めるぱん!! 七人の妹 ~魔法も科学も全部入り! ハチャメチャ世界で生きる人間模様?!~
小峰史乃
めるぱん!! 七人の妹
第一章 七人目の妹
七人の妹 第一章 七人目の妹 1
第一章 七人目の妹
* 1 *
――重い。
身体に感じる重みに、俺はうっすらと目を開いた。
そんなに高いくはない白い天井と、たいして物を置いてないが広いとは言えない部屋に差し込む朝日は、プライバシーモードにした偏光ガラス越しでも強くなってるのがわかる。
そろそろ起きる時間だ。
見下ろしてみると、身体を覆ってる掛け布団が全体的に盛り上がってるのが見えた。妹が潜り込んできてる証拠。
――美縁(みより)やユニアはないとして、羽月(うづき)と紗月(さつき)って感じでもないな。姫乃(ひめの)か? バーシャか? いやいや、美縁やユニアの可能性がゼロってわけでもない。
思いつく限り全員の可能性を考えてみるが、隠れてるのが誰なのかは特定できない。
俺には妹が多い。
血の繋がった妹や、事情があって引き取った親戚の女の子もいるが、そうではない、縁があって妹となった子もいる。
それぞれに部屋があるのに、妹たちはちょくちょく布団に潜り込んでくることがある。
俺だって一五歳でそれなりに欲望ってものがあるし、あんまり甘やかしちゃいけないのもわかってる。だが実の妹の美縁を除けば、それぞれに事情や理由があって妹になった女の子たちだ、部屋に鍵を掛けたりとかして突き放しすぎるのもためらってしまう。
両親が諸事情により遠方に出張に行ったまま帰らない高宮(たかみや)家では、長子である俺が妹の面倒を見る役を負っている。
「今日は誰だぁ?」
まだ眠気があって、頭が惚けてるのを意識しながら、掛け布団をめくってみる。
見えたのは、栗色の髪。
朝日を受けて、金色にも見える長い髪が、まず最初に俺の目に飛び込んできた。
ふっくらとした頬は微かに赤く染まり、すっと通った鼻筋の下の桜色の唇は、魅惑的にも感じる。
長い睫毛と閉じられた瞼に隠された瞳は、どんな色をしているだろうか。
何故か俺のパジャマを着ている彼女の胸は、朝らしく頭よりも元気な部分にちょうど当たっていて、見えはしないがけっこうなサイズがあることを伝えている。
可愛らしいと言うより、美しいという方がふさわしい女の子は、俺の身体に寄り添うようにしながら、安らかな寝息を立てていた。
――誰だっけ、この子。
どうやらまだ寝惚けているらしい俺の頭は、栗色の髪の女の子の名前を、思い出すことができない。俺と妹の他は家には誰もいないはずで、俺には恋人もいないから、ここにいるのは妹に違いないのは確かだった。
でも、名前を思い出せなかった。
「歳かな」
ど忘れした妹の名前にそんなことをつぶやいて、胸の中でざわつく気持ちを誤魔化す。
とにかく起こそうと手を伸ばしたとき、女の子の瞼が開いた。
朱。
彼女の瞳は、綺麗な朱色をしていた。
潜り込んだ布団の中から俺のことを見つめてくるふたつの瞳に、吸いつけられるように見つめ合う。
――あぁ、そうだ。こいつは俺の妹だ。
見つめ合ってると胸のざわめきが消え去り、すとんと納得できた。
もう疑問はない。
「おはようございます、佳弥(よしや)さん」
「あ、あぁ。おはよう」
まだ名前はど忘れしたままだけど、潜めた声で挨拶してくる彼女に挨拶を返す。
自分の妹なのに名前を思い出せないでいて、どうしようかと思いつつ笑いかけてきてくれる彼女と見つめ合ってるとき、乱暴なノックが響いた。
「兄さん! そろそろ起きてくださいっ。今日の朝ご飯は兄さんの当番ですよ!」
入っていいと言う前に扉を開けて入ってきたのは、小柄な女の子。
白いブラウスに、腰を絞るような濃紺のビスチェスカートを穿いた彼女は、一歳年下の妹、美縁。
彼女が生まれたときから一四年間、ずっと妹だった美縁は、俺の妹の中で一番妹歴の長い女の子だ。
ショートの髪を揺らし、頬を膨らませて怒りを表現してるのに、どこか愛らしい美縁は、目尻をつり上げてベッドに近づいてくる。
「ほら、ボォッとしてないで、さっさと起きる!」
起き抜けの男子にとってデリケートな時間だというのに、美縁は容赦なく掛け布団をはぎ取った。四月上旬とは言え今日は暖かいからそんなことされても寒くないが、隠れていた女の子の姿は露わになってしまう。
「また兄さんの布団に潜り込んで! あな、た、は……」
俺の上で寝そべっている子に美縁は文句の言葉を並べようとするけど、その語尾は力なく消えていく。
「おはようございます、美縁さん」
「え? あ、うんっ。おはよ」
首を傾げてる美縁と、栗色の髪の子が同じように首を傾げて見つめ合う。
すると驚きに硬直していた美縁の表情が和らぎ、いつも通り凛とした元気の良い声で挨拶を返していた。
「そんなことより! 早く着替えて降りてきてくださいっ。みんなまだ寝てるみたいで、出てきてくれないんです!」
「ったく。わかったよ」
怒っていて高くなってるのに、刺々しさがあんまりない美縁の声は心地良い。でもこれ以上寝てもいられないので、起きることにする。
「早くしてくださいねっ」
そう言い残して部屋を出ていく美縁を見送り、俺はベッドを出る。
「わたしも着替えてきますね」
「あぁ、……うん」
一緒に立ち上がった栗色の髪の子。
俺より少し低い程度だから丈は問題なさそうだが、男物だけあって女の子が着るにはいろいろと余ったり胸の辺りが若干足りなそうなパジャマ姿の彼女は、妹だというのにこのシチュエーションに、妄想をかき立てられそうになる。
そんな思いは頭の端に追いやって、ニコニコと笑っている彼女から目を逸らす。
もう頭ははっきりしてるのに、それでも彼女の名前を思い出すことができない。
いや、呼びそうになってる名前が、ひとつある。
でもその名前は俺の口から発することはできなかった。
涼やかな笑みを残して部屋を出ていった彼女を、俺はわけのわからない不安を抱えながら見送った。
制服のブレザーに着替えて部屋を出た俺は、階段を降りる。
一階のそこにあるのは、吹き抜けの広いフロア。
二階の天井から降り注ぐ明るい照明の下、薄ピンク色を基調にした色合いの内装のそこは、いつもなら真ん中辺りに寄せて置かれているソファが、端にどかされていた。
リビングとダイニングを兼ねた共有スペースであるそこからは、玄関や倉庫に続いてる正面の扉の他に、対面型キッチンの向こうに貯蔵庫とか地下の風呂に続く扉があり、さらに左右には六つの扉が見えた。
妹たちの部屋だ。
元々シェアハウスとして建てられたこの家に、俺は妹たちと暮らしている。
「おはようございます、兄様」
そんな声を掛けてきてくれたのは、深緑のワンピースにエプロンをつけた、いわゆるメイド服姿の女の子。
俺の妹のひとり、ユニア。
柔らかく笑む彼女の、白い長手袋で覆われた右腕は天井に向けられ、八人掛けのテーブルを持ち上げている。
人のものとは違う、けれど人と同じように少し嬉しそうな色を浮かべているユニアの瞳は、メカニカルアイ。
黒に近い緑色の髪をポニーテールにまとめたユニアは、地球人類ではない。そのボディは六割ほどがバイオ素材で、四割くらいが機械で構成された、スフィアドール。
人間ではないが、彼女もまたひとつの個性を持った知的生命体だ。
「みんなは?」
「美縁は朝の掃除で出ていますが、他は……」
「はぁ。仕方ないな」
「よろしくお願いします」
危なげなくテーブルをフロアの真ん中に置いたユニアは、そう言ってにっこりと笑った。
毎日のことであるが、今日も日課である妹たちを朝食の席に着かせる仕事に、俺は頭を掻きながら向かって行った。
「起きてるかぁ?」
ひとつ目の扉をノックしながら声を掛けてみるが、反応はない。
「入るぞ」
ロックぐらいはあるが、俺に対しては解除できるように設定されてる扉のノブを捻り、部屋の中に入る。
遊び道具とか服とかが色々出しっ放しになっている部屋の中にあるのは、左右に並んで置かれたふたつのベッド。そこには人が寝ているような感じで膨らみがあって、窓からはもう強い日差しが入ってきているというのに、身動きしている様子もない。
「ったく、また散らかして……。朝飯の時間だぞ。そろそろ起きろ、羽月、紗月」
声をかけながらベッドに近づいた俺は、ふたりを起こそうと布団に手を伸ばす。
「――っと!」
布団に触れる直前、俺はバックステップを踏んでその場を逃れた。
同時に天井から落下してきたのは、盥。
古から現代まで、コントとして定番の道具、黄土色に輝く大きな金盥が、ガランガランと大きな音を立てて床に転がった。
「にぃに、避けちゃったーっ」
「にぃや、当たらなかったーっ」
そんな声に振り向くと、扉の横に手を繋いで立っている、小さな女の子がふたり。
色の組み合わせが違うシャツと、キュロットを穿く十歳にもなっていなさそうなふたりは、ぱっと見では見分けがつかないほどに似ている。
プラチナ色の髪をサイドテールに右で結っているのが羽月で、左で結っているのが紗月。
髪の結い方が同じなら見分けがつかないほどに似ている二人だが、一卵性双生児というのは彼女たちには当たらない。
羽月と紗月は、ファントム。
人間とは異なり、より高次元にその本体を持つファントムは、神様や妖精、聖獣魔獣妖獣といった幻想上の生物の形を取ってこの世界に顕現する存在。神話や伝承の中にしか存在しなかったそうした存在は、現在では当たり前のように街を歩いていて、知的生命体として普通に認識されている。
それらを総称してファントムと呼んでいた。
神様といった形で顕現するファントムは、神話が現実である証拠だと言われたりもする。だが日本だけでなくいろんな地域の神話や伝承に出てくる幻想生物が節操なく顕現しているため、神話伝承に強い関連性があることは疑う余地もないが、その存在についてははっきりしていない。
すべての神話が現実に起こったこととするなら、この世界は何十回と創世されていることになってしまうのだから。
羽月と紗月は、本来かなり高位のひとりの神様として顕現するはずだったのが、何の因果かふたりのファントムとして顕現してしまったことがわかっている。
双子どころではなく、ふたりは同一の存在だ。
色々事情があってうちで引き取って俺の妹となったふたりは、いまいる妹の中では美縁の次に妹歴が長いが、ファントムだけあって年齢の概念がかなり薄い。
初めて出会ったときと外見は変わった気がしない彼女たちは、すでに学校を卒業していて、成人として扱われている。
「ったく、本当に懲りないな、羽月と紗月は。いったいこの金盥、どこで手に入れてきたんだか」
眉根にシワを寄せ、俺は不満そうに口を尖らせているふたりを睨みつける。
毎日ってわけじゃないが、ネタを思いつくと仕掛けてくる朝のトラップは、羽月と紗月が仕掛けてくるいたずらのひとつだ。
別に致命的なことを仕掛けてくるわけじゃないし、ふたりは俺の妹なんだ、元気な証拠でもあるし、これくらいのことにつき合うのは別に気にもならない。
「とにかく、さっさと顔を洗ってこい。飯にするぞー」
「わかった!」「わかった!」
声を揃えて応え、ニコニコと可愛らしい笑みを残して部屋を出ていったふたりを追って、俺も部屋を出る。
次に向かったのは隣の部屋。
強めにノックしてみるが、羽月と紗月同様、こちらも反応がない。
「開けるぞ」
その部屋の中にあるのは、ベッドがひとつとソファがひとつ、それからリクライニングチェアにロッキングチェアにハンモックにジャンボクッション。
寝られる場所がいくつもあるというのに、部屋の主の姿は見回してみた限り、ない。
「バーシャ。今日はどこで寝てるんだぁ?」
共有フロアにいなかったから部屋にいないはずはないんだが、声をかけても返事はない。
微かに聞こえる寝息を頼りに捜してみると、服がはみ出しているのが見えるクローゼットから聞こえてきているようだった。
「……なんでまたこんなところに」
両開きの扉を開けてみると、大量の服の中に埋もれるように、柔らかそうな金色の髪がピンピンと跳ねてる女の子が眠っているのを発見した。
「バーシャ。朝だ、起きろ」
「眠い……」
目を開けずにそう言って、バーシャは浮くの山の中に潜り込もうとする。
「朝はみんな一緒に食べるって約束だろ。ほら、起きた起きた」
「うぅ。――お兄ちゃん、抱っこ」
「勘弁してくれ」
手を伸ばして抱っこを要求してくるバーシャに、俺は無視を決め込む。
だがそれでもさらに伸ばされる手に、仕方なく身体を彼女に近づけた。
「えへへっ」
ぱちりと目を開けたバーシャは、青い瞳に俺のことを映して、嬉しそうに微笑む。
小柄でほっそりしているようで、けっこう締まりのある身体つきをした彼女は、まだ十三歳なのに、白のTシャツとピンクのショートパンツに包まれたその身体は、目のやり場に困るほど。
寝起きだけあってノーブラなその胸は、俺の妹の中でも一番成長著しい。
――また大きくなってないか、これ。
俺の首に回した腕を引き寄せて、胸をすりつけられる頬とともに、身体に密着してるバーシャの胸は、少し前よりさらに大きくなったような気がする。
ちょっとした事情があって俺の妹となった彼女は、まだ妹になって一年も経っていないってのもあって、この甘えん坊なところはいまひとつ慣れることができてない。
兄に甘え過ぎる妹ってのも、可愛くはあるんだが、それはそれで問題かも知れない。
「さっさと来いよ」
「ぶーっ。わかったよぉ」
これ以上密着していられなくて、俺はバーシャの身体を下ろして背を向ける。
ブーイングの声を背中に受けながら、俺はまだ部屋から出てきてない最後の妹の部屋へと向かった。
軽いノックの後、声も掛けずに入った部屋の中は、薄暗い。
ただ、一番奥手、机が据えられたところだけは灯りがあった。
どこで寝ているのか疑問を覚えるほど、計器とか機材とかが大量に積み上げられた部屋の中に、俺はぶつけたりしないよう気をつけながら踏み込んでいく。
「姫乃、また徹夜か?」
「んー? 兄貴か。もう朝?」
「そうだよ」
俺の声に振り返ったのは、バイザーグラスを下ろしたまま振り返った姫乃。
薄暗いなかでもくっきりとしたピンクに近い赤色の髪をした彼女は、遺伝子などをかなり弄られた、いわゆるデザイナーズチャイルド。
女の子らしくない上下が繋がった作業着のような格好の姫乃は、妹と言っても生まれは三ヶ月しか違わない。
妹になったのは七年前、実の母親から姫乃が捨てられる形で放り出されてからだが、つき合い自体は物心つく前からあった女の子だ。
「研究もいいが、ちゃんと生活のリズムも整えろよ」
「大丈夫ヤ、兄貴。色々と対策はとってるんヨ」
「薬なんかに頼るのはほどほどにしておけっての」
何弁なのか微妙な口調で言う姫乃の服装は女の子らしくなくても、隠しきれない膨らみの向こう、机に置かれているのは栄養剤のドリンクや錠剤の瓶、それに中和剤などだ。
別に違法なものではないし、依存性とか健康に悪いってほどのものではない。だが、美容には確実に悪い。
研究とか実験が大好きで、それに没頭している姫乃は、それをすでに仕事にもしている。
だからと言って、集中するためとか、もっと時間を使うためにとかで薬に頼っているのは、さすがに兄としては心配になる。
「ちょぉっとバーシャに頼まれてたんが追い込みだったんヤ。やぁっとひと段落ついたとこなんヨ」
「仕事でもないのに、そんなに頑張って……」
「あははっ。やってたら楽しくってナァ。朝食やろ? すぐ行くワァ」
「あぁ」
そう言った姫乃と手を振り合って、俺は部屋を出る。
共有フロアを横切って、俺は反対側の扉に近づいていった。
ノックをしようと手を上げたところで、止まる。
そこはいま、ユニアが使っている部屋。
ユニアはもう起きていて、テーブルに続いて椅子を運び終え、俺の方に視線を向けてきてくれている。
この部屋の主は、元はユニアじゃなかった。
本来の主は、いまはない。
死んだわけじゃないのはわかっているが、いまはどうやっても会うことができない。
「もう一年になるのに、慣れないな」
俺は小さくつぶやき、ため息を漏らしていた。
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