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71話 終わりと記憶
日が落ち、薄暗くなった路地。
一人の女性が、肩で息をし周囲に注意をはらいつつ走って移動していた。
顔にはタトゥーがあり、投与中でもあった。
すると、逃げる先に一人の片眼鏡をかけた男性が現れ行く手を阻んだ。
「私に何か用かしら?」
「いや、何っ。狂弌の部下がどんなもんかと、態々様子見を見に出向いたまでさっ」
「まさか敵!?」
彼女は臨戦態勢を取り、周囲に液体窒素を生成し初める。
「まぁ、待て待て。俺"は"君とは戦わないっ。ちょっと情報がほしいのさっ」
「情報、ね。話したら見逃してくれるのかしら?」
「言ったろう? 俺"は"戦わないとっ」
彼女は最低限の量だけを残し、残りを消して警戒を少しだけ解く。
「で、何が聴きたいの?」
「そりゃぁ、狂弌が狙った場所をどうやって特定したのかをっ」
「さてね。私は彼らの仲間ではあったけど、どちらかと言えば部外者だから、良くは知らないわ」
そう言い終え、少しばかり考える素振りを見せると再び口を開く。
「でも、一つだけ分かるとしたら……」
「分かるとしたらっ?」
「察してるとは思うけど情報が漏れてたわよ。攻撃箇所の指定に迷いがなかったし、的確。手慣れている以前の問題ね。付け加えるなら内部犯でしょうね」
「なるほどっ、ご貴重な情報ありがとうっ」
そういうと彼は頭を下げる。
「行っても良いかしら? 大したことじゃないとは言え知ってる事は話したのだし」
「いえ? 貴方にはもう一つ役割があるんでっ」
頭を上げこう続ける。
「俺は確かに、戦わないと言ったっ。けれど……」
彼女の後方で物音が聞こえ、再び臨戦態勢を取ろうとする。
「言い訳は聞かん。
しかし、言葉を発しなら現れたもう一人の男性に瞬時に間合いに入られてしまい。
「懺悔は閻魔にでもやれ」
迎撃する間もなく、重い一撃が腹部を貫通し喉から血が口に溢れ出てくる。
「見逃すとも、殺さないとは一言も言っていないっ。勘違いしてべらべらと喋ってくれてありがとう。そしてさようなら。佐々木美代子さんっ」
━━━━あはっ、あははははははは!!!!
◇
薄暗い路地の一角。
「尤も? うちらがこんでも、勝てとったか怪しいやろうけど」
秀一の周囲に薄っすらと光の粒子が残留していた。そして、本来守るべき五郎の周囲には存在していない。
態々永久が彼を守るために残したのでは当然ない。
「……確かに次の一手はありませんでした。人は"殺したく"ありませんので」
彼女の口調は殺せるのならば、手段はあった。そう言いたげな含みをもたせていた。
すると、パンパンと2度手を叩く音が周囲に鳴り響く。
「はいはい、終わり終わり。これ
「それは俺に言われても困る。小野々瀬に言ってくれ」
「僕も知らへんで~♪」
彼女はミラーが映るスマホを持ち、スキップしながら五郎のへと行く。
「はぁ!? んじゃぁ誰だよ、こんなはた迷惑な事頼んだの!?」
「知るか」
「さてな~? もっかしたら10位か7位が知っとるかもしれへんな」
「その二択なら十中八九未珂瑠だな」
秀一はゆっくりと腰を卸し、深く白い息を吐いた。
「……確かに、後先考えねぇからな。あいつはよ」
「21位、ブーメラン刺さっとるで」
横たわったまま虚ろな目で薄暗い空を眺める五郎の元へとたどり着くと、顔を覗き込みつつスマホを差し出す。
「ヘボ探偵、大丈夫かー? 立てるか?」
「ちょっと無理そう、です……」
『ボス、救急車呼ぶのです? なのです?』
「いや、いい。というか呼べんだろ」
『あー、実は先程電波ジャックが消えてまして……』
そう口走った途端、戒斗はスマホを取り出し電波状況を確認し、電話をかけ始めた。
「お、ほんとだ。サンキュー」
「彩乃にラブコールか?」
「ちげーし、近況報告だし」
「状況報告な。必要はないと思うぞ」
そう言って指差した先には、黒猫を抱きかかえた彩乃の姿があった。
スマホを仕舞うと、彼は彼女の元へと駆け寄っていく。
「ったく、何が違うだ」
優しく微笑みながら話す2人を眺め、目をそらすようにして空を見上げた。
「何時までも
「……随分と仲がいいんですね」
先程まで戦っていた少女の声が聞こえ、目線だけを向ける。
すると彼女は片手で頭を抑えていた。何かあると考えるも、言葉にはせず素直に返答をする。
「敵であり、味方であり、旧友……だからね。戦闘が終わればご覧の有様さ。可笑しいか?」
「ええ、とても可笑しいですね。私には理解出来ません」
「だろうな。俺にも理解出来んよ」
懐からタバコを取り出すと、口に咥える。
「だけどね、案外と悪くないもんだよ。頭、痛むのか?」
「少しだけ。でも"まだ"大丈夫です。案外悪くないと言いますが……例えば、仲間が殺された後……だとしてもですか?」
永久の放った言葉により、2人の間に数瞬の静寂が訪れる。
地雷を敢えて踏み抜いた。そう考えていた彼女は怒りの感情を載せた台詞が返ってくる。そう考えていた。だが、そんな予想とは裏腹に彼は喉を鳴らして笑い、こう返答する。
「残念だが、俺はもう慣れてしまっているんだ。何処か心が死んでる。何処か感情が死んでる。だから君の期待しているような反応は出来ないし、返答も出来ない。だからかな、俺はあいつの相棒で居続けてたのは」
そして、言葉に反して彼の顔は何処か寂しげな表情を浮かべていた。
「その様子でそのような厨二が使いそうな言葉を吐かれても信用しかねます。要は周りが空気読めねーって事ですか?」
今度は声を出して笑い、そうだ。と、答え小野々瀬に向かって更にこう続ける。
「空気読めないって言われてるよー、小野々瀬」
スマホを渡した彼女は振り返り、なんやてー。と、2人の元へ駆け寄っていく。
「……ほんと騒がしい人で、チクさん好みだな。ミラー首尾はどうだ?」
永久へと絡もうとするが、全力で拒否されている光景を眺めつつ五郎は問いかけていた。
『うーんと、なのですね。上々と言っていいのですが……』
言い淀み、問題が発生したのか。そう問いかけるが画面に表示される彼女は即否定する。
『違うのです。スムーズに進みすぎていると言いますか、ミラーの撹乱工作が嵌り過ぎてて怖いと言いますかなんと言いますか』
いい事。なのだが、逆に怖いというヤツであった。
五郎は安堵し、安心するように促す。なぜなら、恐らくシェリーが頼んだという人物のおかげだろう。
「うわっ、五郎大丈夫?」
噂をすればなんとやら。ではないが、思考していた人物がちょうど現れた。
「上手く行き過ぎて怖いんだと。……って、お前大丈夫か!?」
彼女はずぶ濡れであり、薄っすらと血の跡も散見される。
思わず五郎は痛む身体を押して起き上がっていた。
「平気よ。五郎も知ってるでしょ? 結構丈夫なの」
「そうか、ならいいが。……ご苦労さま、ありがとう」
「……どう致しまして」
何者かの足音が聞こえ、五郎は目線を向けると炎を纏った少年が走ってくる光景が目に映る。
「秀一さああああん! 遅れました!!!」
そのまま戦闘態勢に入ろうとするが、足元に生やされた小さな壁に躓き転けると勢いの余り転がっていく。
「もう終わりだ、方向音痴。ったく、三栖坂の妨害が良い方に向いてる唯一の例だな」
本来、レーダーとバードを使い彼のナビを執り行うはずであった。
しかし、最初にレーダーが黙らされ、その後の電波ジャックで完全に浮いてしまった遊び駒となっていた。
とは言うものの接近戦が主体である彼を、下手に小野々瀬や戒斗、彩乃と当てる分けにも行かず、永久と当てた所で勝てる相手でもない。
一番良かったのは伸びているオーラの護衛だが、果たして合流するまで時間を貰えてもらえたのか。疑問だな、と秀一が考えていると、彼は立ち上がりこう叫ぶ。
「……でも、秀一さん! このまま負けって! 狂弌さんが!!」
「良いから帰るぞ。今回は相手が悪すぎる。残党風情が噛み付いて勝てる相手じゃない」
彼は目線を戒斗と彩乃に向ける。
「あ、希望する? 見張り」
「頼む。こっちとしても戦力が心持たない上に、向うとしてもこのほうが安心するだろう」
目線を永久に落とし、その後五郎達に向けた。
「あ、ほいなら僕らも付いて行ってええかー? 次の仕事への移動早めにしときたいんや。チクがホーンまギリギリの……」
愚痴が始まるが、慣れているようで聞き流しつつ話しが進んでいく。
「で、そっちの生き残りは何人なんだ?」
「最低2人ってぐらいだ。そこの護衛ちゃんとシェリーの手心次第だが」
「殺して無いわよ? 嫌いなの知ってるでしょ?」
「殺してませんよ」
「ならもう何人か生き残りがいるな」
シェリーは借りている部屋番号を教え、眠らせた人物はその個室に放り投げている事を伝える。
そして、永久はそのまま放置。関与していない1箇所は戦闘は行われていないという。
生き残っている人数が判明し、戒斗と彩乃のセーフハウスの一つに向かう。という事で話が纏まり彼らとはこの場で分かれる形となった。
五郎達は隠れていた凜を回収し、シェリーの能力で事務所の前へと繋いで貰って、とても短い帰路へと就いた。
「あ゛ー疲れた」
五郎は事務所に入ると、スマホをスタンドに置き、居間兼応接間に置かれているベッドにダイブするように倒れ込んだ。
久々に長い一日であった。朝の凜の騒動から、下見、準備そして本命の戦闘。
逃げている事の方が多かったとはいえ、彼の体は疲労で悲鳴を上げていた。
「ねぇ五郎のおじさん、後始末ってどうするん?」
ちょこんと、座っている凜が質問してくる。
確かに説明をしていなかった気がし、ゆっくりと口を開き始めた。
「あー……ネットの方はシェリーの仲間と、ミラーが工作したり撹乱してる」
スマホを指差した後、天井を指差しこう続ける。
「で、痕跡の後始末はチクさん……いや、俺の知り合いのおじさんと雇った人で……証拠隠滅するそうだ」
ふと彼は体を起こし、今朝より荷物の少ない居間を見渡す。
二人の荷物は既になく、最初から夜には撤収する手はずだったのだと悟る。
次の仕事と、小野々瀬が口走っていた。これによりただ応援に来た。というだけではないのだろうが、"そういう事"にしておくことにした。深入りをしても何もいい事はないだろう。
再びソファーに横になると息を深く吐く。
━━━━今回の出来事で何人が死んだ? 一体どれくらいの被害が出た?
「おじさーん?」
━━━━本当にアレが最善手だったのか?
「五郎のおじさーん!」
「ん、なんだ?」
叫ぶ凜の声に、思考と取りやめ目線を彼女に向ける。
「お風呂、浴びてもいい?」
「あぁ……どうぞ。もしかしなくても、シェリーの方が設備良いと思うぞ」
そう言って、上を指差すが彼女は断り、こう言い残す。
「いい。あーし、あの人苦手だから」
彼女は小汚い脱衣所へと向かうと、服を脱ぎ洗濯機の上に服を置いて浴室へと入る。
ハンドルを回し、シャワーから水が出てくる。次第に温度が上がりお湯となった所で頭から浴び始めた。
「……何にも出来なかった。なんの力にも」
━━━━なれなかった。
「五郎~、ちょっといい? ……あら」
居間では薄着で首にタオルを掛け髪濡れたシェリーが空間を切り裂き、何時ものように侵入して来ていた。
が、静かに寝息を立てている五郎を見て困った顔で濡れた髪をタオルで拭き始める。
『どうかしたのですか? なのですか?』
スタンドに立て掛けてあるスマホの画面が表示され、ミラーが問いかけてくる。
「あー、うん。祝勝会だー。って言って、二重能力者集めてパーティー開くから強制参加。って言われたのよね。で、本心としちゃ行きたくはないんだけど、後々面倒だし顔だしてくるからちょっと居ないわよ。って伝えたかったんだけど」
『なるほど、なのです! 伝言承りましたのです、なのです!』
「頼むわ。ちびっ子は今シャワー?」
水の音がする方へと目線を向け、スマホの画面を見るが、表示されていたのはミ首を横に振るミラーの姿であった。
『永久ちゃんは自室に戻ってるのです。恐らく頑張ってたので疲れたのではないかと。シャワーはお嬢が入っているのです。なのです』
「あの子か。了解、了解。寝てたら悪いしあたし行くね。伝言宜しく、便利子ちゃん」
『なのです、なのです♪ 何時も貴方の心を写す鏡、ミラーちゃんにお任せなのです♪』
独特のポーズを取り、シェリーは愛想笑いを浮かべるとこう返す。
「それ、あたしより五郎にやりなよ」
『適当にあしらわれたのです……』
「あはは、そっか」
翌朝。
陽の光がカーテンの隙間から差し、唸り声と共に目を覚ます。
「時間……あ゛~」
半開きの目で時計を確認すると、午前9時であった。
寝すぎた。そう考えるものの、今日はどっちにしろ臨時休業という事にしているため、まぁいいか。とも思ってしまっていた。
テーブルに置かれているリモコンを手繰り寄せると、1枚の紙が地面へとひらりとひらりと落ちる。
拾い上げ目を通すと、テレビをつけニュース番組にチャンネルを回した。
案の定昨日の出来事が大々的に報道されていた。
死亡者は120名余り、重軽傷者は400人超にも及ぶそうだ。
「まぁ、そうだよな」
そして、あのように大規模な戦闘が行われたにもかかわらず、痕跡が少なすぎる。情報が少なすぎる事が問題。ネットによる情報も
『むにゃ~……ボス~おはよう御座います~なのです~』
「おう、おはよう」
画面に目線を向け、体を起こすとテーブルにリモコンを置き立ち上がる。
『あー、伝言なのです。昨晩祝勝会でちょっと居なかったわよ。ってレーベンさんが』
その後、会話の一部を録音したと思われる音声が流され、五郎は思わず苦笑してしまう。
「律儀だな。分かった伝達ありがとう」
ふと、周囲を見渡しある異変に気がつく。
凜は書き置きに、戻ってるね。と書いてあったため、まだ少々危険だとは考えたが、この場に居ない事には合点がいっていた。だが。
「なぁ、永久は知らないか?」
本来この時間ならば、起きていなければいけない。なんなら、五郎を叩き起こしていてもいいはずだ。
『はえ? ……あれー? そう言えば起きてこないの変なのです』
「だよな、とっくに起きていてもいいはずだ」
『でも永久ちゃん昨日お疲れでしたし、寝坊助さんしていても不思議じゃないと思うのです』
「大寝坊ならそれでいい。けど、永久はこれまで寝坊しても、寝るのが遅くなっても7時には起きてたんだ」
嫌な予感がする。
そう思った五郎は、歩を彼女の部屋へと向け扉の前へと立った。
「永久、ちょっと入るぞ」
ドアノブに手をかけようとしたその瞬間、ゆっくりと回っていき軋む音と共にドアが開いていく。
何か問題が発生し、動けない。もしくは目覚めない。そう考えていたため彼は安堵のため息を付いた。
「お前らしくもない、大寝坊する……な……ん……」
だが、彼の安堵は即座にかき消される事となる。
目線を落とした先に現れた永久の顔はきょとんとしており、まるで別人のようであった。
ダメ押しのようにして、彼女は首を傾げこう言い放つ。
「おじさんは、誰……ですか?」
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