紙とペンと牢獄にて

カンナ

第1話

「エリック王子はどこにいる」

「いや、もう我らの天下だ。王子じゃねぇ」


怒鳴り散らす声。硝煙と血の生臭い匂い。


逃れられなかった少年は捕らわれ、暗闇へ閉じ込められた。



「知ってるかい?僕は王子様だったんだ」


今日も君へ話しかける。そうしないと正気も保てない。君は興味なさげに一瞥し、ご飯をくれと催促する。


僕のご飯なんだけどな。苦笑いしながら、半分分けた。いつも通り、味のしないご飯。足りないと腹が泣き言を言うが、僕は口を一文字にして、部屋の端に座り込んだ。


部屋にあるのはペンと紙。苦笑いしながら、狂ったように紙にペンを走らせた。君はまた目を丸くする。慣れないかい?


こうしないと、いけないんだ。


なんの意味もない文字の羅列に模様。それを書きなぐっては破り捨てる。


「気狂い野郎はどうしてる?」

「また紙とペンで遊んでやがるぜ」

「王子様だったのに、これじゃ反乱なんざ考えねぇだろ。気が狂ってんだから。あ、ほら見てみ。猫が入り込んでも気づかずによだれ垂らしてなんか書いてら」

「可哀想にな」

「ほんと。王子様なんかに生まれるんじゃねぇな」



勝手に言ってろ。僕は生きるためならなんでもしてやる。


垂れたヨダレは不愉快だ。されども拭わない。ああ、気狂い野郎で結構さ。生きていることが今の希望なのだから。


牢獄の前から人の気配が消える。日差しが明るい。


「君はバカだと思うのかい? 」


にゃあ。君は鳴き声を上げ、僕の膝に登った。励まされているみたいでくすぐったい。


茶トラの頭を擦り付け、ザラザラな下で手を舐める。背を撫でてやりながら呟いた。


「君のように自由になりたい。王子様ってのは、全く窮屈だ」


されど武器は磨かねば。


最近差し入れられる紙はどこぞの紙屑。油断してくれているらしい。掲示板が紛れていることが多くなってきた。密かに読めば、我が王家の家臣が反乱を度々起こしているらしい。


ならばより狂わねば。紙を食してみようか?


ある日、紙にペンを走らせていたら、紛れた用紙の文字に釘付けとなった。にんまりして高らかに笑う。猫は尻尾を太くして、慌てて部屋の隅に駈けた。


「なんだ、今度は。うわ」



気の狂った王子様は牢獄で踊っていた。自ら書き殴った紙を破いては放り投げ、その上で笑い転げた。


人々は指差し、笑う。


新しい王者は高笑いで王子を牢獄から出した。


「気が狂ったか」


「グッハハハハ」


「ああ、あんなに小さな王子と大切にされてましたものな。おまえら、もう拘束は良い。放してやれ」

「しかし」

「あれが王子に見えるか。のたれ死んでも気づかなそうではないか」


軽薄な笑みの王者は、エリック王子を馬鹿にした。

エリックは繋がれたままよろよろ立ち上がり、踊り始める。周りの兵士にぶつかりながら。


迷惑げな彼らの中の1人。


「大義。心得た」


囁きに身を硬くした。バレてしまうだろ。互いに。


「気が狂うと哀れなものだな。さあ、捕らえて、牢へ戻せ」


数日後、彼は牢へ来た。何度も足を運んでくる。


ただ眺めるだけの彼に手招きする。


「エリック様」

「こら、身を危うくするな」

「ええ。しかし」

「僕は生きてる。それで十分だった」


見据える。彼は半歩下がった。


「計画を進めろ」


僕の差し出す紙に彼は目を見開いた。大丈夫ら、片目を閉じて見せまた、狂った舞を舞った。


数日後、ある晴れた日、王者はエリックを牢から解放する。気が狂っていると安堵していたらしい。エリックはニヤリと笑った。


舞いながら、警備の腰から剣を奪う。途端に阿鼻叫喚。血まみれのエリックを彼が見つけたのは一時間過ぎてからだった。


「簡単過ぎたね。狂ったふりをすればと思ったけど」

「エリック様」

「ああ、これからが面倒だ」


部下に笑みを見せた。狂ってない、精悍な笑みを。


猫はいつの間にかエリックのそばで胸を張っていた。私が正気を保たせたと言いたげに。


それが可愛らしくて、エリックは体を抱き上げた。

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