外伝55.5話 裏と永久

 菊池が医院長室から出ると、1人の少女が壁に寄りかかって待っていた様子が彼の眼光に広がる。


「助手か。見舞いには行かんのか?」


「……ゴローを囮にしたそうですね」


 質問の返答は返って来こない。答える気がないのだろう。

 何処から漏れたのか。思い当たる節があるとすれば、ミラーと呼ばれる元電脳力者で、現在データの集合体となっている存在。

 盗聴されていた。もしくは情報が抜かれたか。


「奴の了承済みなうえ、依頼として扱ったが問題か?」


「必要だったとも思えませんが?」


 殺気だった声に、不機嫌である事は嫌でも伝わってきた。


「必要だから依頼した分けだがな。此方の手持ちのカードだけじゃ、此処まで早く確保まで持って行けていない。下手をすれば更に被害を出す結果になっていた。奴には感謝してる」


「一歩間違えば、死んでたんですよ?」


「此方はそうはならないように動いていた。それにお前らも囮ぐらいやるだろう」


「戦闘に限った話です。ソレに私は自身を囮に使います。……私は、貴方のこういうやり方は好みません」


「だろうな。……この行動や、俺に対する正直な言葉。少しはアイツに向けては、投げかけてやってはどうだ?」


「ッ! 貴方に私達の何が分かるんですか」


「何も知らん。知るわけないだろう。だがな、少なくとも自分の気持ちを自分で誤魔化しているうちは、何を言っても上っ面だけだ。進展はしない」


 一服の静寂が訪れ、菊池は歩を進ませ始める。


「後悔しないうちにな」


 そう言い残し、闇夜に消え遠のく足音を永久はただ呆然と聞いていた。


「……やっぱり、嫌いです」



 翌日。急遽五郎の退院が決まり、身支度をしている最中であった。

 理由は簡単で、彼の担当医であった内咲祥雄と彼に加担した数名の看護師の不正が見つかった。

 それに伴い彼が担当していた患者を再度検査したり、代わりの医者を用立てたり対応に追われている様子であった。


 五郎本人は、カルテに手を加えられていただけであり、問題ないとの判断であった。一応検査を受けるか。と問われたが二つ返事で断っていた。

 ナースステーションで簡単な手続きを終え、荷物を持って病棟の出入り口へと向かっていく。


「お、探偵」


 外に置かれているベンチに座っている長須賀の姿が目に入る。


「どうも。俺が言った通りになりましたよね」


「おかげで此方は大変だがな」


 苦笑し、更にこう続ける。


「正直、様子が可笑しかったのは気がついてた。けど、確証もないし前回の捜査じゃ白。俺がどうかしちまってるんじゃないかって、な。……それで今回な分けだが、これはこれで堪えるな」


 彼はポケットからタバコを取り出し、咥えようとする。が、寸前で握り潰す。


「ついつい、禁煙してるのに手が伸びちまう」


「体に悪いですし、吸わない方がいいですよ」


 と、言っては見るものの、格好いいと幻想を抱いているせいで、自身の胸にも自分の言葉が刺さっていた。


「分かってら。んなことは百も承知だよ。けど、逃避したくなるもんなんだよ」


「……その気持は、よく分かります。俺も昔はよく、逃避したくなってましたから」


 それから軽く雑談を交わし、事務所へと帰路についた。

 交通機関は使ったものの、主に徒歩での移動となったためビルに到着した時には夕方となり、辺りは茜色に染まっていた。

 チラッと事務所の窓を見上げるが、カーテンが見えるのみで人の姿はない。


「ま、そうだよな」 


 ビルに足を踏み入れ、事務所へと向かおうとした矢先。


「お帰り、なさい」


 聞き慣れた声がし立ち止まると彼は振り向く。

 すると、入り口の隅で三角座りで待っていた永久の姿があったのだ。驚きつつも、微笑みこう返す。


「ただいま。腹減った」


 わざとらしくお腹を擦って見せるが、何時もなら返ってくるだろうただの悪口が返ってこない。


「ごめんなさい」


「ん? すまん、聞こえなかった」


 あまりに小声でしかも呟くように言われたため、五郎は思わず聞き返してしまっていた。


「ごめんなさい! ……色々と」


 言い終わると目線をバツが悪そうに目線を反らす。

 よく考えなくとも、殺しかけたのだ。謝らないといけないと思っても顔は合わせにくい。

 それに普通ならば謝れば済む問題でもない。


「別に気にするな。死にかけたのはテメーの相棒を戻すためにテメーが勝手に飛び出したから。ってな。自業自得って奴だよ」


「いえ、私が勝手に、過剰投与なんか……したから」


「しなきゃ、俺はこの場には居ない。それに、あぁなる前に、あの犯人連れて撤退すべきだったんだ。その判断が遅れた。ま、代償みたいなもんだよ。だから気にするな」


「気にするなと言われて、はいそうですね。って言えると思うんですか? バカですかゴローは。バカでしたね。大馬鹿者です」


 彼女の目には涙が溜まっていた。

 相当辛かったのだろう事を察し、荷物をその場に捨てるように起き彼女に近づく。


「そうそう、俺は大馬鹿なおっさんだよ。だからさ、よく頑張った相棒に対して、よくも殺しかけやがったな。なんて、言える分けないだろ。ありがとな」


 ゆっくりとしゃがみ彼女の頭を優しく撫でてやる。


「いつも助かってる」


「怒ってくれた方がマシでした」


「残念ながら怒りの矛先はお前には一切向いてない」


「貶してくれた方がマシでした」


「そういうのは得意じゃないってよく知ってるだろ?」


 それに怖かったのだろう。


「突き放して、いっそ捨ててくれた方が!」


 過去の断片から、また捨てられるかも知れない、と。

 一滴の涙が頬を流れ、彼女は五郎の顔を見上げる。


「ばーか、こんな事でお前を捨てたりしねーよ」


 すると永久は泣き崩れ、彼に抱きつき押し倒した。


「うおっ!?」


 まだ治りきっていない傷口に触り、痛みで表情が歪む。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」


 が、泣きじゃくる彼女の様子を見て、思わず声を上げまいとやせ我慢をしていた。

 このような状態を見るのはコレで3度目であった。出会って間もない頃。"初めて"暴走した日。そして今。

 泣いた理由も、吐く言葉も違っていた。だが決まって泣く時は五郎の胸の中である。

 恐らく、死にかけたあの時も。


「たく、一度くらいお見舞いくらい来いっての」


 素直じゃない。そう思いつつこう呟く。


「安心しろ。俺はお前を見捨てやしないから。絶対に」

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