59話 裏方と闇

 コンサートホール近くの八丁橋広場。

 この場に20数名の人が集まり1つの集団を作り上げていた。

 騒ぐためでもなく、オフ会をするでもなく、偶然出来上がった集団ではない。


 この集団をとある女性2人が遠目に眺めていた。


「1つ聞いていい? こういう事ってコレまでもあったの?」


 シェリーが困惑気味に問いかけると、未珂瑠は軽い口調でこう返した。


「なーんかわたくしのファンって無駄に血の気が多い連中が多数居るみたいで、何度かね」


「……よく人気維持出来るわね」


「人気の裏返しってやつ? けど、結構大変だったのよ? 根回ししたりだとか簡単な情報操作とか……ちょっと目障り過ぎる連中には消えてもらったりだとかバレないように脅したりだとか」


 ダンスレッスンが大変だの、演技力が大変だの、ボイストレーニングが大変だの。そういう返答があるとシェリーは思っていたが、予想遥か上を通り過ぎていく解答が返ってきた。

 同時に彼女らしいとも思えてしまい、普通を求めた自分が馬鹿だったと考えてしまっていた。


「アイドルっぽくない台詞だこと。ほんと、あんた政治家の方が向いてるわよ」


「嫌よ。そういうの大っ嫌いだし」


「あ、そう。枕はしたの?」


「枕……? あー、そういう話持ちかけてきた相手なら、もういないわよ?」


「つくづく、あんたアイドル向いてないわ……」


 そう言いつつ、シェリーはナイフを1本生成すると集団へ向けて投擲した。

 

「枕しろと?」


「そういう事じゃないわよ……」


 集団の足元が歪み、布のように垂れ下がり何処かと繋がった。

 彼らはそれぞれ繋がった先の空間へと叩き落され、ゆっくりと垂れ下がった空間が元へと戻っていく。


「なんでもかんでも"消すな"って言ってるのよ」


 お次は目の前に扉が出現し、ギィ……と音を立てて独りでに開いた。


「なんで? 楽なのに」


「はぁ、はいはい。価値観がてんで違うのにふっかけた私が悪かった。ほら、行った行った。連中待ってるわよ」


 これ以上言い合っても平行線。今回に関しては意見がけっして交わることはない。


「わたくしとしてはこの言い合い、楽しかったし問題なかったんだけど。ま、ありがとね。シェリー」


 彼女は投げキッスをして扉を潜り別の空間へと出た。

 出た先は氷で出来たステージに、専用で備え付けられた照明やスピーカーを始めとした設備の数々。しかし、寒いという事はなく寧ろ少し暑いくらいであった。

 彼女が舞台の真ん中まで行くと、目線を観客席へと向けた。


 簡素な作りで特にコレと言った設備はない。強いていうならば、周囲を氷の壁で囲い完全に"逃げられない"作りとなっているぐらいだ。

 そこには、先程シェリーが叩き落とした集団が困惑した表情で周囲を見渡していた。うち1人が未珂瑠に気が付き、指差して叫ぶと彼らの視線は彼女へと一気に吸い寄せられる。


「みんなー! ごめんね、こんな手荒な招待の仕方してー!」


 謝罪の言葉の後に簡素な説明をし、彼女は新曲だという歌を歌い始める。

 現状を半分も飲み込めないままファン達は聞き入り、各々楽しみ始めていた。


「……悪趣味」


 氷で出来たステージの屋根に座り込み見下ろすシェリーの言葉であった。

 一見するとソレは、ライブを潰そうとした連中を宥めるためのライブだと思える。

 一見するとソレは、未珂瑠の粋な計らいとも取れる行動であった。


「最後の晩餐ならぬ、最後の公演って? っは、笑えないわね」


 歌が終わり音楽が止まるも、彼らの興奮は収まらずに居た。


「ありがとー! ありがとうー! いやー、びっくりしたよね。ネット見た時さ~」


「あんなライブぶっ潰せーってこんなだけ集まったんだぜー!」


「そー、なんだ。……ねぇ、皆はわたくしが特に嫌いなモノの3つって覚えてる?」


「1、しつこすぎる人! 2、だからって構ってくれない人! 3、ライブを邪魔される事!」


 彼らは声を揃えて答え、未珂瑠の口元が笑いこう返す。


「そう! よく覚えてる! ……流石、わたくしのファンって言いたい所だけれど」


 彼女の声のトーンが急に下がり、目が据わると周囲に氷の粒が生成され始める。


「なーんで、ライブ潰そうとしたのかなぁ?」


 彼女はゆっくりとステージ上を歩き始める。

 これは不機嫌な時に良くする行動であった。


「みかるん、自分が主役じゃないのも嫌いって言ってたからだよ! ほら、今回違ったから」


「うんうん、言った事ある。しつこく頼まれたのもそうだし、正直嫌だった。"強制的"に断ろうかとも思ったけど……いい機会かなって思って受けたんだよね」


 ピタッと足を止め、鋭い目線のみをファンの男性達に向けこう言い放つ。


「不良在庫の処分にうってつけ」


「不良在庫の処分……?」


 あまりに遠回しな発言だったため、屋根の上に居たシェリーは彼女の言葉を反復して呟いていた。


「確かに、自分が主役じゅあないのは嫌い。舞台やドラマもメイン級じゃなきゃ嫌だけどぉ……台無しにされるのはもっと嫌」


 氷の粒の1つが、加速して飛んでいきファンの1人の頭を貫きこう続ける。


「だから、ゲームをしましょ? ルールは至って単純。わたくしを殺すか全滅するか。生きるか死ぬか。電能力だろうが、毒ガスだろうが武器だろうが何でも有り。逆にわたくしは自身の能力のみ。死なないように意識だけを刈り取れば好きに出来るわよ?」


 青ざめ動揺するファン達を他所に、未珂瑠は粒の1つを上空へと飛ばし破裂させる。これは、屋根の上に居るシェリーへの合図であった。

 すると、ハンドガンやグレネード、アサルトライフルと言った火器類が出現し彼らの周囲に降り注ぐ。


「好きなのをどうぞ使って。人数差、武器。それで多少は力量差はうまるかも知れないわよ?」


「嫌だ、死にたくない!」


 彼らのうち1人が叫び、薬を噛み砕きつつ武器に走り寄りハンドガンを手に取ると銃口を未珂瑠に向けた。


「俺は死なない!!」


 引き金を引き、撃ち出された銃弾は真っ直ぐ彼女の額へと向かっていく。


「あら、腕がいいのね」


 しかし、余裕の表情で首を傾げソレを避け、カウンターと言わんばかりに氷の粒が彼に殺到していく。

 瞬時に土の壁を生成し盾にすると彼女の攻撃を防ぎ、こう叫ぶ。


「死にたくない奴は戦うんだ! ファンだなんて関係ない! みかるんだなんて関係ないんだ!!! 生き残りたい奴は覚悟を決めろ!!!」


 まるで煽動するように。

 彼らは、一服遅れて各々叫び薬を噛み砕いたり武器を手にとったり戦闘態勢を整えバラバラに攻撃を開始した。


 シェリーはその様子をつまらなそうな表情で見下ろしていたが、急に振り向き口を開く。


「三栖坂も大変ね。あのサクラもあんたの仕込みでしょ?」


 そう言って、土壁の裏であくびをしている先程煽先陣を切った男性を指差す。


「はい。私の所の幹部ですね。ついでに外部との連絡も遮断しており、集めたのも私共です。出来るのであれば彼を早めに離脱させてもらいたいのですが」


 オッドアイの少年が笑顔で現れる。

 彼に言われて幹部という青年の足元に扉を作りつつスマホを確認すると、圏外と表示されていた。どうやら彼の能力でここいら一帯の電波を遮断しただろう事を悟る。


「随分と大掛かりだこと。付き合わされるのは初めて?」


「ありがとうございます。これでもうかれこれ……7回目になりますね。とは言え、それ相応の謝礼は貰っておりますうえ、私共としても断るに断り辛い状況に陥っていますね。その様子ですと、万年10位のサックウィルさんは今回が初の御協力で?」


「ご明察。って、心読んだ癖して良く言うわ」


「残念ですが今回ばかりは読心術を用いている分けではございません。仕事柄随分と助けられて居るのは紛うことなき事実でございます。ですが、顔色を伺う事もまた大切。如何せん心と思考が一致していない方がちらほらとおりまして」


「面倒なヤツもいるもんねー」


 適当に応答し、戦況を確認する。


「あいつ大分手抜いてるわね」


「最近ストレスを溜め込んでいるようですから、発散も兼ねていると推測できます」


 彼はシェリーの止まりまで歩いて来ると、座り込みスルメイカを咥える。


「はた迷惑な話。にしてもあいつのファン電能力者多すぎない?」


 此処に叩き落とした連中のほとんどが電能力者であった。今回だけの可能性もあるが、いくらなんでも多すぎるように思えたのだ。


「そうですね。これまでも似たような状態でしたし、恐らくは立冬さんが裏で糸を引いているのかと」


 すると両手が獣の腕に変様しているファンの1人が、トンネルを掘り始め逃亡を試みようしていた。


「ふざけんな! あんなのに勝てる分けない……!」


 全ての攻撃を受けたり避け、わざと1人づつ攻撃していき戦闘不能にまで追い詰めてから息の根を止めていた。

 素人目からしても、手を抜いている事は明白であった。


「あら~、土を掘って逃げようとしても」


 突然トンネルと園周辺から複数の氷の棘が生え、ソレには掠れた血と土が付着していた。


「む~だ♪ 上空も」


 続いて空ならと、羽の生えた者が銃を捨て飛び上がるが急に何かが爆発し、跡形もなく消え去り赤い雨が降り注ぐ。


「無駄♪ あ、ちゃんとわたくしの能力だから、ルール違反じゃないわよ」


 そう言って、ナイフを持って高速で襲いかかって来た者の目の前に黒い球を作り出し、周囲を氷の壁で覆う。次の瞬間爆発し周囲に結婚と肉片が飛び散っていく。


「ね?」


 氷の壁を消し笑顔を見せるものの、生き残った残りの者は涙を浮かべ戦意を喪失していた。


「……あら?」


「無理だ。勝てない。……勝てる分けない」


 彼女が持つ能力が2つである事に疑問を持つことすらなく、敗北する事を察してただ死を受け入れようとしていた。


「まだ半分も残ってるのに、折れるのが速いわね。まぁ、あの人が"ダメ"って言った不良品だしこんなものか」


 そう言って、右手を握りしめると左右の氷壁や地面から氷の棘が生え、彼らを襲い貫いていく。

 数十秒ほど断末魔が続いた。静寂が訪れた時には目の前で動く者は誰も居らず、滴り落ちる血の音が微かに聞こえるのみであった。


「ねー、シェリー戦わない? ちょっと不完全燃焼すぎるんだけど」


「い、や」


 見上げそう叫ぶが、二つ返事で拒否されていた。

 えー。と、不満そうな声を発して氷の棘を蹴って折ると、背伸びをして今度はこう叫ぶ。


「わたくし帰る! シェリー後始末よろしくね」


「……ほんと、もう。あんたは勝手なんだから」


 そうぼやくものの彼女は、未珂瑠の足元にナイフを投擲し空間を歪めてライブ会場とつなげる。


「あっりがと~」


 心のも思ってない謝礼を述べたと同時に落下し、垂れ下がった空間がゆっくりと元に戻っていった。


「あ゛~めんどくさっ」


「お受けした時、推測出来た事態だと思いますが?」


「そうなんだけどさ。今後のためにも一応恩は売っておきたくてね。でも、あいつの頼みは金輪際受けないわ」


「私は?」


「三栖坂もパス。絶対予想以上に面倒臭い事頼まれる。あ、同類の同情から一応言っとくと、少しの間廿日市から逃げてた方がいいかもよ」


「何か騒動が起きるようですね。私共が御協力致しますが?」


「あんたからの貸しはごめんだっての。ちゃんと言ったからね」


「それは残念です。貴方への貸しは金より重い。素晴らしい価値があります」


「言い過ぎだっての。あ、押し売りされても困るからね?」


「その点がご安心を。私共が自ら動く事はありません故、動きが見られれば別途での依頼があった。そう解釈して貰えれば幸いです」


 彼はそう言うと、張り付いたような笑顔をシェリーに向けた。



 それから特に何事もなくコンサートが終わり、愛の迎えに訪れた根尾が運転する車に乗り五郎達は帰路についていた。

 犯人は仲間達が来ると喚き散らしていたが、来る事はなかった。恐らくネットで募っていた連中の事だろう。


 何かあった事は、シェリー達が何かしでかした事は五郎は察していた。だが、問いただした所で答えてはくれないだろう。要は何が起きていたかは、彼らの知る由も無いわけである。

 何はともあれ表向きは無事にコンサートは成功を収めた事に変わりはない。

 続いて勝敗結果はというと。


「負けましたね。またやるんですか?」


 僅差でゆーみんの勝利で幕を閉じていた。

 得票数は1曲目と2曲目はミラーが上回っていたのだが、3曲目でゆーみんが巻き返した形となる。

 が、ミラーの3曲目の演出が間に合わずに所々で粗が出ていた。この事が敗因であり、逆転される結果へと繋がってしまっていたのだ。


『なんかもう来年に向けて動きがあるとかで、やることになりそうなのですよー。知ってると思うのですが、手抜いたでしょって言われるとは思わなかったのです。なのです』


 しかし、相手側のゆーみんは手を抜かれたと考えてしまっていた。故にミラーの弁解も虚しく勝者が涙目で再戦を高々に宣言する。という少々変な終わり方をしていたのだった。

 奈央によるとゆーみんはおバカで通っているらしく、結果が出た時点でこうなることは予測出来たとの事。流れだけ見ればファンからすると、所謂予定調和のようなコンサートだったそうだ。


「あれで予定調和かー。なーんか変な感じがするなー」


 愛の意見も尤もである。が、視点が違えば感じ方も当然違ってくる。人それぞれだ。


『まぁ、次は絶対勝つのです! なのです!』


「応援してます! 頑張ってください!」


 ゴローは手に持つスマホの画面を奈央の方に向けると、画面越しに2人は小さくガッツポーズを取る。


「その時はまた警備の仕事受けてやるよ」


『ボス、頼りにしてるのです。なのです♪』


「おう。報酬は勝利の美酒ってやつで頼む」


「ゴロー、身内に格好つけようとしないでください」


 突然永久の鋭い突っ込みがなされ、彼の顔がひきつる。


「そういうんじゃ……ねぇよ」


『あはは、ミラーにお任せ、なのですよ』



 駅前の男子トイレ。

 1人、ヤクザとオタクが合体したような男性が用を足していた。

 

「ふぅ~……負けちまったが、いいライブだったな~。次が楽しみだ。そろそろバレンタインだし、お嬢が作るチョコの手伝いを……いや、今はそんな場合じゃなかったな」


 済ませ、ズボンのチャックを閉め振り返ると何者かがふらりと彼にぶつかった。

 帽子を深く被り、マスクを付け一見すると不審者そのものでった。一見すると不審者が2人居るトイレでギャグ地味ている状態である。

 しかしながら、本来の彼ならば警戒すべき状況で相手であった。


「おっと、だいじょ━━━━」


 次の瞬間、乾いた音が数発鳴り響き渡り、空薬莢がトイレのタイルを跳ねる音が虚しく響き渡った。


「がっ、お前は……!」


 彼は鮮血に染まる腹部を右手で押さえ、左手で襲撃者を払いのける。

 後ずさりするも、銃口は堂島を向き続けていた。


「東國会の!」


 再び数発の乾いた銃声がトイレに響き渡ったのだった。

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