72話 記憶と奔走

 幸原研究所。

 小さい山の中腹に建てられており、人の出入りは当然関係者のみ。主に行っている研究は新薬の動物実験と言われてはいるが、何かと噂が絶えない研究所であった。

 そのような場所の一室に二人の青年が居た。

 一方は片眼鏡をかけ見た目は好青年、もう一方はチンピラが白衣を着たような人物であった。

 部屋は薄暗く、試験管やその他の道具、資料が乱雑に置かれている。


「そうかァ。信用には足る、かァ」


 白衣を着たチンピラが手に持ったフラスコをテーブルに置き、更にこう続ける。


「だがよォ? 何度も言ってるがァ、急に此方側に来るたァ虫が良すぎやしないかァ?」


「んー、否定出来ないっ。でも突っぱねる分けにもいかんでしょっ? 本当に裏切っていたとして、この場所がまだバレていない可能性だってある理由だし」


「んなもん、狂犬に感づかれた時点で手遅れだろうよォ!」


 チンピラはテーブルを思いっきり叩き、亀裂が入る。


「っとっと、ストップストップっ! だとしてもだよ、梶谷かじや。狂弌に感づかれたとして連中には情報は行っていない。更に言ってしまえば逆に此方が情報を得るチャンスかもしれないっ。それをみすみす棒に振るのも勿体ないだろうっ?」


「……つまりはアレか、トカゲの尻尾切りつー理由でここを使って見極めようって魂胆かァ」


「正解。流石、梶谷っ! 見た目はチンピラだけど頭は回るっ」


 一言余計だ。と即答しつつ、椅子に腰掛け、梶谷はテーブルに足を乗せる。


「ははっ、ごめんごめん。けど悪い提案じゃないだろう? 既に撤収準備は始めている分けだしっ」


「そうだなァ。……良いだろう乗ってやるよ、四月一日わたぬき


 四月一日の口持ちが笑い、隠すようにコーヒーが入ったカップを手に取り口にする。


「やっぱり、梶谷は物分りがいいなっ♪」



 空港、カフェテリア。


「……ホンマに良かったんか、チク~」


 隅の席に陣取るチクタクと小野々瀬の姿があった。

 二人の周囲に客は居らず遠い場所に二組ほど居るのみで、半ば貸し切り状態となっていた。

 彼女はフルーツサンドを口にする。


「何がだい? ちゃんと後処理はしたし、情報統制は彼女にまかせている。十分だと思うけれどね」


「そっちちゃうわ」


「あぁ、折角日本に来たのにあの山の名前の喫茶店に行かないのが不服なのかい?」


「それも……なくはないけどちゃうわ。どう考えても助手ちゃん、ヤバかったやろ」


「なんだい、その事かい」


 チクタクは頬杖を付き、彼女の顔を見つめながら口を動かす。


「君とデートが出来ないじゃないか」


「ふざける話ちゃうで」


「ふざけてなんかいないよ。私としては随分と肩入れするな、とびっくりしている所なのに」


「逆に僕は薄情やなってびっくりしとる所や」


「信用してるのさ。五郎を。……それに君だって心配しての発言じゃないだろう? "ちよちゃん"」


「半々、じゃけぇね? そもそも話、"しっかり生きているM・B・Cの時点で可笑しい"じゃろう? 坊や」


 一服置き、彼は体を起こし椅子の背もたれに寄りかかりる。


「あぁ、流石は秘蔵っ子って所だね。多分、そのままの状態で生きているのは唯一例じゃないかな? 尤もいじくり回しているのならその限りではないけどね」


「……以前戦ったヤツやな。僕"ら"の人体実験の成果の果の代物」


 半年ほど前、妙に強く二重能力者でもないのにも関わらず2つ能力を行使する電能力者と戦っていた。

 撃退には成功したものの、素性を探れば探るほど不可解な点、矛盾点が発生する。だが一つの仮説が二人の間でのみ建てられていた。

 実証する手段はなく、確証にたる情報も得られては居ない。


「彼女達、最初の子供たちを第一世代、合間にやっていた実験を1.5世代、二重能力者全般を第二世代、今いる大勢の電脳力者を第三世代とするならば、差し詰め3.5世代って所かな?」


「そんな所やな。尤も、あっとたらの話やけどな」


「まぁね。けど合っているさ。何せ君という生きた証人がいる。私という情報を持った人間がいる理由だからね。……それでも、一刻永正が何を考えやらかしたのかは、分からずじまいだけど」



 吾郎は気が動転していた。

 まずすべき事は永久を医者に連れて行く事だろう。

 だが、彼女はこれまで病院に行こうとはしなかった。単に嫌なのであれば問題はなかった。


 見た目とはかけ離れた強い力、高い身体能力。そして、出会った時には持っていた電能力。

 生まれつき。なんて事は到底ないだろう事は彼にも分かっていた。恐らく連れてはいけない。

 以前のように永久の姿をした誰かが彼女に成りすましたのではないか。そういう考えに至るも、あり得ないという答えが脳が訴える。


 そう簡単に永久が倒されるはずがない。先に起きていて部屋に居なかったとしても、あの子は起きていた痕跡を残している。叩き起こすなり、朝食の準備をするなりだ。

 そもそも何かしらの異変には気がついていた。だが、彼女の力が必要だと、自分に言い聞かせて。

 などと、ぐるぐると思考が、後悔が駆け抜けていく。


「あのう、固まってどうかなさったのでしょうか?」


 はっとし、目線を落とし無理に笑ってみせる。


「な、なんでもないよ。自分の事、何も分からないのかい?」


「はい。私は此処で何を? 貴方は私のお父さんなのでしょうか?」


 問いかけられ、ただの保護者だよ。と、歯切れの悪い口調で五郎は答え、隙間から部屋の状態を確認する。

 争った形跡は全くなく、不自然に丸まった布団があるのみであった。

 この先の事を考えなければいけない。だが、まずは目の前の状況をどうにかする必要がある。


「おじさんが知ってる性格じゃなくてびっくりしたよ。記憶喪失ってやつなのかな? 朝食の準備をするから部屋で待っててくれるかな? 詳しい事はその後で」


「あー……はい。分かりました」


 ゆっくりとドアが閉まり、五郎は自分を落ち着かせるために大きく深呼吸する。そして、何かを決めた顔で居間へと向かうとスマホを手に取る。


『あ、ボス。永久ちゃんどうだったのです?』


「……緊急事態だ。永久が永久じゃなくなった」


『はい? どういう事なのです?』


 念の為朝食の準備をするために、台所へと歩を向ける。


「記憶喪失ないし、それに似た何かだ。詳しい状態は俺じゃ分からんが、今の状態のあいつは永久じゃないって事は確かだ」


『ちょ、ちょっと待つのです! なのです! また永久ちゃんに成りすました電脳力者ではないのですか? なのです?』


「部屋が荒らされた形跡はなかった。それに今のアイツは"薬がなくとも活性化出来る"から、生半可な奇襲じゃ戦闘になる。そうなるとどっちかが気がつく。あいつが起きているのなら朝食の準備がされていて、俺が叩き起こされてないと可笑しい事はミラーにも分かるだろ?」


 台所に置かれている食器類は綺麗に整頓されており、食材も冷蔵庫やネットや段ボール箱等に保管されており、出ているものはなかった。


『な、なるほど、なのです。なのです。それなら、永久ちゃんがふざけて━━━━』


「違う!」


 思わず怒鳴りつけるようにして否定していた。

 五郎は直様我に戻り、呟くように自身に対して悪態をついていた。


「すまん。いきなり怒鳴って」


『び、びっくりはしのですけど、ミラーも茶化すような事を言ってごめんなさいなのです。……真面目な話をすると、病院には連れて行かないのですか? なのですか?』


 スマホを立て掛け、フライパンと2つの卵にウィンナーを冷蔵庫から取り出し、こう答える。


「それは俺も考え……なぁ、ミラー。俺が運ばれた病院ってシェリーが手配したのか? それともミラーなのか?」


『えーっと、レーベンさんなのです。なのです。それがどうかしたのですか?』


「すごく、大事な事だ。もしかしたら、もしかするかもしれん」


 彼はコンロの火を付けた。


「予想が合ってるかどうかの大博打だ」



 廿日病院。仮眠用ベッド。

 一人の医師が横になっていると、スマホが鳴り響き唸り声と共に見知らぬ手繰り寄せた。

 彼が画面を見ると見知らぬ電話番号からの着信であったが、何の躊躇もなく電話に出ていた。


「……はい、何用で」


『見てもらいたい人がいます』


 聞き覚えのある声が聞こえ、記憶の断片を探りとある人物にたどり着く。


「あー、探偵か。……番号は誰から?」


『シェリーから、ですよ』


 話したのか。そう考え、体を起こすと周囲を見渡し誰も居ない事を確認する。

 彼女が随分と肩入れしている理由は彼も知っていた。何故、"本来交わしている約束を破ってまで"彼に電話をさせる事を許したのか。

 最初に考えられる線としては、単純に頼れる医者が他に居なかったから。

 だがそれだけでは可笑しい。ならば直接病院に来ればいい。病院に連絡を入れ、アポを取ればいい。手段は幾らでもある。


「もう一つ質問だ。何処まで知っている?」


 ならば何故か。彼女も見定めている? 探偵を? 俺を?

 そう考えつつ、彼は質問をぶつけていたが。


『……』


 返答はなく、だんまりであった。

 声を出そうとした矢先、返答が返ってくる。


『何も、知りませんね。……ですが、それとなく推理ではない勘のような、予想のようなものなら一つだけ』


「ほー、どんな?」


『態々シェリーが手配したのなら、普通の医者が居るのかもなって。もしかしたら、二重能力者かも。その程度ですよ。ですが、先程の質問で裏があるって事は察せた。って所ですかね』


 先程ぶつけた質問は確認の意も含んでいたが失言だったか。そう考えつつ彼は顎を触る。


「なるほど? で、見せたいのは第一世代の子、か?」


 普通の医者を頼りたくない。そういう風に取れる言葉を"選んで"五郎は喋っていた。


「話が早くて助かります」


 とも慣れば、普通の医者に頼れないのは分かる。アレは見せていい代物では決して無いからだ。


「ふむふむ。分かった。診てやるが……」


 敢えて言い淀むと彼は、お金はなんとかする。そう言うが鼻で笑いこう返した。


「シェリーを通した。という事は契約範囲内だ。金はいらん」


『ははっ、冗談がお上手で。前回はきっちりと払わされたんですが?』


「あれはシェリーが俺を通して、秘密裏にお前を入院させただけだ。俺は直接お前を診た分けじゃないから管轄外ってやつだ。故に工作に使った金は請求はしていない。そうだろう? 探偵」


『確かに。コレは失礼しました。では、お言葉に甘えさせていただきます』


「礼ならシェリーにしてくれ。まさか、俺が頼むんじゃなく、逆に頼まれるとはな」


『私もびっくりしてますよ。……では後ほど』


 通話が切れ、耳からスマホを離すと息を深く吐いた。


「さて、勘は良いようだし、不用意に足は踏み入れない。その癖して疑ってますよ。と、釘はちゃんと刺してくるか。……第一世代を拾ったただの探偵という分けじゃないよな。拾った時期にも寄るが、もしあの時に拾って、行動を共にしていると仮定するなら、被検体の確保に邪魔となっていた"天然物"の可能性がある、か。……シェリーにこの仮説を言ったらどんな顔をするのかな?」


 彼はベッドから降り、スリッパを履きドアまで歩いていくとドアノブを捻った。


「ふっ、楽しみだ」



「ふぅ……」


 電話を切り、五郎は安堵のため息をついていた。

 

「"今度は"どうだって?」


 薄着で半焦げの卵焼きを食べているシェリーが、そう問いかけてくる。


「診てはくれるそうだ。……シェリー、向うに付いたら永久の事任せていいか?」


「へ? まぁいいけど、どっか行くの?」


「もう一つ、連絡先聞いた連中にアポを取る。出来る事ならさっさ会って置きたい」


 彼女は左手で頬杖を付き、呆れ顔でこう返してくる。


「大丈夫? 一人で。五郎の殺害に関しては、3馬鹿は関与しないかもしれないわよ」


「出来る事なら、念の為に護衛は付けたほうがいいのは俺にだって分かってる。でも、シェリーがくれた保険もあるし、死にゃしないさ。……まぁ昨日の今日だし説得力ゼロなのは自覚してるけど」


 彼女は一瞬ばかり目を見開き、ふーんと呟くと立ち上がった。


「アレの意味教えてなかったけど、聞いたんだ?」


「一回効力はあったけど、明後日の方向に向かった相手に使った後、だったけどな。それに今の永久を一人には出来ない。"忠告"もある」


 五郎が医者への連絡先、とある組織への連絡先を聞いた時、とある忠告を受けていた。今の永久の状態に関しての予想と今の人格についても一緒に。

 彼女は右手に持っていたフォークを置き、背伸びをしつつこう答える。


「でもさっさと次に移したいか。連絡先は教えたんだから、電話で済ませないの?」


「話す内容的に向うが電話を通しての会話は嫌がると思うんだ」


 すると、物音が聞こえ二人が目線を向けると、食器を持った永久の姿があった。


「あのう、ご馳走様でした」


「良かったのに、後で取りに行ったから」


「い、いえ。悪いので、その洗わないとって……」


 吾郎はシェリーに出した朝食の初期を持って立ち上がると、そのまま永久を連れて台所へと歩いていく。

 その様子を神妙な顔で眺め、薬を噛み砕くと、1本のナイフを生成する。


「私は、ちゃんと忠告したからね?」



 二日前、カフェテリアにて。


「アメリカに、オーストラリアにヨーロッパ圏。ロシアに中国……で日本と」


 メモ帳に記していく五郎の根の前に、10杯目のパフェを平らげる小野々瀬の姿があった。


「んぐ、せやせや。アフリカも回ったし、世界旅行みたいな感じになっとったなぁ」


 上機嫌にスプーンを振ると、次の一口をすくって口へと運ぶ。


『へぇ、今度お話聞きたいのです、なのです!』


「ええで~。ってゆっても、仕事ばっかでそこまで観光できひんかったからそこんトコロは堪忍やで」


「あ、そうだ」


 彼は1枚のカード差し出した。

 すると、動きが一瞬止まったかと思うとパフェの残りを欠き込み、器をテーブルに置く。


「……10位のカードやないか。へぇ、これをねぇ」


 シェリーと二人で会話をした際、渡された事。

 影人間と呼称されていた殺人鬼から言われた事。

 そして、一度使ってみたはいいものの、効力がなかった事を彼女に包み隠さず話した。


 小野々瀬はその間、うんうん。と、相槌を打ちつつ11杯目、12杯目のパフェを頼みミラーに呆れられていいたのだった。


「確かにお守りやな。主に2重能力者に効力がある。で、そんの殺人鬼が言っていた使い方を間違わないように。って忠告はちゃんと守ってはいるで。ただし、知ってなければなんの意味もないし、飽く迄"殺されにくく"なる程度や。ソレ以外の目的、例えば拉致監禁には意味はないさかいな、されてまうわな。その代わりと言っちゃなんやけど、10位の救出はすころぶ速いで」


「……なんで速いんだ?」


 能力によるものである事は予想出来る。だが、場所の特定が出来ないはずだ。


「そりゃ、このカードは100位の電能力の効果があるさかいお守りと同時にヘボ探偵、あんさんの居場所を突き止めれる……所謂発信機って所やな。悪く言えば、あんさんを回りくどく監視しとるっちゅー意思表示でもあるで。ま、10位のことやから、悪意を持ってって事はないやろな。例えば、一刻永正と繋がりがあるんちゃうか? って疑われたり」


「それはないな」


「例え話やて。せやけど、何かしらあんさんの"周り"に興味をそそられる人物、物があるっちゅー事や。本人に渡さないのは理由があるか、はたまた渡しにくいかのどっちかやろな」


 パフェが届き、上機嫌な彼女は再び食べ始めていた。

 五郎は目線をカードへと落とし、こう呟く。


「あいつは、存在を知っては居た、よな……」

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