55話 病院と裏
二日前、午前8時。病室にて。
「依頼? 何の?」
シェリーを除き、五郎の元に一番最初にお見舞いに来ていたのは菊池であった。
なんでも今の五郎状態が捜査にちょうど良いらしく、捜査協力という形ではなく依頼という形で訪れていた。
「囮をしてもらいたい。……本来ならば警官を差し向けるべきなのだろうが、生憎と手が足りていない」
「構わんが、ふんだくるぞ」
「承知の上だ」
「成立だな。で、具体的に囮と言っても俺は何をすればいい?」
◇
現在、廿日総合病院内の食堂。
━━━━奴を刺激するように動いてくれ。
と言われているのだが、具体的に何をすればいいのか吾郎はピンと来なかった。もっと具体的に、と聞いては見ていたのだが、探偵らしく動けばいい。それだけであった。
なので、五郎は愚直に看護婦さんや他の病院スタッフ、患者に時間の許す限りそれとなく聞き込みをしていた。
対象は担当医である
人当たりがいい、親切、優しい、頼りになる。等々いい所ばかりな上噂も痴漢を捕まえた、飛ばされ木の枝に引っかかったハンカチを取った。などコチラも良い噂だけであった。
そう、悪い噂を一切聞かないのである。
最近不審な動きがないか。と、聞いてもみたがない。場合によっては不機嫌になる始末であり、一見すると裏のない人物に見える。
普段ならばそういう人で片付けられもするが、菊池からある人物の容疑者の一人。と、聞かされていると怪しく思えてしまう。
ダメ元で今日も聞き込みを行っていると、ある老人からこんな話を聞いた。
「あぁ……あの先生なぁ。確かに良い先生なんじゃが、なんでも手術をして数ヶ月から数年後に、原因不明の病で死ぬ。という噂があるんじゃよ」
詳しく話を聞くと、3年前から発生している臓器消失事件のことであった。
厳密には消失してるように見えるだけであり、臓器の一部が腐り落ち泥状になっているというもの。
当時も疑われていたそうだが、周囲が違うといい。彼の手術は確かに全て成功を収めてはいた。
幾名か彼が手術を行った患者さんを精密検査しているが、どの方も異常はなし。健康体であった。
なのだが、うち1人が数日後に臓器が腐り落ち死亡。
無論、薬を飲ませてタトゥーが浮かび上がり電脳力者かどうか調べてもいたのだが、該当者はなし。
原因不明で真相は闇の中。と、なりかけている事件だ。
「でも、アレって違うって発表ありましたよね?」
「違うわい。あの先生じゃよ。どうやってるかは知らんが、病院から何かを定期的に持ち出しとるちゅー人もおった。表の顔はええ人じゃが、裏じゃ何やっとるか知れたもんじゃないわい」
彼と似た意見を持った先生や看護婦もほとんどが、死亡ないし退職をしてしまっているらしい。
何処か闇を感じる状態だが、話によると1人だけ例外が居るとの事。
「ちょうど来たわい」
白衣を羽織った男性が歩いて2人に近づいてくるのあが。
「おい、現郎のじいさん。まーた病室抜け出しやがって。あんたも悪いな。こんなじーさんに突き合わせちまって」
口は悪く、一見するとヤクザのような面影がある。病院外で出逢い医療関係者と言われたとしても、到底信じられないだろう。
「いえ、お話を聞いていたのは此方ですし」
「あ? じゃぁ、あんたが噂の探偵か」
「噂?」
入院した探偵が嗅ぎ回っている。と、看護師の間で噂になっていると話された。なんでも尾ひれも付き、先生を犯人に仕立て上げようとしている。と言われているそうで、思わず乾いた笑いが出てくる。
誰かが意図的に歪曲して流している。もしくは利用されていそうだ。と五郎は考える。
「で、実際どうなん? 祥雄はよ」
「判断付かないですね。俺の手持ち情報だと不足過ぎて」
尤も、胡散臭さに関してはプンプンと臭っているが、言葉にはしなかった。
「だろうな。以前の刑事も同じこと言ってたよ」
「けど、俺の知り合いが解決しますよ」
「……それさ。探偵としてどうなんよ?」
「これは耳が痛い。でも俺は所詮その程度ですから。真似事が出来ても、結局あの人には及ばない」
口にしたはいいが、何を言っているんだ、俺は。と五郎は自問自答してしまっていた。
「何かあれば俺んとこ来いよ。専門じゃねーが、多少は話くれー聞いてやっから。代わりに依頼があったら格安で頼むぜ?」
そう言って先生は名刺を彼に渡した。
名刺には名前であろう長須賀という文字と、電話番号が書かれているのみの簡素なものであった。
「うちは元々格安ですよ」
五郎も念の為に、持って来てもらっていた名刺を1枚彼に手渡した。
「何卒ご贔屓に」
すると、1人の看護師が血相を変えて走って来た。
「長須賀先生! 大変ですよ!」
◇
菊池が署に戻ると、先に戻っていた加藤がお茶を啜っていた。
「先輩お帰りっす。此方の首尾は上々っすよ~」
「分かった。上手くいったのは行幸だ。朝陽に連絡は?」
「あ、先輩の手続きやってたから忘れてた。今からするっす」
彼は自身のスマホを取り出し、朝陽と呼ばれる者に電話を掛け始める。菊池は椅子に腰掛け、机に置かれているクッキーを手に取り頬張った。
「あいあい、ほいほい。了解っすよ~。先輩、朝陽のやろーが連中に動きはなし。だそうっす」
「となると、関係はないか。他に関与してそうな組織はないか聞いてみてくれ」
彼は答えつつ、ボールペンを走らせ始めていた。
「ほーい。他に何か関与してそうな組織ないっすかー? ……ほいほい。了解。んじゃ、証拠頼むっすよ~。有り得そうなのがテロ組織のブルーローズか宗教の神空会って所みたいっす」
「テログループか宗教……確保した容疑者は?」
「そっちは2課に任せてるっす。けど、朝陽の情報渡したらすぐじゃないっすかね」
「分かった。後は詰めだけだな」
「っすーね。あ~あ、長かった」
◇
同日、午後23時。廿日総合病院内。
消灯時間が過ぎ、薄暗い廊下を歩く1人の男性の姿があった。
そして、明かりがついたとある部屋の前で立ち止まると、ゆっくりとドアを開ける。
「……なんだ、刑事さんですか。びっくりしましたよ」
部屋は医院長室であり、反応を示した人物は内咲祥雄。この病院の一人の医師だ。
彼は開かれた金庫の前でしゃがんでおり、顔を部屋に入ってきた菊池へと向けていた。
「用事でね。貴方も此処で何を?」
「私ですか? 医院長に言われて、少々金庫に仕舞っている資料の整理を」
そう言って彼は手に持つ何かを、白衣のポケットへと仕舞った。
「なるほど。……3年前から数ヶ月おきに続く変死体はご存知で?」
「ええ、内臓が腐り落ちているという症状の病気ですよね」
「その遺体。全て貴方が執刀した患者だと小耳に挟みまして」
一服起き、彼は金庫を閉めゆっくりと立ち上がる。
「残念ながら、事実ですね。でも、私の潔白は証明されているはずですが?」
この事件、新種のウイルスや細菌の線で最初は捜査されていた。しかし、一切見つかる事はなかった。
同時に伝脳力者絡みの事件としても捜査は進められていた。そして、彼と看護婦が怪しいと睨み調査が行われたのだが。
「ええ。電脳力者に見られる反応もなくCTでも異常なし。手口も不明で容疑者リストからは外された」
「更に言えば他のスタッフも同様に異常はなかった。私"達"には犯行は不可能」
「が、今日1人の看護師が電脳力者だと判明した」
「その話は私も驚きましたよ。まさか、うちから電脳力者が出るなんて」
「彼女の取り調べで面白いことが聞けてな。医者でも極一部の者しか知らず、電脳力者の能力活性に使われる薬に含まれるサンステロイドと呼ばれる新物質。なんでもγ-オリザノールと一緒に摂取すると効果が失われるそうで。貴方、薬を飲む時はオブラートを使用するとか。同様に此方で身柄を確保している砂鳥さんもオブラートに包み飲んだと」
「……だとして? 私がオブラートにγ-オリザノールを含ませたモノを使用した。と言いたいのでしょうが、CTに映らないのはどう説明する気ですか? 普通電脳力者に埋め込まれているチップは、移りますよ?」
「そこが問題だった。前任者も先程のγ-オリザノールの件含め貴方達が犯人だと睨んでいたにも関わらず、逮捕にまで漕ぎ着く事が出来なかった最大の要因。彼女の能力は、PCを扱いデータ改ざんを行う事が出来る。そしてデータを体格が似た人物をすり替えた」
「だとして、彼女のデータはどうなるんです? 彼女本人が能力を使用してるのであれば、仮に私のデータを改ざん出来たとしても本人のデータ改ざんはバレるはずだ」
「書類上では確かに、CTは行っているが……確認を行ったのは内咲さん。貴方だ。データも後からすり替えてしまえば問題ないと考え、実際に成功した。違うか?」
「ッ! ……そこまでは刑事さんの仰る通りだとしましょう。もし私だとしてなぜ臓器が腐食を?」
「それは貴方の電脳能力を調べれば分かる事だ。尤も、既に概要は聞いてるがな」
彼の能力は複製。その名の通りモノを複製する事が出来る。面白い事にこれは臓器でも行えるそうだ。
難点があるとするならば、一時的にその機能を保持する事は可能なものの、完全に同一ではない。
例えば、鉄鍋を複製した場合には、熱伝導率が悪く電気も通さない。食べ物を複製したならば食感は一緒でも味がしない。それが臓器ならば、傷ついた場合修復はするものの細胞分裂は起きていない。
そして、全ての複製したモノは数ヶ月から数年で急に朽ち果てる。
「手口も、特定の手術室看護師を買収したり"博物館"経由で臓器を送ったりしていたのだろう?」
レーベンのイベント時に調べていたモノはこれであった。
予定より多くのモノが箱分けされ、搬入されている記録が存在していた。
書類上はクッションを入れた事により増えたとされているが、実際はそんな事はなく臓器が入ったモノが一緒に搬入されていたのだ。
そして、館内に運ばれる前に回収、代わりの箱とすり替える。その日にゴミと評して館外へと移動させ、増えた数と一致していた。
この一連の日時を確認しデータとしてコピーしていた。
なぜ博物館を経由していたのかは、仲介を行っていた人物が勤務していたからという単純な理由から。
なぜ協力要請を申し出なかったのかは勘づかれたくないため。
これだけでは証拠の価値としては高くはない。が、足取りを追うには十分過ぎる代物であった。
ゴミとして送っていた施設を特定するのに。
「送り先の1つは幸原研究所。此処、廿日総合病院と提携している研究所だ。貴方もいまだに在籍している。そして、もう1つはとある輸送会社」
研究所は主にウイルスや細菌の研究を行っている施設だ。
輸送会社については、表向きの顔がそもそも架空企業であり住所もデタラメ。此方の足取りを追うのは骨が折れそうであった。
「……それで今頃は既に手を打っていると?」
「ああ。ついでに、澤田吾郎のカルテ改ざんデータも手に入れてある。本来は別に手術をする必要もないにも関わらず、手術を行おうとしてた事もな。あんたはまんまと釣られた分けだ」
そう言って一つのUSBを放り投げ、地面に音を立てて落ちた。
彼のカルテ改竄データ及び博物館のデータ。更に前任者が残した操作記録を砂鳥の事情聴取に使用していた。
これらの証拠が既に此方の手に有り、他にもまだ情報がある。刑が軽くなる。等チラ付かせると、固く口を閉ざしていた彼女は決壊したかのようにべらべらと喋り一気に犯行が明るみになった形となっていた分けである。
「あの患者……何やら嗅ぎ回っていると思ったら、そういう事ですか」
彼は俯き、乾いた笑いが医院長室に響き渡った。
「刑事さん。貴方、普通の刑事と違ってやり方が随分と荒っぽい気がするですが、私の気の所為ですかね。黒に限りなく近いグレー……を攻めてるような」
「俺は俺のやり方でやっているだけだ。お前がそう思うんなら、そうなのだろうが」
時計の縁を回し、菊池の顔にタトゥーが浮かび上がる。
「他の連中のやり方何ぞ知るか」
「そうですか」
彼は床に手を付き、同時にポケットから薬を取り出すと口に含む。
すると、床の一部が隆起し、隆起した先から新たに床材が生成されていく。この動作を繰り返し、菊池へと迫っていった。
「このまま押しつぶして━━━━」
しかし、オーラを纏った彼はその攻撃を難なく破壊し、ゆっくりと近づいていく。
「っな!?」
「抵抗は終いか? なら、言い訳は聞かん」
焦った表情で床の一部を連続で複製し隆起させる攻撃を数度行うが、彼の足は止まる事はなく全て防がれ破壊されていた。
「
逃げようと立ち上がった奴の腹部に菊池が放った蹴りがめり込み、音を立てて壁へと激突した。
身体は崩れるように横たわり、意識は完全に飛んでいた。
彼の元まで歩いていき、白衣のポケットから1つのマイクロSDカードを取り出す。
「ただの履歴かはたまた次の足取りを掴めるが」
ポケットに仕舞い、倒れている犯人を担いだ。
「何にしても一旦は解決か」
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