73話 奔走とシェリー

 廿日病院、診察室。


「えっと、コレに着替えればいいんですか?」


 永久は手渡された検診衣を手に、看護師に質問していた。


「そうですよ。向うで着替えましょうか」


 隣の部屋へと連れられていく。

 診察室には五郎とシェリー、椅子に座っている長須賀が残された。


「一通りの検査はするが、どの程度判明するか分からん。その事だけは先に頭に入れておいてくれ」


「分かってます。……お願いします」


 五郎は頭を下げ、頭を上げると当初の予定通り、彼女の事はシェリーに任せて部屋を後にした。

 足音が遠ざかっていき、聞こえなくなった所で長須賀が口を開く。


「色々言いたい事はあるが、まだ有効だと考えて差し支えはないか? 万年10位さんよ」


「まだね。びっくりした? 五郎が電話してきて」


 シェリーは腕を組み壁に寄りかかる。


「そりゃびっくりした。裏用の方から掛かってくるもんだからな。お前、どういうつもりだ?」


「あぁした方が返って怪しまれない。そう考えてただけ」


「なんだ、ただの無茶振りか。よせと言っても、お前は何時も無茶振りばかり押し付けてくる」


「尤も、最初から怪しんでたみたいだけどね。あの嗅覚は面倒臭いわ」


「その用だな。で、彼らは利用してるだけなのか? それとも仲間として扱っているのか?」


 問われ、彼女の目線が天井へと向かう。


「どうかしらね。敵には回したくないなー。って思ってはいるわ」


「ふむ、そうか。よく分かった。なら俺の感じた事を一つだけ教えてやる。予想が正しければ、あいつは近藤こんどう 櫻子さくらこ確保の邪魔となっていたと言われていた人物。要は天然物じゃないかという疑いだ」


 びっくりする。驚く。そういった感情があらわになると彼は考えていた。

 だが、彼女の反応は至って変わらず、冷静にでしょうね。の一言が返ってきただけであったのだ。


「なんだ、知ってたのか。つまらん」


 彼はタバコを取り出すと、口に咥える。


「五郎が、櫻子さん。って、口走ったらそりゃぁね? でも、彼能力使ってないわよ?」


「さてな。不安定なのは周知の事実だ。今は使えない状態なのか、もう使えない状態なのか。どちらかじゃないか? なんにしてもタダもんじゃないって仮説は俺の中では確証に変わった。礼を言うよ」


 彼は、シェリーが此処まで肩入れする理由も分かり、満足げな顔をし火を付けようとするもやめ、ため息を付く。


「……狂弌の遺体はどうしたの?」


 狂弌の遺体は猪上同様に、彼の元へと送っていた。

 彼女は関与した"同類"の遺体は全て、彼に一任し弔ってもらっている。


「まだ安置所だ。アイツ相当無理をしてたみたいだな」


「まさかとは思うけど、解剖したんじゃないでしょうね!?」


 シェリーは目線を長須賀に向けると、淋しげな表情をした彼が瞳に映る。


「する分けないだろ。仮にも同類で、同胞で、仲の良かったヤツだ。だが、あの状態を見れば一発だ。呆気ないもんだな、あの接近戦2強の次点の一人がよ」


「どうしようもないじゃない。負荷で脳が逝くんだから」


「そりゃそうだが。……お前が死体を運んでくる度思い知らされるよ。俺達は力があっても、短命なんだなって」


「運んで来ない方がいい?」


「いや、出来得る限りは運んできてくれ。いけ好かない奴でも、その辺の馬の骨に弔われるよりかは幾分かマシだろうからな。が、狂弌達は俺じゃなく、連中に運んでも良かったんじゃないか?」


「猪上くんは煽りになるし、狂弌は……なんでしょうね。運んじゃ行けない気がしたの」


「なるほどな。二人の墓も建てる。墓の場所ぐらいは連中に教えてやってくれ」


 扉が開き、看護師と第一世代の患者が診察室へと戻ってくる。


「先生、着替えおわっ、あー! またタバコ吸って!!!」


 看護師が注意し始めるが、まだ火はつけてない。と口論となってしまう。

 その様子を見てシェリーは鼻で笑っていると、服の裾を引っ張られ。


「あのう、おじさんはどちらへ?」


 永久にそう問いかけられる。

 彼女の目には、いい子を演じている。そう云う風に映ってしまっていた。


「用事。大丈夫、あんたのために動いてるだけだから」


「そうですか……」


「さて、検査だ。検査。その子を━━━━」


 彼は立ち上がると口論を逸しつつ指示を行い、逃げるようにして別の部屋へと歩いていった。

 彼女は裾を離すと、看護師に連れられ診察室を後にする。


「はー、もう。ちびっ子のままならどれだけ楽だったか。……一度、五郎をフリーにした方がいいかしら」


━━━━まだ気がついてない振り? 恐らくあの子は……。


 一方、病院を後にした五郎は、タクシーを捕まえて廃工場へと向かっていた。

 スマホである人物と連絡を取っており、予め頼んでおいた確認事項を聞いている最中であった。


『と、いう分けで貴方の予想通り、あの子がなんとかした爆弾の一つは幸田研究所と繋がりがあるわね。他も調べた方がいいかしら?』


「いえ、残りは此方で調べている最中ですので十分です。態々ありがとうございました」


『この程度はお安いご用よ。それより、永久ちゃん。大丈夫なのかしら?』


 もう情報が回ってるのか。そう考えるも、続けられた言葉で知っている理由に納得が言った。


『あの子がね。別れ際にまだ大丈夫、って頭を抑えながら呟いていた。って言って心配そうにしてたのよ』


「……そうですね。俺がこう駆けずり回ってる状態だと言えば、分かるでしょうか」


『そっか。"お互い"大変ですわね』


「えぇ、全くです。ありがとうございました」


 スマホを切り、窓の外へと目線を送る。


「お互い、か」


「お客さん、探偵かい?」


 急にドライバーに話しかけられ、びっくりしつつ五郎は肯定する。


「やっぱりかい。すまないねぇ、耳が聞こえないなら好きに喋れるんだろうけど」


「いえ、仕事柄慣れてますので。でもどうして探偵だと? ネットですか?」


「そうだよ。ちらっとね。昨日も大変だったし、それ関連の調査かもしれんなとも思ったのもあるがね。俺も探偵の素質あるかな?」


「あはは、あると思いますよ」


 適当に雑談をしながら更に揺られること1時間。

 目的の場所に付き料金を支払って降りると、深呼吸をする。


『ボス、帰りはどうするのです? なのです?』


「徒歩、金がない」


 すると、着信があり相手は綾瀬さんであった。


「はい、五郎です」


『綾瀬です。折返しの電話でしたけど、時間は大丈夫でしたか?』


「問題ありませんよ。ボタンの話はどうでしたか?」


 朝、病院に電話をした後に幾つかの筋に状況整理の確認、情報整理のため片っ端から電話を掛けていた。

 綾瀬さんもその1人であり、ボタンにとある確認をしていた。


『うん、五郎くんの察し通り、暴力団の総本山に向かったみたいだね。その時に出会った二重脳力者の少女から、中の人物は全員死んでる。って聞いたらしい』


 読み通りだった。そう考え、五郎の口元が笑った。


「ありがとうございます。あの、キャットフードはちょっと遅く……」


『いいよ、いいよ。好で僕もボタンも、皆も協力してるわけだし。この情報を何に使うのかも聞かないけど、生きて"二人"でまた遊びに来てよ』


「はい。必ず」


 通話を切り、歩を進ませ始める。


『ボスー、これって凜ちゃんに聞いても良かったと思うのですけど? なのですけど?』


 耳につけている通信機からミラーの声が聞こえてきた。


「今はそっとしときたい。ボタンなら慣れてるってのもある」


『なるほどーなのです。それで調べ物の結果なのですが』


 彼女から、調べてもらった報告を聴きつつ廃墟のような場所で歩を進め、程なくして目的の場所へと到着した。


『っと、言う具合なのです』


「上出来だ。後は俺の仕事だな」


『交渉カードは揃ったのです? なのです?』


「全然。正直、向うが知ってる事を必死こいて調べましたよってだけだ。半分確認作業みたいなもんで、半分保険みたいなもんだ。だから元かあるカードとハッタリだな。ダメだったら……いや、本来交渉すべき相手は別に、近くに居る」


 誰なのですか。というミラーの問いかけを無視し、五郎は立ち止まるとスマホをポケットから取り出した。

 そして、改造してあるスマホの裏面のバッテリーパックのフタをスライドさせる。


『また、私だけ退け者ですか?』


 何時もの口調が崩れ、少しばかりドスが効いた声が耳に入ってくる。


「……知ると後戻りできなくなる」


『それでもいいです。このまま知らない状態より、よっぽどましです』


 吾郎はバッテリーのフタを閉め、画面を顔の方へ向ける。


「まぁ、一昨日の作戦の時必要だからって大体聞いてたんだから今更か」


『そうなのですよ。なのです。ミラーも、澤田探偵事務所の一員……なんですから。聞きたかったのですけどレーベンさんって二重脳力者だったのですか? なのですか?』


 その質問に肯定してやり、屋敷の時は知られたくないからバッテリーを取った事を説明すると、納得したようで上機嫌な声が五郎の耳に届く。


『なんと言うか、やっと本当の仲間になったような感じがするのです。なのです! っは! ボスと永久ちゃんの間に滑り込むヤツなのです!!! 悪女ってやつなのです! きゃー!』


「何だよそれ。会話内容は一応録音しておいてくれ。意味はないかもしれんが」


『必要になるかもしれない、なのですね! なのです!』


 彼女は敬礼し、五郎はコートのポケットに再度仕舞うと再び歩を進ませ始めた。

 程なくして一人の男性が見え、顔をしかめる。


「あー、どうも……」


 苦笑いと共に声をかけると、舌打ちと共に睨まれ、此方だ。と言い残すと彼は歩いて廃工場の建物に入っていく。


『すっごい、嫌われてる対応なのです。なのです』


「まぁ、昨日戦った相手だからな。しかも向うからしたら命狙ってた片割れだし、ぶっ飛ばしたからなー」


 五郎は彼の後を追って廃工場に入っていく。

 中は質の悪い電球で照らされており、至る所にガラクタが散乱し埃だらけであった。


「連れてきましたよ。秀一さん」


 そして、ブルーローズの生き残りである7人の男女が存在していた。

 秀一と呼ばれる男はコンテナに座っており、彼の足と枕に一人の少女がゲームをしていた。


「ありがとう、オーラ。で、澤田五郎。呼びつけた要件を聞きたい」


「少々問題が起きまして、情報を頂きたいなと」


「……帰ろうよ、シュウくん」


 そう少女が呟き、彼は宥めるとこう答える。


「情報が欲しいと、漠然と言われてもね。……そもそも話す義理がない」


 だろうな。と頭の中で呟くと、口を開く。


「そうですね。……今此方で行っている撹乱工作。これは我々だけではなく、貴方々も含まれている。では不服ですか? 例えばトカゲの尻尾切りにしようとしていたものを利用する形……にはなりましたが、東國会を利用し彼らが黒幕で暴れた。なんて捏造したの噂も流していたりしますし、敵であった貴方々も極力庇っているのですから、見返りが少しはあっても良いかなと」


 東國会の連中は今回の一件に関わっており、準備もしていた。

 事前に行った堂島の暗殺の件もあり現在では犯人も捕まり、東國会構成員だという事がおおやけにされている。おかげで、流した噂の信憑性は非情に高くなっていた。


 だが、ブルーローズからしてみれば襲ったのは此方だが、仲間を殺しておいてよくまぁいけしゃあしゃあと言えたものだ。などと思われも仕方がないのもまた事実だ。印象としてはあまり良くはないが、使えるカードがない。

 シェリーにもらったアレも所詮は自衛手段にしか使えず、こう言った交渉には無力だ。


「それは武器子の指示じゃないのか? もしくは小野々瀬か」


「お願いしたのは私です。疑っているのであれば、小野々瀬さんにご連絡を取ってもらっても構いません」


 嘘だ。提案したのはシェリーであり、五郎は賛同こそしたものの提案している分けではない。更に言ってしまえば永久に至っては反対すらしていた始末だ。

 だが、ブルーローズからすればシェリーに連絡を取った所で、口裏を合わせている可能性があり確証は得づらい。故に小野々瀬の名前を五郎は出していた。

 だが、もう一方の彼女に関しても恐らく連中"も"連絡は取れない。


「……」


 彼は考える素振りを見せる。

 数秒の静寂の後、発せられた言葉はコレであった。


「信用しかねるな。裏が取れない上に、あたかも本当のように語る。嘘を付くヤツのやり口だ」


「人聞きが悪い。本当の事なのですが」


 五郎は敢えて笑わず、呆れたような口調と表情を取る。


 彼らも連絡が取れない理由は2つ。一つは五郎達も連絡が取れない。そして昔、チクが連絡先は教えてもすぐに捨てるモノのみ。という言葉。

 要は彼は固定の連絡先を持っていない。

 情報屋が連絡先を変える、複雑にしている事は珍しくはない。が、彼のように連絡そのものが難しい例はかなり珍しい。寧ろどうやって情報屋として成り立っているのか不思議なくらいだ。


 そして、この状態は護衛である彼女も例外ではなく、次の仕事が控えていると撤収も早かった。彼らと既に買われている可能性が非情に高かった。

 結果として、連絡を取ろうという素振りが見えない当たり、五郎の読み通りだった。


 このような状況で裏が取れないが疑っている。となると、相手が取る行動といえば大きく分けて2つ。

 有無を言わせず突っぱねる。もしくは、言動や表情と言った所から信用出来るかどうかの判断を下す。この2択だ。

 慎重な人物は前者を選択するだろう。彼も普段ならば前者を選択する人物だったろう。

 だが、状況が選択を許せば、の話である。


「百歩譲って、そうだったとしよう。敵だった貴方に情報を渡してもいいと思えるだけの……理由が出来たとしよう。それで此方になんの利益がある?」


 損得勘定。


「貴方々が欲しがっている情報を渡しましょう。勿論、私共が所有している情報のみになりますが……もしくはシェリーに頼み込んで海外への逃亡の手伝いをするという方が良いでしょうか?」


 向うがシェリーの言う、紀子という人物の保護下にある以上下手な行動には出れない。ましてや戦力を大幅に削られている現状は特にだ。

 しかし、突っぱねるだけなら可能だ。故に先に手を打っておいた。

 五郎は目線を屋根へと向ける。


「めんどくせー事してんな」


 廃工場の屋根の上には戒斗、彩乃、正の3名が片耳にイヤフォンを付け座っていた。

 事前に彼ら3人に、突っぱねないよう釘を刺してもらっていたのだ。


「交渉は面倒な事なのは常だのう。特に、事前に策を講じる場合は、の」


「でも早かったよね? シェリーに言えばさ」


「そうだよ。アイツに言っちまえばそれで解決だろうよ」


「したとして、シェリーがそんなヤツと一緒に居る。本当にそう思うかの?」


 正の言葉に2人は黙ると、ため息と共に戒斗が横になった。


「はーっ、面倒くせぇ、めんどーくせぇ。あー嫌だ嫌だ」


「戒斗は脳筋だからの」


「そうだよ、俺は脳筋だよ。だから兄貴に全部そういうのは丸投げしてんだ! 悪いか!」


「でもさ、五郎さんはなんで? だとすると理由が分からない」


「っは、どうせ、意地とかだろ? 男にゃたまーにある。自分がやらなきゃいけねぇ時ってやつだよ。俺にもあるが、あぁいうのだけは御免だがな」


 だが飽く迄、釘を刺してもらい門前払いを防いで居るだけに過ぎない。

 五郎は目線を秀一へと戻し、思考している彼の返答を待っていた。


「……情報と逃走ルートね。先に聞くが、ルーク。佐々木美代子の死に関して何か知ってる事は?」


 死? そう頭の中で反復していた。

 永久の話では逃してそれっきり。とだけ聞かされていた。もしかしたら襲撃があるかもしれない。と、ひっそりと警戒を促されていたぐらいだ。


「いえ、何も。昨日の話の通り、うちの永久には基本的に人殺しをやらせてはいませんし、彼女が逃げだした以降浮かせる方向で放置の選択をとっていたようです。ですので、本当に死んでいるのであれば、此方の感知し得ない所での殺害になりますね。例えば、幸田研究所関係者、とか」


 五郎が幸田研究所の単語を出すと、ピクリと少女が反応を示す。


「なるほど? 次に、シェリーから何か譲り受けたモノはあったりするかい?」


 問われ、五郎は1枚のカードを取り出し彼に見せた。


「そうか。本当に渡してたか。ならば"ブルーローズとして"は交渉は決裂だ。貴方が差し出す見返りに魅力が薄いし、信用が置けない。故に情報を渡す理由には行かない」


 彼は少女の肩を2回ほど叩く。すると彼女は体を起こし、彼はゆっくりと立ち上がる。


「貴方々を黒幕に仕立て上げることも出来る。……という、脅しもまぁ意味を成さないんでしょうね」


「する気がない癖して良く言うよ。ウルフ、彼を見送ってやってくれ」


 五郎はこれ以上引き下がらず、頭を下げるとその場を後にする。


「随分とあっさり引き上げましたね」


 そう言うと、ボイスはピーナッツを口に放り込む。


「向うとしても先んじて釘は刺したいいものの、マトモなカードが揃ってない。故にダメそうなら引き下がった所で、付け焼き刃じゃボロが出るって所じゃないかな。確かに武器子の護送は普通なら魅力的だが、"今は不要"だしね。我々を動かす材料として意味をなしていないしね」


 失敗した。

 もっと上手くやる手段はあったろうが、それでもマトモに交渉するだけの情報や、バックは存在し得ない。

 口からの出任せのみでどうにかなる相手でもなかった。仕方ないと言ってしまえば楽だ。だがそれでは問屋が降りない。保険を掛けておいて正解だったと考えつつ、今後の動きについて思考を巡らせていく。

 そんな時、廃工場から少し離れた所で、見送りに付いてきた難いのいい大男が口を開いた。


「先日は世話になったな」


「……初日は焦りましたよ。此処日本だろってね」


「はっ、国なんて些細なもん俺達には関係ない事だ。護衛の嬢ちゃんはどうした」


 そう聞かれ、素直に答えるかどうか少しばかり悩むが、下手に嘘を付いても仕方ないと考える。


「起きた問題の中心に、あの子がいるんです」


「そうか。そりゃ災難だな。……秀一さんからの伝言だ。運が良かったな、探偵。ブルーローズとしては交渉は決裂だが、"個人としては"成立だ。武器子が信頼するお前を信用しよう。代理人で申し訳ないが、彼に何でも聞いてくれ。だそうだ」


 五郎の目が見開き、彼の台詞に驚き足が止まる。

 少しして大男も歩みを止め、後ろを振り返りこう続ける。


「何があったかは知らんが、猪上さんを殺した事実は変わらん。だが、俺達は初戦テロリストだ。お前らときたらオーラと俺、秀一さんを生かし、あの嬢ちゃんに至ってはこれを置いていった」


 そう言って彼は1枚のメモ用紙を取り出した。

 書かれていたのは、ホテル名と部屋番号。そして、シェリーが眠らせた仲間がいるから迎えに行ってあげてください。という文章であった。


「情報屋の右腕、あの3人組とはあの場では味方同士だったとしても、普段は同じ勢力という分けでもなかろう? それを加味して俺もこの紙を置いていった甘い嬢ちゃんを信用する事にした」


「なん、で……」


 五郎は驚いた表情を浮かべたまま、思わずそう口走ってしまっていた。

 そんな彼の様子を見てウルフは鼻で笑い紙を懐に仕舞う。


「なんで、じゃないだろう。情報をに来たのはお前だ、探偵」


「違う! そんな伝言を伝える暇は……!」


「お前さんと会話をし合格ならカードを持っているかの確認をし、求めているモノ次第によっては俺を使って秘密裏に融通するとな。俺と秀一さんの間で事前に交わしていた。だから運がいいな、だ」


 事前に動いていたのはお互い様だった。

 当然である。時間がなかったとは言え、あのように露骨に動いていたのだから。

 五郎は片手で顔を多い、一つ大きなため息を付く。


「櫻子さん。やっぱり、君の言う通り……辺に焦るとダメダメだな」


 五郎はそう弱々しい声で呟いていた。

 だが、奇しくもいい方向へと向かっている。

 意を決した顔となり、手を退けるとこう口を開いた。


「取り乱してすみません。少々びっくりしたもので。では本題を始めましょう」

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