ファイル20

60話 飴ちゃんと情報屋

 五郎達が堂島の吉報を聞いたのは、コンサートの翌日の事であった。

 表向きは抗争による死亡とされている。

 だが、瀬木川組に抗争をするほどの体力は今はない。現状抗争に発展する前に、会合を開きなんとか回避していたのが実情だ。

 ともなれば、暗殺されたとみてまず間違いないと彼は踏んでいた。


「葬式には出るんですか?」


 永久はコトっと音を立てて、目玉焼きとトーストが乗ったお皿をテーブルに置く。


「いや、組内だけでやるそうだから出ないってより出れない。変わりと言っちゃなんだが」


 スマホを手に取り、ミラーに言って今朝来たメールを開いてもらう。

 内容は簡素なモノであり今後関わるな。そちらにも飛び火するぞ。とだけであった。


「関わるな。ですか。相当ヤバいんでしょうね」


 はむっとトーストを一口齧り、こう続ける。


「んぐんぐ、ゴローはどうするつもりで?」


「情報を集めようかと思う。場合によっちゃ薬の入手経路変わるし、何より組長や凜が危ない」


 カップに入っているコーヒーを一口飲み、深く息を吐く。


『動くなと言われてても動くのですか? なんだか探偵って感じがするのです!』


「探偵ですしなんですかその基準。学校休みましょうか?」


「いや、永久は学校に行っててくれ。場合によってはそれとなく」


「不良達から聞く形ですね。了解です」


 永久が学校に行く所を見送り、五郎もコートを着てトムがよく居る裏路地へと向かった。

 一見すると何時もと変わらない。だが空気が少しばかりピリピリしているそんな気がする。


『……ボス』


 珍しく声のトーンが低く、彼はしおらしいと感じていた。


「ん? どうかしたか?」


『実は堂島さんからのラインすごく来てたのです』


 彼女が誰かしらやり取りをずっとしているのは知っていた。それがシェリーや川崎さんに菊池。だと思っており堂島さんまで含まれていたとは、露ほども考えてはいなかったのだが。


「そうか」


『最初はしつこいなんて思っちゃってたんです。です。けど、案外面白くて、優しくて』


「あの人、案外ノリもいいしな」


『なのです。……だから、死んだって聞いた時びっくりして、でも実感がなくて。チーフが死んだって聞いた時と同じで、なんというか……その、あの』


 彼女は自身を殺した相手だと言うのに吉報を聞いた時、悲しみ落ち込んでいた。表向きは明るく接して居ても、少しの間仕事が手に付きづらい状態となってしまっていた。

 永久と組ませなかったのも、シェリーのイベントに連れていなかったのも主な理由はコレだ。

 やっと完全に立ち直った。と思った矢先に五郎の負傷、吹っかけられた勝負。そして今回。


 慣れていないだろう彼女は一杯一杯になっているだろう事は優に想像出来た。


「無理せんでいいぞ。どうしても必要な時だけで」


『違うのです! ……なのです。私、頑張るのです。だから!』


 だが、彼女なりにやれる事をやろうとしている。それを無為には出来ない。


「分かった。早速だがやって貰いたい事があるんだがいいか?」


『はい、なのです!』


 ミラーにやって貰った事は2つ。

 1つ目に前日の堂島の行動を調べる事。アレだけ目立つ格好をし、目立つ集団だった。SNSや掲示板で噂になっているとはずと踏んでいた。

 結果としては的中していた。至る所で噂され、ある程度の動向を掴む事が出来た。


 2つ目に東國会の近況。菊池に聞こうにも現在は出張で署には居ない。手持ちの資料も無い状況で分からんと返ってきていた。

 よって、此処に訪れている分けなのだが、もう1つ聞けるルートが存在する。それは瀬木川組、ではなく綾瀬だ。厳密には彼の飼っている猫になるのだが。

 先程電話した時は留守であったため、折返しの電話を待つ形になる。


『ボス、ボタンちゃんが彼処の組は何か変な連中と取引したようだ。そこから動きが変わった。だそうなのです』


「変な連中か。人数とか特徴とか聞いて見てくれ」


 彼はそう指示を出し、手当たり次第に聞き込みをしていった。

 得れた情報は一様に変な連中と手を組んだ。連中は外国人を中心としている。兵隊を集めている。

 そして、手を組んだ連中は電能力者集団。

 ボタンの情報は更に人数は16人で、恐らく2重能力者が最低2人ほど。

 猫という立場を利用し、会合の一部始終を見ていたそうなのだが、 恐喝紛いな行動出ておりその際にオッドアイになった者を見たそうだ。


 協力しようか。という提案がなされ、詳しい情報を後で教えてくれ。とミラーに伝えてもらう。


「完全に抗争の準備してたって感じだな。恐らく接触してたのは、シェリーが言ってたブルーローズって組織か」


 情報を箇条書きにしているメモ帳を眺めつつ、彼は呟いた。

 あれから情報は集めて履いたが、結局の所は後手に回っていた。


 よくよく考えると彼もある程度の情報は知っていたはずだ。だが、ライブには来ていた。

 何か算段があったのか。はたまた、ただ見たかっただけなのかは定かではないが、良いように利用された形になっている。


「それで、堂島さんを付けて消し━━━━」


『ッ! ボス!』


 独り言を遮り、ミラーの叫ぶ声が耳に入ってくる。彼は周囲を見渡すと背後に拳銃を手に持ち、銃口が五郎に向けられようとしている光景が瞳に映った。


「うっそだろ……」


 咄嗟に倒れるように身体を傾けると同時に、数発の銃声が鳴り響き彼の頬と肩を掠めて外壁に着弾していく。


「此処日本だぞ!」


 そのまま倒れ転がって曲がり角に逃げ込むと、続けて銃声が鳴り地面に着弾していく。

 急いコートのポケットに手を突っ込み立ち上がって走ろうとするが、目の前に熊かと見違えるほどの大男が待ち構えていた。そして、顔にはタトゥーが1つ。


「永久休ませるんだった!」


 大男の身体が変化し獣人へと変貌して行く。五郎は驚く所か好都合と考えつつ、コートから手を出すと同時に筒状の何かを放り投げ身を翻し通信機を付けていない左耳を手で抑える。

 筒状のソレは炸裂し閃光と共に轟音を周囲に撒き散らした。突然の出来事に大男は、目を押さえ悶絶し始めていた。


『ボス、その先には!』


「わーってる!」


 今度は袖からボールペンのようなものを取り出し、スイッチを押すと前方へと投げ飛ばす。

 するとペンのようなものは、追ってきた銃を持った男の眼の前で回転し始め、周囲に煙を散布し始めていた。

 このスモークグレネードはシェリーに頼み、小型のモノを作り出して貰った代物であった。

 見た目はほぼボールペン。小型で携帯も便利。しかも、通常のモノと同様に周囲に夥しい量の煙を撒き散らし性能は同等かソレ以上。


「ほんと、便利だなこんにゃろ」


 スタンガンを取り出し、男の懐に飛び込むと押し当てスイッチを入れた。


「がああああ!!!」


 悲鳴と共にその場に倒れ込み、五郎は走って逃げ始める。


『東國会って所の刺客なのでしょうか?』


「さぁな。なんで襲撃分かったんだ?」


 声は無線で繋いだ通信機から聞こえる。だが、スマホはコートのポケットに入れてあり周囲の状況を確認出来るような状態ではなかった。


『暇だったので、ちょっと近くのカメラでハッキングというものをやってたのです。なのです』


 返ってきた答えは予想外のものであった。

 そう言えば、最初ミラーが依頼してきた時の事を思い出し乾いた笑いが出てくる。


「助かったがあんまやりすぎんなよ」


 獣の唸り声が耳を刺し、思わず後方を確認してしまう。

 すると、鬼のような形相ですぐ近くまで迫る獣人の姿を確認し冷や汗が頬を伝う。


「逃げきれ━━━━」


 突如、1人の棒付きキャンディーを加えた女性が獣人の上に降って現れ、踏み倒して走って迫っていた勢いを殺していた。


「おう、わ!?」


 あまりにも突然の出来事に五郎は驚き、足がもつれて転がるように転けてしまう。


「な~んで、転けとるんや? 躓くようなもんな~んもなかったやろ?」


 呆れ声でそう言われるも、彼は何も答える事はできずにいた。


「おーい、ちったぁ反応━━━━」


 ギロリと獣人の鋭い眼光が女性へと向けられ、払いのけるように身体を起こす。が、女性はぴょんと跳ぶと獣の頭を踏み台にしてもう一度跳び、一回転して2人の間に着地した。


「なんや? やるんか? あんさん1人で、僕を倒せるっちゅーんじゃないやろなぁ?」


 そう言いつつ、1つのチロルチョコを取り出す。 


「ゆうとくが、これ以上は本気やで?」


「……くそ、覚えてろ。情報屋の右腕」


 奴は身を翻すと走って撤退して行く。

 その様子を見て彼女は薄く笑った。


「ばーか、薬なんか持ってきとらんちゅーねん。あむ」


 包みを開け、口からキャンディーを取り出すとチョコを口に放り込み目線を五郎へと向ける。


「にしても、聞いとったよりかはまぁ、辛気臭そうな顔しとるな~」


 五郎の事を知っている。しかし、彼に出会った記憶はない。

 何処かの誰かの情報屋の関係者。調べられたという事は何かある。

 以前の晒しか? ニュースから興味を持って? もしかしたら永久の……。

 等々思考を巡らせていると、疑問の答えが彼女の口から語られた。


「あ、そうやった。僕はPPPX-030 小野々瀬おののせ ごんっちゅーもんや。ってコレじゃ駄目やな。チクタク・トケイの護衛やで。よろしゅうな。ダサい探偵ちゃん」


 チクタク・トケイ。通称チクさんと呼ばれる情報屋で以前は廿日市を中心に活動していた人物だ。

 突如海外へと飛び立ち、此処数年ほど音信不通で生死不明だったのだ。その彼の護衛が居るという事は。


「チクさんの!?」


 五郎は驚きの声を上げると、手品でバラを出すように棒付きのキャンディーを取り出し、先程口から取り出したモノを口に咥える。


「せやで。飴ちゃん食べる?」

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