七人の妹 第一章 七人目の妹 2
* 2 *
朝食当番の俺が共有フロアに繋がったカウンターキッチンに入ると、一緒に着いてきたのは、羽月と紗月。
「にぃに、今日は何ぃ?」
「にぃや、美味しいものぉ?」
口を揃えてそんなことを言うふたりは、俺のお腹くらいまでしかない背丈で、脚にまとわりついてくる。
「今日はもうあんまり時間ないし、これでいいかな、と」
言って手で軽く叩いたのは、流しの反対側の台の上に置いてある、白い箱状の調理器具。
大きな皿でも入るくらいの扉がついたそれは、合成調理器というもの。
箱の上には色違いのカートリッジが六本刺さってる。それを合成調理器で合成することにより、内蔵してるかダウンロードした情報通りの料理が完成すると言う、文字通り魔法のような調理器具だ。
正確には、魔法ではなく魔術だが。
食材のカスも出ず、味はもちろん見た目や食感的にも現実の料理と遜色はなく、栄養バランスも良くて衛生的にも問題ないという合成調理器は、一家に一台なくてはならない器具となっている。
ただ、料理の情報は配信されてるものも含めると数十万とあるものの、味つけも含めて情報通りにしかできないため、なんでかうちの妹たちには不評だったりする。
本当に時間がなかったり、家に料理ができる人がいないときには重宝するんだが。
「にぃにの料理が食べたぁい」「にぃやの料理が食べたぁい」
今日は登校時間までそれほど余裕がないから合成調理器で済まそうと思ったが、ふたりして頬を膨らませている羽月と紗月の不満度合いは、かなり高いようだ。
「時間ないっつってんのに……。仕方ないか。たいしたものはつくれないぞ?」
「うんっ、いいよー」
「にぃやの料理なら何でも!」
ため息を漏らした俺は、頭を掻きながら合成調理器の横に鎮座している大型停蔵庫の扉を開く。
停蔵庫は、扉を閉めて密閉している間、中の空間の時間を限りなく遅くする保存庫。
電気によってエーテルアンプを稼働させ、電源を入れることで内蔵されたマナジュエルにループキャストされる停蔵魔術によって、古くは冷やして食材を保存していた冷蔵庫とは次元の違う保存方法を実現している。
停蔵庫は合成調理器と同様に、一家に一台あるってくらいの必需品だ。
いまこの地球は、魔導歴が時を刻む、魔法と魔術の世界。
三〇〇年ほど前、エジソナという女性によって存在が実証されたマナと、それが媒介するエーテル場は、世界の様相を一変させた。
古来から存在していた魔法は秘密ではなくなり、スペルワードの開発により魔術は誰にでも使える技術となった。同時に、科学も大きく発展した。
地上を歩き、飛行機で空を飛んでいた人々は、いまでは魔術の道具を使って誰でも空を飛び、街は地上から浮かぶプレート上の敷地を積層したものとなっている。
そこに住む人々は、地球で進化した地球人だけでなく、遠い星から通商などを目的として飛来するようになった宇宙人――地球外知的生命体に留まらず、月の地下に住んでいた地球人とほぼ同じ遺伝子を持つ月下人、羽月や紗月のようなファントム、それにユニアのようなスフィアドールもいる。
誰にでも使えるようになった魔術は、こんな時間の朝にも活躍する。
停蔵庫の中にベーコンと卵などを発見し、ついでに先月買ったままだった一本丸ごとの食パンを取り出した。
「兄さん、何か手伝う?」
「あぁ、頼む。トーストとサラダ、いいか?」
「わかった」
エプロンをつけてキッチンに来てくれた美縁に他の料理を頼み、俺は食器棚から皿を取り出す。
少し考えて、並べた皿は八枚。
塊のままのベーコンと、人数分の卵を、調味料なんかと一緒に皿の手前に置いた。
それからポケットから取り出したのは、手でつかめるくらいのサイズの携帯端末。
魔法と魔術、魔導世界以前の旧世界からあるタッチパネルタイプの携帯端末と同じ形状だが、俺はそいつの画面を点けずに、空いてる右手を振った。
何もない空間に現れたのは、薄緑がかった厚みのない板状のもの。
エーテルモニタ。
カテゴリー一の、最も簡単な魔術で発現するエーテルモニタは、携帯端末や、合成調理器とかの機器にたいてい内蔵されている表示機能だ。
電気によってエーテル場を活性させるエーテルアンプを内蔵し、スペルを読み込ませて魔術を発動するためのマナジュエルを組み込んだ携帯端末を左手に持って、右手でエーテルモニタに表示した内容に触れ、これから使う魔術を選択する。
魔術はスペルを一々声に出して唱える必要なんてない。
機器に内蔵されていたり、ネットを使って配信されるスペルを、マナジュエルに読み込ませるための操作をすればいいだけだ。そもそも声に出して唱えたり、手で図形を描けるほど簡単なものではないらしいが。
ふたりから向けられる期待の目に笑みをくれてから、俺は配信されたスペルの発動に入った。
これから使うのは、料理魔術。
つい最近配信が開始されたそれは、包丁を使って食材を切ったり、鍋やフライパンで調理したりといった手間を短縮することができる。
料理技術が合成調理器と同じレベルなら、料理魔術でできる料理はほぼ同じものとなる。
でも味からして情報で固定されてる合成調理器と違い、料理魔術は術を使う人の味覚に依存する。味覚がおかしい人が使うととんでもない料理ができるし、昔食べた料理を思い出して使うと幼い頃の味に再会できたりもする。
料理魔術は安いと言ってもそれなりの配信費用がかかるので、時間があるなら手でつくった方がいいが、俺が使えば俺がつくった味で料理が完成する。時間短縮にはもってこいの魔術だ。
食パンを切り終えた美縁もまた、横で料理魔術の準備に入る。それを横目で見た俺は、料理の内容とそれぞれのさらに盛りつける量なんかをエーテルモニタ上で指定した後、キャストボタンを押した。
魔術の読み込みを開始したことを告げる携帯端末のインジケータが赤からピンクになったとき、左手を食材と皿の上で振った。
降り注ぐ赤い粉のような光。
皿と食材が白い光を発したと思ったときには、料理は完成していた。
買い出しが必要なタイミングだからあんまりたいしたものはつくれないと言っても、それなりの食材は備蓄してるから、もっと他の料理だってつくれないわけじゃなかった。
でも朝食なら、これくらいでちょうどいい。
「よし、運んでくれ」
「わかったぁ」
「りょうかーいっ」
羽月と紗月に二枚ずつのお皿を渡し、俺も持てるだけの皿を持つ。
時間短縮のために料理魔術を使って綺麗に焼き上がったトーストの乗った皿を持つ美縁と笑み合い、先に共有フロアに行ってしまったふたりを追って俺たちもみんなが待ってる場所に歩いて行く。
八人掛けの長いテーブルには、左に美縁と羽月と紗月、右にユニアとバーシャと姫乃が座ってる。トーストとベーコンエッグとサラダ、それからコーヒーや紅茶や牛乳などのそれぞれの飲み物を並べ終えた俺は、上座に座って箸を手に取った。
みんなの視線を受けた俺がいただきますと言おうとしたとき、メイド服から着替えたユニアと美縁が着ているのと同じ制服姿の、栗色の髪の女の子が俺の正面に座った。
途端、俺を含めた全員が、彼女のことを見る。
彼女のことを見つめる六人の妹たちがどんな表情をしているのかは、俺からじゃ見えない。でもたぶん、俺と同じで、何とも言えない違和感を顔に出しているのは確かだ。
「どうしたのですか? 皆さん」
みんなの視線を受けながら、ニコニコと笑っている彼女は、俺の妹だ。
そのはずだ。
そうだと頭は理解してるのに、俺の胸の奥からわき上がってくるもやもやとした違和感を、拭い去ることができない。
「わたしは……、わたしですよ。佳弥さんの妹の、結奈(ゆいな)、です」
バキンッ、と、俺が手に持っていた箸が真っ二つに折れた。
彼女が結奈と名乗った瞬間、俺は無意識に手に力を込め、箸を折ってしまっていた。
「大丈夫? 兄さんっ」
「大丈夫だ。何でもない。折れかけだったみたいだ。代わりを取ってくるから、とりあえず朝食を食べ始めておいてくれ」
「う、うん……」
心配して声をかけてきた美縁に微笑み、俺は席を立った。
もやもやとした違和感に引火して燃え上がった胸の熱さを抑えるために、大きく深呼吸をしながら。
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