61話 情報屋と探偵

 とあるファミレス。

 様々な人種の集団が自由に寛ぎ騒いで、周囲の客の目を引いていた。

 ある者はテーブルを囲いバカ騒ぎ、ある者は叫びながら腕相撲をし、ある者は淡々と料理を食べ突然わざとらしく咳き込んでは再び食べてみたり。

 店側から注意幾度かされているものの、その態度は変わらずであり変わる様子はない。


 そんな集団でも妙に静かな席もあり、うち1人の男性が電話を掛けていた。


「分かった。そのまま後退してくれ。……ん? あぁ、手伝いの"料理"は任せるよ。バレないようにな」


 電話を切り、スマホをテーブルの上に置くと頬杖を付く。

 予想はしていた結果ではあったが、少々面倒臭い事になったと考えつつ。


「シュウくん。狼さんどうだって?」


 彼の膝を枕にし、携帯ゲーム機で遊んでいる少女が問いかけた。


「撤退したそうだよ。小野々瀬が来たってね」


「ご、ごごごごんちゃんか。……や、やっぱり敵対するんだろうね」


 顔色が悪く気弱そうな男性が答え、パエリアを頬張る。


「確か、要注意人物の人ですっけ。強さ的にも、関わってる人間的にも」


 ベルトから複数のチェーンを尻尾のようにぶら下げ、手首にはチェーンのアクセサリーを付けた男性が、確認するように口を動かしていた。

 秀一は短く肯定し、更にこう付け加える。


「例え小野々瀬だろうが、狂弌を使えば敵じゃない。が、このカードを切るタイミングではないからね。何か対処法を考えないと」


 最終順位は高いとは言い難い。だが、実力が順位通りとも限らない。

 猪上が死んでしまった現状、絶妙に対処が面倒な1人だ。


「ですね。俺は直接戦った事はない。けど、戦った連中や、中村さん達の話を聞いてる限りだと抑えるのは厳しそうだ」


「や、やややれなくはないと思うよ。ただ、間合いに入った瞬間……か、狩られるだろうけど」


「あたちが誘導して、遠距離のみで抑える?」


「無理だろうね。身体能力の強化が高すぎる。無能力での戦いなら狂弌とタイマン余裕で張れる化け物なわけだし。フェアか狂弌がいないと抑えが効かない。倒すならどっちかは当てないとダメだね」


「ご、魂ちゃんと戦うの。す、すすすごく楽しかった」


 彼は聞いてもいない事を笑顔で答えると、ジュースを飲む。

 対応策として一番いいのは薬未使用の狂弌で足止めし、中~遠距離の者で固め連携を組む形。張り付く彼以外の実行部隊には距離を保つのを徹底させ、範囲外から削り倒す事だ。

 問題はヒートアップして、無駄に服用してしまう事だが今に始まったことではないか。


 もしくは対処可能な人員を中心に数的優位で押し倒す事だが、これもかなりリスキーだ。


「では俺とボイスに遠距離連中を中心に考えてみよう」


「頼む。レーダー、どいてもらってもいいかい」


「あーい」


 そう言って、彼女が立ち上がるのを待った後にテーブルを強く3度叩く。

 すると、あれだけバカ騒ぎしていた連中が、電池が切れた人形のように急に静まり返った。

 不気味さと共に席を立ち、各々出入り口へと向かっていく。


「お、お客さ……ま!?」


 うち1人が会計に複数の札束を投げ渡し、薬を服用するとタトゥーが浮かび上がり彼の周囲にコインが浮遊し始める。次の瞬間、加速して飛んでいき周囲の客のスマホを全て破壊した。


「迷惑料と連中のスマホ代。がめちゃやーよ」


 そう言い残し、ファミレスを後にした。


「うん? あや? 破壊するタイミングもっとずっと早かった方がえがった?」


「出来ればね。ま、テロリストグループが居るって普通は思わんだろうから、関係はないさ。さて、会合に行くよ」



 事務所ビル出入り口前。

 1人の男性がビーチパラソルを立て、ビーチチェアに横たわり顔を帽子で覆って寝ていた。

 その光景を買い物から帰ってきたシェリーが如何にも嫌そうな顔で、ただ呆然と見つめていた。


「……なにこれ」


 突っ込み所は多いが、よりによってなぜこの人物がこの場にこのタイミングで居るのかである。

 考えられる選択肢としては、面白がりに来た。暇だから来た。見物しに来た。

 特にこれと言って害がある人物ではないが、正直鬱陶しい。と、考えつつ薬を取り出しこの場から移動しようとした。


「挨拶もなしで、とんずらはちょっと寂しんじゃないかね。シェリー・サックウィル。いや、武器子ちゃんって言ったほうがいいのかな?」


 彼は帽子をずらし、目線を彼女に向ける。まるで逃さないよ。とでも言いたげな表情をし。

 薬を持つ手をポケットへと戻し、舌打ちをしてこう答えた。


「狸寝入り? 人の反応見て楽しんでるの? 悪趣味ね」


「誤解だよ。私は先程まで確かに寝ていた。昔此処での昼寝が趣味だったのでね」


 体を起こし、あくびをして顔を彼女の方へと向ける。


「それに驚いてるのは私の方だ。なぜ君が此処に?」


「あんたに教えるやる義理はないわね」


「あらま、フラれた。まぁいいさ。時期に分かるからね」


 ボトッ、と何かが落ちる音がしシェリーが後方を確認すると引きつった顔の永久がそこにいた。


「やぁ永久ちゃん、制服姿可愛いね」


「はぁ~……食費がぁまたぁ……死に晒せタダ飯くらい共がッ!」


 財布を取り出し残金を確認し深いため息を付くと、落としたかばんを拾い上げ重い足取りでビーチチェアの方へと向かっていく。


「何、夕食は賑やかな方がいいじゃないか。多少の出費はプライスレスだよ」


「一理ありますが、貴方が言うとタダ飯くらいの言い訳にしか聞こえませんよ」


「はっはっは、確かにそうだ。で、今日の夕飯は何かね?」


「焼きうどんですよ。悪かったですね。貧乏から脱してなくて」


「いやいや、予想の範疇だよ」


 親しげに話す2人を怪訝そうな表情で眺めていた。


「ちょっと、ちびっ子。そいつの素性知らないってんじゃないでしょうね?」


「知ってますよ? "向う"でも会った記憶はありますし。ただ、この人は警戒するだけ無駄ですよ。無駄」


「そんなに褒めないでくれるかな」


「褒めてないです」


 ほらさっさと片付けてください。と続け、ドアを開け目線をシェリーへと向ける。


「入らないんですか?」


「えっ、あー……もう少し歩いてくる」


 彼女はそう言い残すと身を翻し、歩を進ませ始める。

 その様子を見て、永久は面倒臭いと考えるのであった。


 五郎達がビルに戻ってきたのはそれから1時間後であった。

 帰り道助けたお礼ということで、その辺のファミレス数件ほどはしごしてパフェを奢らされていた。

 偏食っぷりといい、食べる量といい。エースに付き合わされていた時の事を重い出していた。


 事務所のドアを開くと、ススッと隙間を縫って小野々瀬が先に入り、靴を脱ぎ捨てパタパタと走って居間兼応接間へと向かっていく。


「……自由な子だな」


 バタンとドアを閉め、靴を揃えコートを脱ぎつつ彼も向かっていく。


「お、五郎。お久しぶり」


 麦酒を片手に寛いでいるチクさんの姿が見え、口元が緩む。


「お久しぶりです。死んだかと思ってましたよ」


「私は神出鬼没なだけで、そう簡単には死なんさ。今は優秀な護衛も居ることだしね」


「チクー、僕の買ったんどれに入れたんや?」


「ピンクの奴」


 そう言って複数積まれているキャリーケースの1つを指差す。


「これやな」


 ピンク色のモノだけ蹴り飛ばし、ダルマ落としのように上に積まれていたケースが落下し音を立てた。

 蹴り出されたケースはソファーに激突する。


「おいおい、壊れるから優しく頼むよ」


「ほーい、今のは堪忍してなー」


 彼女は軽いノリで謝罪すると、駆け寄っていき開け中から有るものを取り出す。


「あーあー、嫌な音がしたと思ったらまーた変なのが。アレが言ってた護衛ですか……」


 五郎がコートをハンガーにかけていると、エプロンを付けた永久が台所から現れ、彼女がキャリーケースから取り出しているものに興味を示した。


「それ、モデルガンですよね?」


「せや? ええやろー。ベレッタはほーんま手に馴染むでぇ~」


 手に握られていたのはベレッタのモデル92。であった。

 握った時の感触を確かめた後、分解し始める。


「ほー、モデルガン好きなのか」


「何言っとんや、武器やで。日本は火器類持ち込むのえっらい面倒やさかいなー」


 彼は思わず、は? と返してしまっていた。

 確かにモデルガンは作りこそは本物なモノも多い。だが、デトネーターやインサートと呼ばれるパーツが存在し実弾がチャンバーまで送り込まれないようになっている。

 更に銃口に板が入っており、武器として使えるとは到底思えない。モデルガンで改造するぐらいなら、本物を持ち込んだ方が速いだろう。


 どうしても改造して使うとするのならば、エアソフトガンを使用した方が現実的だ。


「っか、普通はそーゆー反応やろな~」


「……ま、能力絡みでしょうね」


 興味が失せたのか、そう言い残して永久は台所へと戻っていく。

 言われてみれば能力で使うのであれば、武器として使う事も可能なのだろう。


「そーゆーこっちゃ。大体の状況は知っとるさかい、何でもゆうてや~」


 状態確認をしただけなのか、今度はモデルガンを組み立て始める。

 短く返答した後、五郎も台所へと歩を向けた。

 彼が向かう所を横目で確認し、チクはゆっくりと口を開く。


「彼はどうだい?」


「思ったより動けとったな。アレならチクより護衛が楽そうや」


「そうだといいんだけどね」


 組み立て終わり、一度構えてから感触を確かめるようにガンアクションを始めていた。


「意味深やなー、ほんま。ほんで、此処シュートレンジとかあらへんの?」


「ないよ」


 一方、台所の2人はそれぞれ聞き込みの情報交換を行っていた。

 ほぼ似た内容の情報であったが、1つだけ更に追加して情報を得る事が出来た。

 なんでも、学校の生徒で手術を受けた人物にも声が掛けられているそうだ。東國会の兵隊として。


「そうなると、猪上とかいう2重能力者が潜り込んでたのも、デスゲーム関係者を狙って、ってよりかは今回の事件絡みになりそうだな」


 手間は掛かるが、安上がりでかつ使い捨てもしやすい駒を作る。この点を重視するのであれば非常に良い策だ。

 問題としては質が悪い点があるが、質より量を取った。とも考えられる。

 下手に力を与えると現れるだろう暴れる連中も、一時的にだが警察の目を反らす事に一役買う形だ。もしかするとデスゲームの事件も、同じ理由で行われていたのかも知れない。


 その辺に居るチンピラにも同様に声が掛けられている辺り、明るみになっていないだけで此方でも暗躍していたのだろう。

 しかし、一時的な効果は確かに得られるがこの手は些か……。


『ねー、ボス。あのチクさんって人に情報を仰がないんですか? 大体の事は知ってるって言ってたのですよ。なのです』


 スタンドに立て掛けたスマホの画面に表示されたにミラーから、当然といえば当然な質問が飛んでくる。


「聞いてもいいけど、多分俺らの知ってる範囲の情報しかくれないんだよな」


 お金が掛かるという理由もあるが、あの人は正確な情報を流すのだが、時間を掛けて調べれば分かる範囲の事しか売っていない。

 例えば、機密情報や潜り込んでデーターベースをハッキングして得た情報。などと言った代物は知っていても、話してはくれないのだ。

 もし話す場合があるとすれば、それは事件が解決し明るみになる情報となる。


 普段ならば、お金さえ払えば情報収集に掛かる時間や精査に掛かる時間が短縮され、早期解決や早期の対策が行える。のだが、今回ばかりはタイミングが悪すぎた。


「知らない情報も、なにやら動いてる泥棒猫に聞いた方が速いでしょうね。タダですし」


 そう言いながら永久はうどんを炒め始める。


『むむう? となるとお荷物なのです?』


 ミラーの何気ない一言に2人は声を出して笑っていた。


「確かにこのタイミングで、あぁ言われてはそうですね。お荷物……ふふっ」


「あの護衛の子も居るし、今後が楽になるからな? だから、ちゃんと連絡先は保存しといてくれよ」


『ラジャーなのです』


 画面にビシッと敬礼をした彼女が映し出される。


「……そう言えば、今日は邪魔しに来ないんですね」


 少しして作り終えると、人数分盛り付け居間のテーブルへと運んでいく。

 しかし、シェリーが事務所に訪れた様子はなく、寛ぐ2人の姿しか視界に入らなかった。


「おー、いい匂いだね」


「どうも」


 テーブルに起き終わり、彼女の分を持ったまま永久は立ち尽くしていた。


「んー? 一つ多いやんな? 数え間違えたんか?」


 カラースプレーチョコを自身のやきうどんにふりかけながら、小野々瀬が首を傾げる。


「いえ……そういう分けではありませんが、貴方は一体何をかけてるんですかねぇ」


「うん? カラースプレーチョコやけど、知らへんの?」


「知ってますけど、それに掛けるものではないでしょ!?」


「なんでや! うまいんやで!」


 五郎はそれとなく察しては居たが、彼女は極度の甘党なのだろう。

 飴といいチョコといいパフェといいこの行動といい。


「そ、そうですか。ゴロー、ちょっと届けて来ます」


「おう。後で来てくれとも言っておいてくれ」


 わかりました。と答え、エプロンを付けたまま永久は玄関へと向い、事務所を後にする。

 彼女が借りている部屋がある4階へと上がり、呼び鈴を鳴らすが反応がない。

 暫くしもう一度鳴らすと、今度はすぐにガチャッと鍵が開く事が聞こえゆっくりとドアが開く。


「居たのならすぐに返事してください」


「いや、今さっき帰ったんだけど」


 左頬に浮かび上がってる涙マークのタトゥーを見せ、閉じかけている裂け目を指差す。


「そういう事ですか。これ、今日の夕飯です」


「……あたしの分まで作ったんだ」


「此処に来てからずっとタダ飯にありついてたのは何処の誰なんですかね。ほら、冷めるので」


 手渡し振り返ると、思い出したように五郎の伝言を伝え階段を降りていく。

 

「たーっく、こういう所だけは可愛げが有るんだから。……なんか、居場所があるって感じがするな」

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