕を回してきたのは、ユニア。
「兄様はわたくしたち妹全員の兄様ですから」
「そっ、そうだよ!」
「えぇ。そうですね」
どこまで本気で言ってるのか、ユニアはいたずらな笑みを肩越しに向けてくる。
同意する美縁と遥奈に、俺はため息を漏らすことしかできなかった。
なんだかこんなのも、もう当たり前のように思えていた。
つい先週まで遥奈は俺の妹じゃなかった。それなのにいまは、すっかり妹のひとりとして、俺の家族の一員となっている。
けれどたぶん、遥奈はそう遠くないうちに最終宿主を見つけて家を出ていってしまうんだろう。仲良くなれば仲良くなるほど、別れはつらくなる。
彼女が家を出るとき、そのまま別れを告げるか、もう一度催眠能力を使って美縁たちの記憶から遥奈のことを消してもらうかどうかは、決めてない。
遥奈を含む七人の妹に囲まれる生活に、充実と、不安を俺は抱えていた。
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